第09話「庭園の跡で」

「今日は良い天気で良かったね。ヴィヴィオ、フェイトちゃん♪」
「うん。気持ち良いね~オリヴィエさん、どうですか?」
「はい。空気が美味しいです。」
「うん、気持ちいい…」

 ヴィヴィオの髪を草原を走ってきた風がなびかせていた。



 2日前、ヴィヴィオはティアナに送って貰って帰ってきた。
 後で一緒にお風呂に入ろうと言っても「後で入るからいい…」と断られ、翌朝一緒に朝食を食べた時も心ここにあらずという状態だった。
 このまま学院に1人で行かせるのは心配だと考えたフェイトはアリシアに頼んで一緒に登校して貰った。
 2人の心配は当たっていて授業も半ば上の空でアリシアから見ても何か悩んでいるのは見て取れた。
 彼女がどうしたのかと何度聞いても

「なんでもないよ。大丈夫」

 そう笑顔で答えるだけ。笑顔が余計に痛々しい。
 朝から気になっていたなのはとフェイトが早く帰ってみると、アリシアとチェントがリビングに居た。ヴィヴィオはと聞くと帰って来た後部屋に戻ったっきり出てこないらしい。

「姉さん、ありがとう」
「ううん、私じゃダメみたい…こんなヴィヴィオ見るの初めてでどうしていいか…」

 辛そうに話すアリシア。学院でも色々あったのだろう。
 なのはとフェイトは顔を見合わせ頷く。



 そして今日、なのはとフェイトは休みを取りヴィヴィオに学院を休ませオリヴィエと共にクラナガンから遠く離れたミッドチルダ南部にやって来た。

「冷たくて気持ちいいよ~♪。ヴィヴィオもおいで~」

 湖畔から流れるせせらぎに入ってヴィヴィオを誘う。

「なのはママ、フェイトママ、ごめんなさい。心配かけちゃって…でももう大丈夫だから。帰ってお仕事にいこ。」

 彼女は笑顔で答える。学院を休ませた理由、自分達が仕事を休んだ理由…それを全部判ってるから。普段の彼女はこんな事言わない。

「いいの♪ 私達も仕事ばっかりでちょっと休みたかったんだ。オリヴィエさんもどうです? 気持ちいいですよ。」
「はい♪」

 大の大人が3人で川辺ではしゃぎ、それを1人の子供が見ている。端から見れば変わった光景。



「あ~楽しかった。ヴィヴィオも来れば良かったのに。」
「ううん、水冷たそうだったから…」
「え~っ! 冷たいのがいいんじゃない。お湯だったら温泉だよね、フェイトちゃん」
「そうだね。それもいいかな」

 戻って来たなのははそう言うと持ってきたバスケットからシートを出して広げる。
 気分転換しようって思ってくれてるのはヴィヴィオにも判ってるし、楽しみたいと思う。
 でも…どうしても頭から離れない。
 今居るこの時間と彼女の命。比べられる物でもないし比べて良い物でもない。
 その答えをどこかで出さないといけないのだ。



「今日はねなのはとヴィヴィオと一緒にここに来たかったんだ。」
「私達と?」
「うん。なのはとヴィヴィオと一緒に来てしなきゃいけない。」

 サンドイッチを片手にフェイトが答える。

「ねぇヴィヴィオ、この湖見覚えない? ヴィヴィオは1度ここに来てる筈なんだけど…まだ来てないのかな?」 

 目の前に広がった大きな湖。来ている筈と言われてもこの辺に来た覚えがない。

「ううん、わかんない。」
「新しく出来た湖ですね。木々が湖畔から離れて立っていますし急な斜面の場所もあります…何か大きな岩でもあったのでしょうか? 出来て10年くらい…」
「オリヴィエさんよくわかりますね。その通りです」
「ここに…昔あって私が来る場所…」

