第10話「運命の開くとき」

「ヴィヴィオ~」

 家へ帰る途中、ヴィヴィオは呼ばれて振り返った。少し遠くで手を振っている女性が見える。彼女はこっちに小走りで近づいてくる。

「あっ、シスターシャッハ。ごきげんよう」
「ヴィヴィオ、ごきげんよう。学院に行こうかと思っていたのですが会えて良かったです」
「私に何か?」
「ええ、これをユーノ司書長に届けて貰えるでしょうか。」

 ユーノという名前を聞いて数日前のやりとりを思い出して一瞬ビクッとなる。
 彼女が手に持ったバッグの中を開けると布で包まれた物があり、その包みを開くと1冊の本が入っていた。

「教会の蔵書でも得に貴重な本で本来は持ち出しも出来ないのですが、こちらから頼んでいる物に要るそうなので、ヴィヴィオから直接ユーノ司書長に渡して貰えるでしょうか」
「私がですか? え、あ、あの…」
『暫くの間こっちの事は僕に任せてなのは達と一緒に居たら良いんじゃないかな』

 彼に言われた言葉が脳裏に蘇る。でもそんな事シャッハは知らない。

「それとも何か別の用事ありますか?」
「いいえ、あ、明日でよければ持って行きます。」

 ユーノから来るなと言われた訳じゃない

「そうですか、よろしくお願いします。」

 バッグをそのまま受け取る。 

(どうしよう…)

 受け取ったもののどんな顔をして持って行けばいいのかと途方に暮れるヴィヴィオだった。



「これ…あの調査依頼に関係してるんだよね?」

 家に帰って部屋の中で渡された本を見る。
 魔導書の類ではないらしいが、聖王教会から貸し出されると言う事はユーノが調べている内容について関係しているのは間違いない。

「数100年を越える時空転移方法か…」

 過去にもそうだけれど未来も気になる。100年先の未来、どんな世界になってるんだろう?
 気になって仕方がないヴィヴィオは意を決して本を開く。読んで減る物ではないし読めない文字や何かのヒントだけであれば明日の放課後渡しに行けばいい。

「う~ん…やっぱり1冊だけじゃダメだね…」

 昔の本はその本を読む為の解説書やマニュアル、本が要る場合が多く、1冊だけで全て読める物は殆どない。ヴィヴィオの持っていた刻の魔導書もそうだ。検索魔法を広げてみたが結果は変わらなかった。
 ベルカ文字で書かれた目次を見てもさっぱりわからない。

「まぁいいか、明日渡しにいって…ん? 物のあるべき時間?」

 ある項目が目に入る。パラパラとページをめくって書かれた頁へと向かう。

「物質にはそれぞれ存在する時間がある。作られた時間を鍵にした時代探査魔法か…。でもコレって凄く使いにくいんじゃない?」

 例えばヴィヴィオのリボン。このリボンを買ったのは去年の4月、でもそれはお店に売られていた時であって、お店に並ぶ前にリボンはどこかで作られて、作られた材料が更に別の場所で作られている。そしてこのリボンはお気に入りだから付けなくなっても大切に残しているだろう。
 こんな風に持っている物を限定して調べようとしても数年~10数年の幅が出てしまう。
 でもユーノが時々行く古代遺跡の調査で使うには便利な魔法かも知れない。10数年程度違っても大まかにいつ頃作られたわかれば遺跡から見つかったロストロギアの使用方法を調べられる。

「じゃあ…もしかして…その年代を特定して…私が行けば…」

 ふと思いつく。
 時間を順に遡るのではなく、その時間まで一気に移動する。そして解決した後で戻ってくれば…

「これ…出来るかも知れない。」

 本を持って家から駆けだした。



「え、ええ、少し位なら良いけれど何に使うつもり?」
「ユーノさんがオリヴィエさんを元の時間に戻れる方法を調べてるんですけど、刻の魔導書があった方が調べやすいんじゃないかなって…」
「そう…そうね。少し待っててくれる? 修復で使う所だけ取り出すから」
「そうですか、じゃあ後でまた来ます。先にオリヴィエの鎧借りなきゃ。」

 研究中に突然駆け込んできたヴィヴィオに首を傾げるプレシア。
そして唐突に刻の魔導書を貸して欲しいと言うのだ。
 写本を修復するのにデータを取っている最中だと言うと後で来ると言って再び駆け出て行った。

「ただいま~、さっきヴィヴィオ来たみたいだったけど?」
「ねえさま、おかえりなさい」

 時をおかずアリシアが帰ってくる。 

「おかえりなさいアリシア。ええさっき来たわよ。魔導書貸して欲しいって。今すぐは無理だから後でと言ったら今度はオリヴィエの鎧を借りなきゃって走って出て行ったわ。彼女の鎧がヴィヴィオに合うはずないのに…何かあったのかしら?」

 唐突に断片すぎて何をしたいのかさっぱりわからずアリシアに聞く。



「すぐに魔導書貸して欲しいって。今すぐは無理だから後でと言ったら今度はオリヴィエの鎧を借りなきゃって走って出て行ったわ。彼女の鎧がヴィヴィオに合うはずないのに…何かあったのかしら?」

 学院から帰ってきたアリシアはヴィヴィオが研究所から走って行くのを見かけた。プレシアに何か用事があったのか?
 プレシアに聞けば魔導書を貸して欲しいと言う。胸騒ぎがする。

