第37話「はじめての学院祭(前)」

「アリシア、学院祭の準備はバッチリ?」

 高町家での夕食の団欒でフェイトに聞かれてアリシアは親指を立てて頷いた。

「うん♪ みんなビックリしちゃうよ。」
「…ビックリってお化け屋敷とかじゃないよね?」

 続けてなのはに聞かれて少し笑って答える。

「クスッ、違いますよ。聖祥だったらそれも面白いかなって思ったんですけど、こっちでお化けが怖いって習慣というかそんなイメージ無いですし、真っ先に魔法を使った悪戯だって思われちゃいます。」
 魔法文化が有るのと無いのとではこういう些細な所が違っていて魔法文化があればお化けの類いも何かの召還魔法だと思われてしまう。流石にこっちでお化け屋敷を作っても怖がられるより異文化のオブジェと思われるだろう。

「そっか、それもそうだね。」

 地球文化になじみのあるなのはは苦笑するが魔法文化の方がよりなじみのあるフェイトは小首を傾げその違いがわかるアリシアはクスクスと笑う。

「あちらの文化は珍しがられるでしょうけど初等科の出し物では無いわね。中等科あたりで他世界の文化カリキュラムがあるからその時に見せればいいわ。」

 3人のやりとりを微笑みながら見ていたプレシアが言うと

「うん♪」

 アリシアも笑顔で頷いた。



 数時間前、授業が終わってチェントを迎えに行こうとしていた時、Stヒルデの校門で彼女と一緒にプレシアが待っていた。

「アリシア、おかえりなさい。」
「ママっ!?」

 慌てて駆け寄る。

「どうして? まさか…大人の私に何かあったの?」

 最悪のイメージが脳裏を巡る。しかしプレシアは微笑んで

「彼女はもう起きているわ、ウィルスも殆ど消えて今は研究所にいる。明日は学院祭でしょう? あなた達が初めて参加するのだから私もフェイトと一緒に見に行くわ。」

 腰を下ろして私とチェントの頭を優しく撫でられる。私は急に瞼が熱くなって肩を震わせて無言で抱きついた。



「ヴィヴィオはまだ戻ってないんですか…」

 夕食を食べ終え後片付けをしながらなのはは隣で食器を洗っているプレシアに言った。彼女は学院祭が終われば再び研究所に戻る。その為家に帰ってしまうと2人がまた寂しい思いをすると考え今夜だけ泊まる事になった。
 フェイトの代わりに彼女が洗い物をしてくれているのは瞼を重そうにうつらうつらとしながらも彼女のスカートをギュッと掴んで離さない少女がいるからでなのだけれど…
 その姿から昔のヴィヴィオを思い出し、彼女が居ないのを余計に感じてしまう。

「ええ、でも明日か明後日には戻って来る筈よ。」
「…また事件に巻き込まれちゃってるんですよね。また無茶をしていないでしょうか。」

 肩を落として呟く。

「…試練…でしょうね。」

 なのはの問いかけに答えるかのようにプレシアが言う。

「試練ですか?」
「誰もが1度は夢見る魔法、自由に使えばその世界…いいえ、時の王になれる魔法。だけれどその責任の重さは計り知れない。何かに触れるだけでその世界の未来が変わってしまう。普通ならその重圧に押しつぶされる。でもヴィヴィオは幾つもの試練を乗り越えてきた。」
「私達が出来るのはあの子を信じて待つ事。それが私たちに課せられた試練ね。」

『時空転移が使える様になった時はこの魔法で時間を好き勝手に変えるのはいけないんだと思ってた。だって私が好き勝手に変えちゃったら…もし私が嫌いな人が居たら消しちゃえって簡単に出来ちゃうんだよ。私は神様じゃないんだから過ぎた力だって。』

 異世界で彼女が言ったのを思い出す。

『でも今はそうじゃなくて、もし私の魔法で良い世界に出来るなら変えていきたい。きっとこの魔法を作った人が王様になったから聖王って呼ばれる様になったと思うから。』
『ここに遊びに来ようって思った時から未来が変わるのは判ってた。でも変わるなら良い世界にでもできるよね?』

 そう、ヴィヴィオは時間や世界を越えられたからその考えを持てた。

(そうか…だからオリヴィエさんは…)

 何故彼女がそうまでしてヴィヴィオを見守る為に残ったのか判った気がした。



「プレシア母さん、少しだけいいですか?」

 アリシアとチェントと一緒にお風呂に入って、寝室でようやく寝かしつけたプレシアがリビングに戻るとフェイトに声をかけられた。

「良いわよ、貴方も添い寝をしてほしいの?」
「ちっ違います!」

 からかうつもりだったのだけど顔を赤くして答える彼女を見てどうも軽めの話ではないらしい。彼女の様子に近くにいたなのはもクスッと笑う。

「姉さんの…アリシアについて、母さんには話しておかなくちゃいけないから。」

 神妙な面持ちに戻ってそう言って彼女の口から出たのは先日行っていた異世界についてだった。


『ヴィヴィオと一緒に歩いて行きたい』

 そうアリシアが言ったのは数ヶ月前の事、アリシアの早合点から始まったアリシアとヴィヴィオの戦技魔法の模擬戦。
 アリシアとヴィヴィオには大きな差がある。
 彼女が本気を出せば魔法センスだけでなく戦闘経験もこの世界で上から数えられるレベルだろう。そんな彼女が1時的に対抗する為、彼女のデバイスにあるプログラムを入れた。異世界の友人が修めている剣術を支援する補助プログラム。要はその場限りの支援プログラムのつもりだった。しかし…
 フェイトに異世界のゲーム内の話を聞いて深く溜息をつく。
 体感ゲームの中とは言え、知覚を超えた動きを得た。未成熟な体で練習すれば壊すと注意は受けていてもいずれ何らかの事件に巻き込まれたらと考え練習を始めるだろう。
 同じ考えに至ったフェイトはコラードにアリシアの教導を頼んだ。ヴィヴィオとは真逆で資質の無さを身を以て知らせる為に…。
 コラードについてはプレシアもヴィヴィオが研修を受ける際にリンディを通じて名前や経歴を聞いていた。フェイトが感じた様にこのまま見守る訳にはいかないだろう。

