第57話「その日、ミッドチルダ(刻の理)」

 アリシア達が異世界に行ってから数日が経ったある日、カリム・グラシアは執務室で来客をもてなしていた。

「事情は承知しました。これからは先に話して貰えると助かります。」
「はい、申し訳ありませんでした。」
「いえ、そこまで畏まらないでください。あなたはあなたしか出来ない事をしただけです。私達…いいえ聖王教会も支援は惜しみません。」
「ありがとうございます。騎士カリム」

 今朝、彼女-プレシア・テスタロッサから研究所の再開とこの2週間連絡が取れなかった理由を話しに来たいと連絡があった。
 管理外世界で以前世話になった人の所に行っていたらしい。
 彼女が教会に来る前にリンディ・ハラオウンからある程度事情を聞いていたし、アリシアやチェントを高町家に預けてまで行かなければいけない余程の事情があったのだと推察した。

「今日はもう1つお願いがあって来ました。以前お借りした書庫の本を貸して貰えないでしょうか。」
「ええ、それは構いませんけれど…理由を教えて貰えるかしら?」
「先日からチェントがStヒルデに通い始めました。とても楽しい様で毎晩学院であった事を嬉しそうに話してくれます。」

 微笑むプレシアを見てカリムも頬が緩む。

「スクスク成長して…数年後には初等科、ヴィヴィオと同じ年齢になるでしょう。その時、昨年彼女が数日間意識を失った様にならないかを先に調べておきたいのです。」
「それであの本が必要なのですか?」

 彼女に貸し出した本は確かに貴重なものだけれど、あの本に何か書かれているのだろうか? 

「可能性の1つです。心身の成長が理由の可能性もありますし、環境やヴィヴィオが当時使った魔法が原因の可能性もあります。ですから先に調べてたいと考えています。」

 プレシアの言うとおり、その事態になった後で調べ始めては間に合わない場合もある。研究者だからこそ先に調べたいのだろう。

「判りました。セインに持って来る様に伝えます。少し待っていて下さい。」

 そう言うと端末を取り出してセインを呼び出した。


 
 カリムが端末に向かうのを見てプレシアはフゥっと息をつく。
 もし彼女が記憶封鎖を解いてヴィヴィオの魔法を知っていたら再び記憶封鎖をするつもりで来た。聖遺物から生み出されたもう1人の聖王、チェントの保護者として信用されているのに嘘をつかなくてはいけないのに心が痛む。だが、今は彼女にもあの魔法を知られる訳にはいかない。
 教会にある『刻の魔導書』、その話をしても顔色を変えなかったのを見て記憶は封鎖されたままだという事に安堵した。あとはもう1つ…あの2人に聞いた正体を確認しなければならない。

「プレシア博士、すみません。あの本はイクス様がお持ちで今は自室で休まれています。ベルカ聖王家について知りたいと言われてあの本を知ったそうです。私が事情を話して借りてきましょうか?」
「いいえ、急いでおりませんので。イクス様からお借りします。

 そう答えながら彼女達の話は本当だと確信した。



 一方、異世界のStヒルデ学院。
 アインハルトもクラスメイトから突然現れた巨大な船がクラナガンに向かっているとニュースを聞き映像を見てその船がクラウスの記憶にある『聖王のゆりかご』だと気づき愕然とする。
だがその時

「大変! ヴィヴィオが外で倒れたって、保健室に連れて行くっから来て欲しいって。一緒に行こう!」

 ユミナ・アンクレイヴから聞いて我に返った。

「はい!」

彼女と一緒に教室を駆け出る。だがその途中で窓から見知った人影を見つける。

「先に行って下さい。後で追いかけます。」
「えっ! うん、わかった。」

 そう言って保健室へ向かうユミナと反対方向へと走った。



「…これで予備チャンネルも全部動き始めたかな。あっ、そうだ。ヴィヴィオ達にメッセージ送らなきゃ。『作戦成功、学院医務室でお休み中』っと」

 聖王のゆりかごからだけ映像を送るだと管理局に妨害される。大人アリシアはそう考えてミッドチルダ数カ所とヴァイゼンや幾つかの管理世界に映像の予備の発信拠点を設置していた。
 アリシアはここのヴィヴィオを止めた後、その起動を任されていた。

「アリシア・テスタロッサさん」

 メッセージを送り終えて端末を閉じた直後声をかけられ慌てて立ち上がる。そこに居たのは

「アインハルトさん…」
「異世界のヴィヴィオさんが来ていたのでもしかしたらと思っていましたが…あの船を動かしているのはあちらのヴィヴィオさんですね。そしてアリシアさんもそれを知っている。あなた達は何をするつもりですか?」
「…言えません。アインハルトさんに話したら巻き込んじゃいます。私はこっちのヴィヴィオを止めに来ただけです。あの子、船を見たら飛んでいきそうだったから。医務室で眠っていれば関係ないって思われます。」
「……ヴィヴィオさんが倒れたのは、アリシアさんが倒したからですか?」
「…はい。アインハルトさんもゆりかごに行くなら…」

 バルディッシュをかざす。彼女はヴィヴィオより数段強いし1撃必殺の拳を持っている。

(でも…私が止めなきゃいけないんだ) 

 本気になられたら良くて相打ち、殆ど勝ち目はない。それでも逃げる訳にはいかない。彼女を睨む。

「…こちらのヴィヴィオさんが無関係でしたら行く必要もありません。それに…」

 ポケットから何かを出して私に向かってポンと投げてきた。慌てて受け取るアリシア。

「テープ?」
「怪我をしている人を倒す趣味はありません。巻けば膝の負担も減るでしょう。私も保健室に行きますから他に必要でしたら連絡してください。」

 そう言うとアインハルトは背を向けて走って行ってしまった。

(ありがとうございます。アインハルトさん…)

 何をしているのか一切聞かず、彼女もヴィヴィオが無関係だと証明する為に保健室へと行った。
 アリシアは多くを語らず察してくれた彼女に感謝しながらStヒルデから離れた。  



(チェントじゃ動かなかったの?)

