第36話「目覚める策士」

(……ここは?……)
(……私は…どうして…あ…そうか…)

 暖かさも冷たさも感じず辺りが真っ暗の中で俯瞰している様な感覚だけがある。
 その奇妙な状況を奇妙とも思えない自分自身の異常にも気づかない。

『………ん…』

 でもその状況が納得出来る理由に思いつく。

(私…あ~あ、どうせならもっといっぱい楽しい事したかったのに…)
手足が動けば大きく伸びをしながら言っていただろう。でも…どれだけ力を入れても動かない。仕方なく諦める。

(仕方ないよね。ごめんね…母さん…)
『……ちゃん…』

私の事を聞けば母さんは凄く悲しむ。悲しむだけなら兎も角また昔みたいに無茶をしなければいいけど…

(大丈夫よね…あの子もいるんだから…)
『……ちゃん!!』

 それにしても…

(さっきから五月蠅いな…そんなに呼ばなくったって…判ってるって、も~っ!)
『お姉ちゃん!! お姉ちゃんっ!!』

 ゴボッとカプセルの中で泡を生み出しながら重い瞼を開くと涙目になった妹の姿があった。

 こうしてアリシア・テスタロッサは1週間ぶりに意識を取り戻した。


  
「フゥッ…」

 30分前、アリシアを看ているチェントから通信があって何事かと慌てて地下の映像を出した。
 2日前から彼女には体内のウィルスの中和を始めている。
 先ずはウィルスが起こす改変を緩やかにさせる処置をしその上で改変事象を無効化させる処置をした。これで彼女の体内でウィルスが起こす改変は止められた。ただし体内のウィルスが増殖すると上回られ改変事象が進む為一時的なもの。
 そこで無効化処置が一定以上の効果が出たと判断出来た機会を狙ってウィルス駆除を始めた。プレシアは未知のウィルスのみを破壊するプログラムを持ったウィルスを作りアリシアに投与したのだ。
 本来なら組織や小動物等で実験を何度も行って副作用が無いのが判ってから投与しなければならないのだけれど彼女に残された時間では到底間に合わない。幾つもの手順を飛ばし強行するのはプレシアにとっても正にギリギリの賭け。
 どうやらその賭けに勝ったらしい。

「………」

 センサーからの映像ではカプセルの中で彼女が僅かに指を動かし、何か口を動かそうとしている。 意識レベルが上がってきている。横の端末でカプセルの液体組成を切り替え目覚めを促す。

『お姉ちゃん! お姉ちゃん!! お姉ちゃんっ!!』

 チェントの叫びが聞こえるのか僅かに瞼が動き開いた。
 それを見てチェントがカプセルの前で崩れる様に泣き、プレシアも安堵の息をついた。



「私はどうして?…ここは?」

 彼女が目覚めて2時間後、ウィルスの数がかなり減少してきたのを確認してプレシアはアリシアをカプセルから出して横に用意したベッドに移した。
 さっき目覚めたばかりで記憶も曖昧になりちぐはぐな事を言うと思っていたが彼女から発せられた言葉を聞いて思わず驚く。言葉を選ぶというより目覚めてから周囲の状況を注視していたらしい。

「ここは私の研究所よ。まだあなたの中にはウィルスが残っているわ、私が良いと言うまでその部屋から出せない。いいわね?」 
「その声……お母さん?」
「うん、私達のお母さん…別世界のだけど…」

 ベッドの横でチェントが答える。彼女の周りにはうっすらと虹色の光が見える。無意識下でアリシアの中のウィルスに反応している。

「そう…ありがとう…お母さん…」

 そう言うとそのまま再び瞼を閉じた。一瞬ヒヤッとするが彼女が寝息を立てているのを見て息をつき

「眠っただけ。チェントは隣の部屋に行きなさい。鎧は治療の邪魔になるわ。アリシアが起きたら教えて頂戴。」

 そう言って通信を切る。
 だが言葉とは裏腹に彼女の心の中では大泣きして娘を抱きしめたい衝動を必死に抑えていた。
   


 再びアリシアが目覚めたのは翌日の夕方だった。

「おはよ…」

 瞼を開き誰も居ない部屋に向かって呟くとそれまで暗かった部屋が僅かに明るくなる。

『気分はどう?』

 部屋の何処かにあるスピーカーからプレシアの声が聞こえてくる。
 体を動かそうとするが拘束魔法をかけられたみたいに重くて指と顔を動かす事位しか出来なかった。

「…体が重い感じだけど、平気。それより…」
『それより?』
「お腹すいちゃった…」
「………」
「………」
「………」
「………母さん?」

 何も言わないプレシアに不安を覚える。

「…全く、アリシアはいつもマイペースね。明日まで我慢しなさい。体内のウィルスが無くなる迄我慢して。」

 呆れられてしまった。でもさっき迄あった言葉の固さが無くなった感じがする。  

「うん…」

 そう答えると今はまだ動いてはいけない。それが判ると今度は自らの意思で意識を沈めた。

 
 そして翌朝

「お姉ちゃん、おはよう」

 妹の声を聞いて目覚める。

「おはよ、チェント。」

 答えると彼女は私の手を握って瞳を揺らす。

「うんっ、もう起きてもいいってお母さんが。」

ベッドの上で上半身を起こそうとするがお腹に力が入らず、横向きになって腕で体を持ち上げようとしても上手く動かない。言うことを聞かない体に少し焦る。
 そこにチェントが体を支えて上半身をゆっくり起こしてくれた。

「ありがと。体に力が入んないみたい。」
「ウィルスが壊した所は応急処置しか出来てなくて、体力が戻れば治癒魔法で治すんだって。スープ持って来たから食べて。」
「ありがと。」

 彼女がスプーンで運んでくれたスープは久しぶりに食べたという幸福感とまた戻ってこられたという実感に思わず涙が溢れた。


 スープを1口、また1口と食べて行く中で靄がかかっていた頭の中が回り始める。
 自分の身に何があったのか? 何故ここに居るのか?   
 疑問の方が多いけれど今は治癒魔法を受ける体力を戻すのが最優先。そう考えながらも部屋の周囲を見て何か判る様な物が無いかと探す。
 そこへ

「おはよう、気分はどう?」

 プレシアが入ってきた。私が知っている彼女に違い無いけれどどう見ても少し若い。と言うことはここは元世界では無いらしい。…6~7年前位か?

