第31話「開始点からの出発」

「……スゥ……スゥ…」

 私が瞼を開くと彼女の顔が目の前にあった。

「……ん…あ、眠っちゃったんだ、私…」
「おはよう、ヴィヴィオ」  

 瞼を擦りながら上半身を起こすと、マリエルの声が聞こえた。声をかけながらも視線は端末に向いていて手は高速でキーを叩いている。

「あ…すみません…寝てしまいました。」
「いいよまだ寝てて、転移魔法使ったから疲れてたんでしょ。」

 時間を見ると既に日は変わってもうすぐ陽が昇る。6時間近く寝ていたらしい。
「アリシア、さっきまで手伝ってくれてたから寝かせてあげてね。」

 アリシアはさっきまで起きていたらしい。私にかけられていた毛布をアリシアに着せた。

「マリエルさんも休んで下さいね。…あれ? プレシアさんは?」
「ありがと、もう少しでテストプログラムも出来るから走らせたら休むよ。プレシアさんなら家に帰ったよ。チェントを送ってからまた来るって、本当に天才魔導師だね。」


 4日前、私達は異世界からRHdを直す為のレリックとジュエルシードを持ち帰った。そしてそのままプレシアの研究所でRHdの修理を始めた。
 修理と言ってもメインコアや魔導師との接続を切り替えるデバイスの根幹部分を作り直すのだから新しいデバイスを作るレベル。それを突貫作業で進めて4日で終わらせたのだ。
 私も2日目迄は何とか持ちこたえていたけれど流石に睡魔には勝てず途中で寝てしまった。アリシアも完成した所までは起きていたがその後に眠ったらしい。
 そう思うとマリエルやプレシアのスタミナと強靱な精神力には脱帽する。
ちなみにリインとアギトは定期的に情報整理や魔力補給をする為眠らなくてはいけないらしく、定期的に眠りについていた。普通はこっちを見習わないといけないのだけどここでは1番良く寝ていただろう。

「うん、あとは結果が出るまで…かな。ん~っ!流石に少し疲れたよ。」

 タンッと小気味よいキー音を立ててマリエルが背伸びをした。
流石に疲れたのか少しだけ目に隈が出来ている。

「RHdはどんな感じですか?」
「今のところは問題なし…っていうか普通のテストじゃ問題は出ないんじゃないかな。ヴィヴィオが使わないとわからないところも多いからね。自動修復機能も深くまで触れる様にしたけど…RHd調子はどう?」
【I feel great(良い気分です)】

 その答えに満足げな笑みを浮かべる。

「じゃあ、後はヴィヴィオが帰ってきてからです?」
「そうだね~出来れば届けてあげたいね。」
「そうね、ヴィヴィオもそっちの方が治るかも知れないわね。マリエル技官、あまり手伝えなくてごめんなさいね。朝食を持って来たから少し休憩しましょう。2人とも顔を洗ってらっしゃい。」

 ドアが開いてプレシアが入ってきた。彼女は特に疲れた様子もなく、手に持ったバスケットをテーブルの上に置いた。
 RHd本体の再構成はマリエルが担当しプレシアはそこに入れる完全体レリックとレリック片をコアユニット用に再結晶化させる作業をしていた。
 いくらジュエルシードやレリックを知っていてオリヴィエ達からの情報があったとしても失われた技術を蘇らせた手腕やタフさにマリエルと一緒に感嘆の声をあげた。


 冷たい水で顔を洗って少しスッキリして、戻ってくると

「おはよ…ヴィヴィオ、マリエルさん…デバイスは?」

 アリシアが目を覚ました。でもまだボンヤリとしていて凄く眠そうだ

「おはよ、あとは結果待ちだって。ベッドで休む?」
「そう…じゃあ…結果出たら教えて、ヴィヴィオのとこに…持ってかなきゃ…」

 そう言って毛布を掴んで丸くなって眠ってしまった。その様子に苦笑いする

「アリシアはもう…ん? 今何て?」

 ヴィヴィオのとこに持っていくって言った?