 大人ヴィヴィオ支援の為、聖王のゆりかごから出たヴィヴィオは直後からゆりかごが止まってしまったのに気づいた。戻った方が良いかと考えた時再びクラナガンに向けて動き出したのを見て彼女が玉座に座ってくれたと考え

「いくよ…ヴィヴィオ」

 自分に言い聞かせて正面下方から飛んで来る光に向かった。しかしゆりかごの中ではヴィヴィオも想像出来ない事態が進んでいた。


「やっぱりあなただったんですね。イクスヴェリア、いいえオリヴィエ・ゼーゲブレヒト」

 大人アリシアは彼女の到来に一瞬驚いたが、落ち着き考えると彼女もこれを知っていた可能性にたどり着いた。

「飛空挺の中にいたヴィヴィオと集束砲を撃って落ちたヴィヴィオを助けたのも、私達に答えを教えたのも…。ずっと不思議だったんです。私達が知ってるイクスと貴方じゃ全然雰囲気が違う、違いすぎる。最初はオリヴィエが変装してるのかって思いました。でも確かにヴィヴィオは過去の事件でオリヴィエは消えたって言ってました。ヴィヴィオが悠久の書を使ってるなら刻の魔導書は貴方が持ってるんですね?」
「イクスの姿で正体をずっと隠してたんですか? ヴィヴィオを見守る為に」
「…いいえ、私はイクスヴェリアです。私は旧知の王から願いを託されてここにいます。」
(口調が変わった。2重人格?)
「私は私です。私の体を癒やし消えた彼女の願い、幼き聖王達を見守って欲しいと…私はその意思を以ているだけです。王が落ち行く世界を導く意思があるのでしたら力を貸します。」

 そう言うとアリシアから玉座近くに居るチェントの方を向く。

「どうなのですか? あなたも聖王の1人です。」
「わ、私!? 私は…私はヴィヴィオ達みたいに魔力が強くないし、時空転移も上手く使えない…聖王なんて名乗れません。それにここが落ち行く世界なのかは判りません。…でも、ここが間違った世界に進んでいるなら変えたいです。」
「あなたの意思によって変えた未来で本来救われる命が消えてしまうとしても?」
「イクスっ!」

 アリシアが叫んで止めさせようとする。
 ヴィヴィオなら兎も角彼女にはその判断はまだ難しい。だから小さなヴィヴィオがどうしたいかを決断したのに驚かされたのだ。

「これは刻の理を持つ者の定めです。どうなのですか?」

 だがイクスはアリシアの声を無視しチェントに更に詰め寄った。

「……はい、それを受け止めるのも私…ううん、あの魔法が使える私達の責任です。」
「判りました。確かに刻の主の意思を受けました。」

 そう言うとイクスは玉座に腰を下ろし、聖王のゆりかごを動かし始めた。


~コメント~
 数週間音沙汰なく申し訳ありませんでした。
 理由はまた後で…
 Vividでイクスが目覚め、VividStrikeに登場してくれて嬉しい限りなのですが、ASシリーズでは先にイクスを起こしてしまったので若干事情が異なっています。ですので今回はイクスについて少し触れたいと思います。

 ASシリーズではイクスはAffectStory-刻の移り人-でオリヴィエの魔力を受けて目覚めています。(代わりにオリヴィエは消えてしまっていますが魔力と知識、1部の意識はイクスに継がれています)
 イクスの正体を知っているのは、今話まででなのは・フェイト・はやて・アインハルト(AS)と異世界のディアーチェ・プレシアは最近知ったばかりです。

 ヴィヴィオに正体を明かさず、見守り、影から助けているのはヴィヴィオとチェントがベルカ聖王の再来として聖王教会に祭り上げられたり謀略に巻き込まれないようにする為だったりします。
 イクス本来の能力、同じ顔の女性を6人作ったり…とかも健在ですのである意味最強レベルの助っ人ですね。(苦笑)


 さて、話は少し変わりまして掲載が遅れた理由について話させて頂きます。
 10月のイベントでASシリーズ第3作目(AgainSTStory)が完売してしまったと静奈君から連絡がありました。AgainSTStoryは本作にも登場する「チェント」が初めて登場した話でASシリーズにも欠かせない1冊です。そのまま普通に再版出来れば良かったのですが、実は相当な箇所で誤字脱字、文章が間違っているという状況でそのまま再版するには無理があると考え、1冊丸々校正確認をしておりました。
 お陰様でコミックマーケットには新しいAgainSTStoryをお届け出来ると思います。


 告知が続きますがコミックマーケット91で頒布予定の本作AdventStoryも「魔法少女リリカルなのはAdventStory2」として頒布予定しております。
 本来は後半全話を1冊にまとめるつもりでしたが500ページ超になりそうでしたので分けさせて頂きました。
 本日中に入稿するそうなので、よろしくお願いします。

 
 
 追記、AdventStoryを読んで静奈君が「ヴィヴィオ対比表」なるものを作ってくれました。まだ作業中のものらしいですが、それぞれのキャラが判りやすかったので貼り付けちゃいます。(文庫の方に掲載するそうなので完成形はそちらを見て下さい)


 ヴィヴィオ対比表

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