(あの子に相談してみようかしら…)
「わかったわ…」

 そう思いながらもプレシア自身妙案が有る訳でも無く溜息をついて頷くしか無かった。



 そんな事が話されているとは知らず、翌朝

「ママ、なのはさん、フェイト行ってきま~す」
「いってきま~す」
「いってらっしゃい」

 アリシアはチェントと手を繋いで高町家を出た。
 角を曲がって2人の姿が見えなくなって、

「なのはさん、フェイト少しいいかしら?」 

 プレシアは家の中に戻る2人に声をかけた。 


  
 それから時と場所は変わって、お昼少し前のStヒルデにプレシア達は居た。
 入った時に貰ったプログラムで幼年科の遊戯が直ぐに始まるのを知って慌ててホールへと向かった。彼女もプレシア達が来たのを見つけたのか小さい体で一際元気に踊る末娘に時間中頬を緩めっぱなしだった。
 そして遊戯が終わった後、初等科4年のカフェに向かう。

「わ~♪」
「…綺麗」

 小さなウェイトレスに案内されて入った瞬間、室内の光景になのはとフェイトは感嘆の声を出した。初等科生が作る物だからと侮っていたプレシアも驚いた。

「これは凄いわね。」

 教室とは思えない童話の中の風景と踊るぬいぐるみ、そして中央のオブジェから湧き出る水が部屋内をぐるりと回っている。手近の水路に手を入れると水ではなく、魔法で模しているだけらしい。

「いらっしゃいませ♪ ビックリしたでしょ」

 そう言って目の前にやって来たのはアリシアだった。

「うん、すっごくビックリした。」
「カフェって案内にはあったから翠屋っぽいのかなと思ってたんだけど。」
「驚くのはこれからこれから♪ まだ少し時間あるから…っとご注文は何にしますか?」

 3人は飲み物を頼むとアリシアは「少々お待ち下さい」と行って奥へと行ってしまった。

「さっき驚くのはこれからって言ってたけど…何があるのかな?」

 嬉しそうに言うなのはを見る。
 中央のオブジェやぬいぐるみは手製で投影する風景や水路、水は全て魔法で見せている。ぬいぐるみは操作系魔法が得意な子が操っていて、風景等は軽めの投影魔法を使えばいいだけだけれど、初等科生でそんな魔力と制御能力を持っている子は数える位しか居ない。

(あれは…コアね。)

 バルディッシュに自動起動の投影魔法を入れて供給源としてコアを使っているのだろう。次は何を見せてくれるのかと待っていると、見知った顔が部屋に入って来た。

「あっプレシア、なのはさんとフェイトさんもごきげんよー!」
「セインったら…」

 プレシア達を見つけたセインは手を振ってこちらに声をかける。なのはとフェイトは周囲の目が集中するのを感じ赤くなりながらも手をあげて答える。先日闇の書事件の映像が公開されているからなのはとフェイトの名前を聞いて気付いた人も居るらしい。

「ごきげんよう、今日は遊びに来たの?」
「遊びにっていうか、私は付き添い。」

 そう言うとセインの隣に居た女性が会釈をする。

「ごきげんよう、イクスヴェリアと言います。テスタロッサ様の話はセインやヴィヴィオからよく聞いています。こんにちは、なのはさん、フェイトさん」

 昨年海底遺跡で見つかり今年になって目覚めた古代の王。名前も聞いていたしニュースで出ていた彼女も見ていた。でも私服姿ではすぐ彼女と結びつかなかった。

「プレシア・テスタロッサです。騎士カリムやセインにはいつもお世話になっています。」

 椅子から立ち上がって会釈をする。アリシアやヴィヴィオより少し大きい位なのに、仕草や落ち着き具合から見て古代の王と言われただけの事はある。

「こちらにヴィヴィオが居ると聞いて来たのですが…」
「うん、ヴィヴィオ来たよ~」

 セインがキョロキョロ見回すが居らず、呼ぶ様に声を出す。

「すみません、今日はヴィヴィオ来てないんです。ちょっと色々あって…」
「そうですか…」

 なのはが言うとイクスは残念そうに答える。

「セイン、イクス様もいらっしゃい」

 そこへアリシアが3人が頼んだ飲み物を持って来た。本来聖王教会の賓客な彼女に対して礼節を以て応じなければいけないのだが、プレシアはシャッハが不在で2人が私服で来ている意味を察し、アリシアは彼女応対とヴィヴィオと一緒に見舞っていたからか他の客と同じ対応をしていた。
 そんな時、入口付近で響めきが起こった。

「えっ? ヴィヴィオ?」

 注文のティーカップをテーブルに置いた直後、響めきの中でヴィヴィオという言葉を聞いてアリシアは振り返る。なのはとフェイトも聞こえたのか立ち上がって入口を見る。

「ごめ~ん、遅くなっちゃった。」
「「「!?」」」

視線の先にはチェントと手を繋いだヴィヴィオが立っていた。

~コメント~
 Stヒルデの学院祭、VividでもありましたがASだとどんな感じになるかなと色々考えました。
 それは兎も角、昔の学園祭だとおなじみだったお化け屋敷ですが、魔法世界だとお化けという概念があるのでしょうか? 気になります。
(召喚術や幻術系と思われてしまいそうですね。)

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