「アリシアも最初からそのつもりだったみたいだね。」
「え…でも、なんかゲームの世界に行ってるんですよね? 私行ったことないですよ?」

 デバイスから刻の魔導書を取り出してイメージを送る。イメージといっても滅茶苦茶曖昧すぎてイメージと呼べるかどうか…
 思った通り、刻の魔導書から詩編は返ってこなかった。行き先が浮かばない以上行ける訳がない。

「そうね…ヴィヴィオ、朝食を食べたらお使いを頼めないかしら。」

 RHdのテスト結果が出る迄は何も出来ないし、プレシアの代わりならと思い

「はい、何処にですか?」

 小首を傾げて聞くと彼女の口からとんでもない答えが返ってきた。
【聖王教会から聖王陛下をここに連れてきて頂戴】と


   
 私は言われるまま聖王教会へと赴いた。流石にそのままだとバレるので変身魔法で局員の服を真似てプレシアからの手紙を見せて教会の蔵書室前まで案内して貰った。
 案内してくれたセインとシャッハからは滅茶苦茶怪しげに見られていたけれどこの際仕方ない。

「お待たせしました、来ると思っていました♪」

 シスター服ではなくゆったりとした私服姿のイクスヴェリアが中から出てきて

「プレシアの研究所に行ってきます。何かありましたら連絡してください。では行きましょう♪」

 そう言うと私の手を取って歩きだした。

「あの…本当にイクスなんですよね?」
「はい、こう見えても昔は冥王と呼ばれた王をしていました。」

 ハキハキと答えるイクスに彼女はこんな性格だったかと訝しげに思う。

「前のゆりかごに来た…のはイクスですよね?」
「そうです。ああ! あの時は彼女に体を貸していましたから私に見えても私じゃないというか…。普段は私が表に出ています。」

 なるほどと納得する。2重人格…というか1人の体に2人の意識があるという状態らしい。これなら知る者も少ないだろう。仮に出ていてもイクスヴェリア自身が皆よくわからない存在なのだから少し変わった言動をしても疑われない。

「私に用とは何でしょうか? 新たな翼は出来たのでしょう?」

 直後雰囲気が変わった。この雰囲気は聖王のゆりかごで感じたものだ。

「はい、ヴィヴィオの所に持って行きたいんですが…」
「行けばいいではないですか。あなた達がここに居るのですから魔導書を持っているのでしょう?」

 ヴィヴィオが言葉を選びながら言うと何を迷うのかと思う位アッサリと返された。 

「でもこっちのヴィヴィオが居る世界に私達は行ったことがないので…イメージを送っても詩編は返ってきませんでした。」
「そうですか、それで私を…ヴィヴィオ、あなたは刻の魔導書を持っていますね? 時空転移以外の魔法は使ったことがありますか?」
「…ありません。時空転移以外の魔法なんてあるんですか?」

 イクスの返答に聞き返す。

「管理者権限を持たないあなた達でも使える魔法があります。これから先はあなた達で見つけて下さい、彼女は1人でそれを見つけましたよ。私はあなた達がヴィヴィオを巻き込んだことを快く思っていません。イクス、用は済みました。教会に戻りましょう。」

 そう言うと目を閉じる。次に瞼を開いた時また雰囲気が変わった。オリヴィエからイクスに変わったらしい。

「えっ!? それでいいのですか? …はい…わかりました。」
「ごめんなさい。私ではこれ以上お役に立てそうにないです。また何かあったら訪ねてくださいね。」

 そう言うと来た道を戻っていってしまった。

「………」

 彼女達にヴィヴィオは何も言えなかった。 
  


「う~ん…やっぱり根に持たれちゃったか。」

 研究所に戻ると起きて朝食を食べていたアリシアとプレシアが居た。マリエルは医務室で眠っているらしい。呼びに言って途中で帰られたことを話したらアリシアは苦笑いした。

「やっぱりって…そうか…そうだよね。」

 心当たりはある。彼女はここの私を導くために残っている。それなのに私達は彼女を事件に巻き込んでしまい聖王のゆりかごまで持ち出したのだ。
 あのオーバーテクノロジの塊の脅威を誰よりも知っているのは彼女…
 実際今もその影響が出ている。