 全くわからない。首を傾げて考えるヴィヴィオにフェイトが教えてくれた。
「『時の庭園』昔はここにあったんだ。」
「!!」

【時の庭園】ジュエルシード事件でプレシア・テスタロッサが居た場所。
 最後は駆動炉を封印され崩壊し時空の狭間にある虚数空間へと呑まれていった。
 それがここにあったなんて…

「時の庭園…ここにあったんだ…」

 浮かんでいた所しか知らないからまさかこんなに自然に囲まれた場所にあったとは思ってなかった。

「フェイトママ、ここで何するの?」
「ご飯食べた後で一緒に会って欲しい人がいるんだ。それとなのはの特技を使って貰うの。」

 得意技? なのはの得意技…教導するなら何もこんな所じゃなくていいし、今そういう気分でもない。料理でもないし残るは…

「何か壊すの?」
「えっ、私の特技って壊す事なの!?」
「うん、正解。壊すんだ。お墓をね」
「「「えっ!?」」」

 なのはとオリヴィエと一緒になって驚いた。



「紹介するね。私の先生リニス」

 みんなでサンドイッチを美味しく食べてから向かったのは湖の反対側。畔の近くに揃えられた石柱が立っている。見た雰囲気から…墓石だろうか?

「リニスって…ペットの?」
「うん、母さんが私の教育係にって使い魔にしたんだ。バルディッシュを作ってくれたのもリニス。本当のリニスはここにいる、でも私に魔法を教えてくれたリニスは居なくなっちゃったから…」

 墓石に向かって頭をさげる。

「じゃあ隣の2つは誰の?」
「ヴィヴィオ、書いてある文字を読んでみて」

 近寄って苔の生えている部分を押し上げ読み上げる。

「アリシア・テスタロッサ………ってアリシアっ!?」

 驚いて振り返るとクスクスとなのはが笑っていてフェイトも少し顔を赤めて笑っている。

「隣はプレシア・テスタロッサと書かれています。」
「これってアリシアとプレシアさんのお墓?」
「そうだよ。母さんと姉さんのお墓。今日はこれを壊したかったんだ。死んでないのにお墓があるのは変だから…それでなのはとヴィヴィオに壊して欲しいって。」
「いいよ、フェイトちゃん」
「私に?」

 頷くなのはとは逆にヴィヴィオは気になって聞く。

「そう。私には大切な家族が居るんだよって。私はその子のおかげで母さんと姉さんに逢えたんだよって。リニスは寂しいかも知れないけど、その分私がここに来るし、母さんや姉さんにも来て貰うから」

 ここにはただ気分転換する為に来たんじゃない。
 過去を変え、時間を変えたからこそプレシアとアリシアはここに居る。フェイトの望んでいた時間がここにあるのだ。
 そしてそれは未来のヴィヴィオがしなければいけないこと。
 オリヴィエの事ばかり考えていたけれど、未来の必然がここにある。

「フェイトママ…」
「頼めるかな」
「うん♪ RHdっ、なのはママっ!」
「準備OK、いつでもいけるよ」

 既にバリアジャケット姿に変わっている。慌ててヴィヴィオもバリアジャケットを纏う。

「眠りし者を騒がせるのは吝かでありません。」
【ドゴッ】

 オリヴィエがそう言うと2本の脊柱をひょいと引き抜き持ち上げた。

「すごい…力持ち…」
「身体操作の応用です。2人ともいいですか?」
「「はいっ」」 
「いきますよ~、ハッ!」

 空中に投げられた墓石に向かって

「ディバイィィン、バスタァアアアーッ!!」
「クロスファイアァア、シュートッ!!」

 桜色と虹色の光が突き刺さり、爆散した石の破片は湖面を揺らすのだった。

貫通した後の2本の光が空へ昇っていくのを見て
「リニス、リニスが話してくれた通り、母さんも姉さんもとってもいい人だよ。私、ここに居られてとっても幸せだよ…」
フェイトは影の見えぬ師に向かって呟いた。