「久しぶりによく寝たって感じ、ありがとう助けてくれて。」

笑顔で頷くとプレシアはゆっくりと私を抱きしめる。

「…もう駄目かと思ったわ…よく頑張ったわね。おかえりなさい」

 彼女が弱音を吐くのはアリシアも数度しか覚えがない。それだけギリギリの状況だったらしい。
「…うん」

 久しぶりに感じる母の暖かさが心地よかった。


「そうか…じゃあ母さんはあのヴィヴィオの世界の母さんなんだ…。」

 食べ終わって落ち着くのを見計らって、プレシアとチェントから今の状況を聞く。
 魔法が使えない世界に飛ばされたのを聞いて少し驚くが、オリヴィエと一緒に居たヴィヴィオは私達より時空転移は上手く使えるらしい。時間軸を歪めない様最低限の条件を守って動いたのは意識してなのかは判らないけれど思ったよりも凄い。

「私は…多分、ヴィヴィオが話してた事しか言えない。言いたくないとかそういうのじゃなくて遺跡の実験データ位しか持ってないから。」

 シュンとなって言うとプレシアが笑顔で首を振る。

「いいのよ。後でその情報を見せて頂戴。これでアリシアにも話せるわ。学院祭の準備で走り回ってるでしょうけど。」
「学院祭?」
「ええ、明日はStヒルデの学院祭よ。」
「そんな時に来ちゃったんだ…。母さん、学院祭までアリシアの所に行ってあげて。」

 プレシアに言うと彼女は少し驚いた顔を見せる。

「無理言わないで…アリシア、あなたはやっとカプセルから出られた状態なのよ。今は快方に向かっているけれど未知のウィルスがまだ体内に居ていつ増殖するかも知れない、突然改変方法が変わる可能性だって…」

 聞いている限りまだ私の体は予断を許さない状態。

「学院祭が終わるまでベッドから降りないし安静にしてる。母さんは私の母さんだけどこっちの私とチェントの母さんなんだから…私のせいでこっちの私とチェントに寂しい思いをさせちゃってるのは謝るしかないけど…きっと私もチェントも母さんに学院祭に来て欲しい筈、行って上げて。」

 アリシア自身、Stヒルデの学院祭にプレシアが来てくれた時は嬉しかったのを覚えている。只でさえヴィヴィオがこっちのヴィヴィオを連れて異世界に行ってしまっているのだから折角の機会を自分のせいで奪われるのは絶対に嫌だ。

「お母さん、私がお姉ちゃんの側にいるから行ってあげて」

 チェントも私の意に気付いたのか後押しする。

「アリシアの事で頭がいっぱいになっていたわ…本当に母親失格ね。」
「ううん、私が元気になったのも母さんが居たからなんだから私達にとって自慢の母さんだよ。」
 
そう言うと彼女は頬を崩して頷いた。

 その後、アリシア達に幾つかの注意をした上でプレシアはアリシアと連絡を取り研究所を離れた。
 ああ言ってしまった以上、アリシアも体力の回復を待つしかなくベッドで横になっていた。

「ねぇ、私をここに連れてきたのはチェント?」

 ふと気になった事を妹に聞く。
「時空転移、上手く使えないからルーツのヴィヴィオを探したほうがいいって考えたの。」
「さっきもそう言ってたけど、それだけ? 私達の世界に戻れば母さんがいるでしょ。母さんだったら時空転移のフォローくらいしてくれる。転移の誤差も計算に入れて…」

 以前ヴィヴィオが言っていた【ルーツのヴィヴィオ】、彼女を巻き込まなくても私達だけで何とか出来たんじゃないかと脳裏を過ぎった。

「…それも考えた。でもお姉ちゃんが危ないってお母さんが知っちゃったら…。私じゃ止められないよ。」

 振り返って苦笑いするチェントを見て納得する。
 昔、死んだ私の為にアルハザードへ行こうとした人だ。再び向かおうとしなくても何をするか判らない。それに比べて、ここの彼女ならここの私やチェントは元気なのだから異世界の同一人物でも冷静さは失われない。
 その冷静な彼女の能力で助けられた訳でチェントが元の世界に戻っていた方が危険だったかも知れない。

「…そうだね。」

 アリシアもつられて苦笑いするのだった。

~コメント~
 今話は登場人物が3名のみでお送りします(笑)
 やっと大人アリシアが復活です。そもそもアリシア自身半分オリジナルキャラになっているのにその大人バージョン、どんな性格になるだろう?色々考えました。
 まだ今話では策士という面を見せていませんが、今後の展開で彼女も重要な役割を持っています。
 
 さて少し話は変わりますが、コミックマーケット90で無事スペースを頂けたそうです。
 日曜日 東-イ33b 鈴風堂 です。
 今のところ新刊は私がダウンしてリリカルマジカルで頒布出来なかった本はほぼ決まっており、それ以外も何か作れないか思案中です。

追伸:先日無事退院いたしました。色々ご心配をおかけしました。  

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