「それでも彼女が協力してくれたのだから良しとしましょう。刻の魔導書のコピー…悠久の書を作った時に読んだけれど時空転移以外の魔法はあるわ、ヴィヴィオも使っている。」
「「えっ!?」」

プレシアの言葉に驚く

「ええ、遠い未来を夢で見る魔法や…あとは…ごめんなさい、幾つかあるのだけれど今はわからないわ。彼女やヴィヴィオは知っているでしょうけど…」

 当の本人は居らず、あの様子じゃ教えては貰えないだろう。

「じゃあさ、この時間のヴィヴィオ1ヶ月くらい前に行って聞いてみる? 私が眠ってる時一緒に居たでしょ。その時を狙って…」

 ナイスアイデアとばかりアリシアが言うが

「それは止めた方がいいよ。違う時間軸が作られちゃうかも知れないし時空転移が重なっちゃって違う問題が起きちゃう。」

 聖王のゆりかご戦で倒れたヴィヴィオを送り届けた後、アミティエから釘を刺された。
 ヴィヴィオの時空転移は何らかの抑止効果が働いているけれど、私の時空転移は時空を歪めている。短時間での空間転移や重ねて使った場合時間軸に影響するから考えて使う様にと。

「う~ん、今は一方通行な訳か…ヴィヴィオ、魔力はどんな感じ?」
「え? 普通…前に転移してから4日経ってるからもう戻ってるよ。まさか…」

 凄く嫌な予感がする。

「戻ってこられるなら何度か時空転移してみよう。だめだったらここに戻ればいいんだし。刻の魔導書を解析するには時間がかかるし手っ取り早いでしょ♪」
「そんな当てずっぽうな…」
「連続転移しなきゃ分岐も起きないし、魔法が使えない、転移出来ない場所が当たりな訳でしょ。マリエルさんのテストが終わったらやってみよ。」

 予感的中と頭を抱えてハァ~っと息をつく。
 とは言っても彼女の案以外に何か良い方法が有る訳でもなく…

「やるだけやってみるよ。」

 どちらかと言えば消極的賛成ということで私達は再び動き出した。



「いい? ちゃんと伝えてね。」

 無事にテストが終わり私達はデバイスを入れた小箱を手に外に出た。

「はい、必ず伝えます。何度か戻ってくると思いますので」

マリエルに幾つかの注意事項を聞いて私は刻の魔導書を開き目を瞑りイメージをする。
 判っているのはブレイブデュエルというゲームがあってその世界では魔法が使えないということ…何度か違う時間軸にも行ったけど、初めて行く世界を狙っていくのはしたことがない。
鍵になるのは…チェントのリンカーコアや持っている3rdとレリック片…
 頭の中で詩編が浮かび上がってこないのに目の前に虹色の光球が生まれた。

(…違う魔法?) 
「アリシア、行くよっ!」
「うん」

 彼女の手を取って私は光球の中に飛び込んだ。


 
「っと…」

 光の中から出て下りたのは…

「ここ…は?」
「…ヴィヴィオさんとアリシアさん?」
「えっアインハルト?」

 突然名前を呼ばれて驚く。そこに居たのはアインハルトと

「あっちの私?」
「帰った筈じゃ…」
「もう1人のヴィヴィオ?」

 ヴィヴィオとフーカと見知らぬ女性だった。周りを見るとナカジマジムのトレーニングルーム
 そう、私は時空転移で前の異世界に来てしまったのだ。


「そうですか、ヴィヴィオさんのデバイスを届けに…」
「うん、ヴィヴィオの居る世界に行こうとしたんだけどこっちに来ちゃった。」

トレーニングルームの端にあるベンチで私はアインハルトと話していた。

「私じゃ時空転移は上手く使えないのかな。いつもと違う感じはしたんだけどな~っ」

 これがルーツとコピーの違いなのだろうか…
 デバイスから刻の魔導書を取り出し中をペラペラとめくる。古代ベルカ文字だからヴィヴィオも流石に全部は読めない。読めない場所に何か書かれているとは思うのだけれど調べるには時間がかかりすぎる。

「……すみません、その本少し見せて貰っていいですか?」
「ん? いいけど?」

横から身を乗り出してきたアインハルトに刻の魔導書を渡す。彼女は本を閉じて周りをジーッと見る。外側に何かあるのだろうか?