『いいな~ハイキング。ミッドの南にあるアルトセイム地方? 知ってるけど何でそんな所に行ってたの?』

 帰ってから部屋に戻ったヴィヴィオはアリシアに通信を繋いで今日の事を話していた。

『懐かしいわね…』
『ママ、知ってるの?』
『ええ、私は何でも知ってるわよ。』

 モニタ向こうで話すアリシアと奥に居るらしいプレシア。いつ見ても仲良し親子だ。

「それでね、フェイトママと一緒にママの先生に挨拶して、そこで壊してきたんだ。」
『フェイトの先生? 何を壊したの?』
「アリシアとプレシアさんのお墓」
『…私とママのお墓? 何で、私達ここに居るじゃない…あーっ!!フェイトね。ヴィヴィオ、ちょっとフェイトと変わって。お姉ちゃんとして話があるからって!!』

 真っ赤になって怒るアリシアが面白かった。そして奥のキッチンでクスクス笑うプレシアの姿を見つけて

「プレシアさん、ママが今度一緒に行きましょうって」
『そうね、あの子にも辛い目に遭わせたわね…いいわよって伝えてくれるかしら』
「はい♪」
『ヴィヴィオ、私の話聞いてる? あーもうっ、今からバルディッシュ呼び出す。じゃあねヴィヴィオ。元気になって良かった。』
「ごめんね、心配かけて」

 そう言うと通信は切れてしまった。



 まだ答えは何も見つかってない。
でもずっと悩んでいるとみんなに心配をかけるだけ。それが判ったから。
 思い詰めない様にでもまっすぐ前を見て納得の出来る答えを見つけられればいい。
そう考え直す。



「ヴィヴィオ、元気になって良かったですね。」
「はい、オリヴィエさんもありがとうございました。乗って貰っちゃって」
「久しぶりの水遊びで楽しかったですよ」

 オリヴィエはなのはからティーカップを受け取りお茶を飲む。
【Master,It is a caller from Alicia.(アリシアから呼び出しです)】
「姉さん? 何かな…」

 唐突に呼ばれたフェイトは首を傾げながら通信を開くと

『フェイトー!!、ママと私のお墓作るなんてどういうつもりっ!!』

 怒りマークを幾つも作ったアリシアの顔で通信画面は埋め尽くされていた。

「えっ、あのね。あれはずっと前に作ってて」
『それって何? フェイトはずっと前から私達が居なかった方が良かった訳? そうなんだそうなんだ~』
「いや、そうじゃなくてね。」
『いいよいいよ~。もう次から絶対家に入れてあげないっ!!』
「ちょっ、ちょっと待って、姉さんっ!?」
『ママも勝手にお墓立てちゃう娘なんて知らないって言ってるし』
「ええっ、そんな…私そんなつもりじゃなくて」

 アリシアの後ろでプレシアが笑って2人のやりとりを見ている。

『全部通信拒否…しちゃったらヴィヴィオと話出来ないし、バルディッシュの通信だけ止めちゃえば…ママ出来る?』
『ええ出来るわよ。今すぐに、ここをこうすればほら完成♪』
「!?!? 母さん、姉さん待って、今そっちに行ってちゃんと話すから!!」

 蒼白になって飛び出ていったフェイトを見て

「とても仲のいい家族ですね。」
「そうですね…フェイトちゃん…本当に飛んで行きそうだったけど…大丈夫かな?」

 呟いた直後、窓の外にバルディッシュの起動光が見える。

「…一応飛行申請だけしておこう…事件発生の為って。家族の中でだけど…」

 途中どこかで捕まらないことだけを祈るなのはだった。


~コメント~
 もしオリヴィエがヴィヴィオの時間にやってきたら?
ヴィヴィオにつきつけられた問題は答えの出るものではありません。なのはとフェイトはそれを知っていたらどんな風にしたかな? というのが今話でした。
 少しアリシアの子供っぽさが強かったかもと反省。

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