「…これは…この本と同じ物が家にあります……」
「えっ? これってベルカ聖王家、聖王教会の蔵書だよ? 見間違い…」

 見間違いじゃと言いかけた時 

「あっ!」

 突然立ち上がった。

「どうしたの?」
「思い出しました。刻の魔導書、あちらのヴィヴィオさんが以前私に言われました。『この世界で資質を持っているのは私』だと。そして彼女は『時空転移』でここに来たのではなく別の魔法を使ったと」
「別の魔法?」

 時空転移とは違う魔法で彼女はここに来ていたらしい。

「少し待って下さい。」

そう言うと端末を出して何処かに連絡する。

『どうしたの? アインハルト。まだトレーニング中じゃ?』

 ウィンドウに出たのは前回来た時案内してくれた女性、確かユミナと言ったか…
 
「すみません、書庫の奥この本と同じ物があるので持って来て下さい。その中に紙が挟んであります。」
『うん、いいよ。ちょっと待ってて。』
「ヴィヴィオさん、すみません。私も曖昧なので…」
「ううん、何かヒントが貰えるなら助かるよ。」

 数分後ユミナが1冊の本を持って来た。アインハルトが言っていた様に刻の魔導書だ。
 思わず「ウソ…」と言いそうになるのを止めてユミナが本を開くのをジッと見る。

『これだよね? 中身は昔のベルカ文字だから読めないけど…あっメモが挟まってる。』
「それです。中には何と書かれていますか?」
『【虹の橋、主の願いを鍵とし異なる世界を繋ぐ門】…どういう意味?」
「虹の橋…主の願いを鍵とし異なる世界を繋ぐ門…それがこっちに来る時使った魔法…」
「ええ、そうです。確かこれを見た時、2冊の魔導書が明滅し始めて…」
『!? ア、アインハルト!』

 そう言った瞬間、アインハルトの持った私の刻の魔導書とユミナが持っている刻の魔導書が淡く光って明滅を始めた。  

「なっなに!?」
「落とさないように持っていて下さい。同じ様に明滅すると消えます。」

 彼女の言った通り最初2冊はそれぞれ明滅していたが、数秒後には同じ周期で明滅をして光は消えた。 

「終わった…の?」
「ええ、ユミナさんありがとうございます。メモを元の場所に挟んで本を書庫に戻しておいて下さい?」
『う、うん。わかった。』

 ユミナは怖々と魔導書を持ちながら通信を切った。

「ヴィヴィオさん、これであなたが願えばその世界に行ける筈です。時空転移ではなく虹の橋を使って。」
「……う、うん…」

 唖然としながらも私は頷いた。アインハルトが資質を持っているのも、刻の魔導書が聖王教会ではなくアインハルトが持っていることも、そして魔導書を繋いで転移できることも…驚かされることばかりだ。
 でもきっかけは見つかった。

「それに…あちらも終わりそうです。」
「そうだね♪」

 私達がベンチに座って話しているのは理由があった。それは…

「ハァアアアアアッ!!」
「!!」

ここのヴィヴィオがアリシアに対して連打を浴びせるが彼女は両腕でそれを防ぎながら左から回し蹴りの体制に切り替えた。
 彼女達はこの前のリターンマッチをしているのだ。

「ヴィヴィオ、前より動きがいいね。」
「ヴィヴィオさんはあれから強くなりました。今度会った時は勝って私の気持ちを伝えたいからと…。」
「…そっか……」
(アリシア…もしかしてこうなるのわかってたのかな…)

 少し嬉しそうな彼女を見てそう思った。

~コメント~
 本話は異世界のヴィヴィオ、大人ヴィヴィオ視点で書いてみました。本当は前章の所々で入れようかと思っていたのですが、大人ヴィヴィオの視点としてまとめた方がいいと思いこの形になりました。

アインハルトの時空転移資質やその他の色々については  
 AdmixingStory(Vivid編)からの続きになります。(タイトルが『開始点』=『スタートポイント』になっているのもそれが理由です)
 After全部にもある意味を持たせて進めているのですがそれはまた後ででも
 

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