(魔導書と鎧? 何に使うの…魔導書を使うってことは時空転移…まさか行く気じゃ…)

 頭をかすめたのはオリヴィエの時間に行こうとするヴィヴィオ。無理だと考えていた数100年の時空転移だったけれど、もし無限書庫で行く方法を見つけたら…行く材料としてオリヴィエの鎧が要るのだとしたら…

「ママ、魔導書はどこっ?」
「ええ、ここにあるけれど…アリシアっ!」

 プレシアが取り出した魔導書をかっ攫う様に取って

「ごめんなさい、後でちゃんと返すし話すからっ」

 急ぎ彼女の後を追いかける。
アリシアの胸騒ぎは既に確信に変わっていた。



「うん、やっぱりこの方法使えば、行けるかも…」

 教会のある空き室で本を片手にプログラムを組み立てる。目の前にあるのはオリヴィエが来た時身につけていた鎧。
 作った魔方陣を通すと遡る時間が見えてくる。何度か修正すると細かい時間まで割り出せる様になった。
 刻の魔導書にあった時空転移と違うもう1つの魔法『虹の橋』、異世界に行くのと同じ方法で一気に飛べたら…

「そこで私が解決して帰ってくれば、うん♪ 全部うまくいく」

 要はオリヴィエの遺伝子、髪の毛1本でもあればいいのだ。聖骸布から取られた遺伝子を使ってヴィヴィオ達は生まれた。だったら聖骸布になる物をその時代に置いて来さえすれば、ヴィヴィオ達に繋がる。
 そして向こうでオリヴィエの代わりにヴィヴィオが行く。

(もし…万が一私が怪我しちゃったり死んじゃったら…その時私が私の元になる。)

「あとは…」
「これが要るんでしょ…ヴィヴィオ」
「!? アリシア…」

 驚いて振り返るとドアの横に立っていたのはアリシアだった。彼女の手には刻の魔導書。

「ヴィヴィオ、オリヴィエさんの時間に行くつもりだったんでしょ。私がオリヴィエさんの代わりに戦争を解決して戻って来たら彼女はここにずっと居られるって考えて」
「アリシア…本当に凄い。私が考えてる事わかっちゃうんだ…だったらわかるでしょ。このままオリヴィエさん元の時間に戻っちゃったら死んじゃうんだよ。知ってて…知ってるのに私黙って帰せる訳ないよっ」

 ユーノの様に彼女を元の時間へ戻して戦争で死ななきゃいけない…そんな風に考えられない。一緒にご飯食べてお話して、買い物に行ったり遊んだりした彼女とそんな風にさよならしたくない。
だから取るべき方法は1つしかない。

「ヴィヴィオ…ずっとそれで悩んでたんだね。じゃあヴィヴィオだったらいいの? ヴィヴィオが代わりに行って1人で戦争なんて解決出来ると思うの? 数百年続いた戦争なんだよ? 死んじゃうかも知れない所に勝手に行っちゃって残ったなのはさんやフェイトは? すっごく悲しむよ。それにママやチェント…私はどうすればいいの?」  

彼女の声は最後震えていた。

「アリシア…泣いて…」
「…泣いてなんかないっ! 私ヴィヴィオにこの本渡さない。どうしても行きたいならRHdを使って私を倒してから行って!!!」

 胸のペンダントに魔導書を入れてしまう。
 オリヴィエを助けたいけどその為に親友を傷つけるなんて

「そんな事…出来るわけ…」
「意気地無しっ!!!」

 彼女はそう言い放つとバンッとドアを閉め出て行ってしまった。

「そんな事、出来るわけ…ないじゃない…私…どうしたらいいの?」

 オリヴィエの時間に向かう事も出来ず、親友を追いかける事も出来ず…その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。



「そうね…難しい問題ね…」
「………」

 その場に居ても何も進まない。せめてアリシアともう1度話そうと思ってヴィヴィオはプレシアの研究書を訪れた。だがそこにはアリシアは居らず、プレシアが待っていた。
 そこでヴィヴィオが考えた事をプレシアに話した。彼女は最初背中で聞いていたが途中からヴィヴィオをソファーに座らせ、ジュースを入れたコップを渡し対面に座った。

「ヴィヴィオにはまだ難しいし、辛い判断だと思うわ。でもねそれはしてはいけないことよ」
「えっ?」
「ユーノ司書長ははっきり言い過ぎただけ。例えば…私の遠い先祖がもし戦争でオリヴィエに助けて貰っていたとしましょう。オリヴィエが元の時間に戻れば時の流れの通り助けてくれる。でも代わりにヴィヴィオが行けば? あなたとオリヴィエは同じ因子を持っているけど全部が同じじゃない。もし私の先祖が助けて貰えず命を落としたら、私は最初からここに居ないことになる。それはアリシアだけじゃない、リンディやカリム、管理局の3提督や局員、ミッドチルダ…管理世界、最悪管理外世界まで大きく変わってしまう。」
「……」
「だからユーノ司書長は言ったのよ。彼女には元の時間に戻って貰わなくちゃいけないって。辛いけれどそうしないと今の時間は大きく変わってしまうからって」
「でもそれは…私は何も出来ないって事ですよね」

 ユーノの真意はわかった。でも納得出来ないところもある。

「そうね…昔話をしましょうか。ある事故で娘を死なせてしまった母親の話」
「その母親はね、もう1度娘に会いたい、一緒に暮らしたいと考えて娘を生き返らせようとして娘のコピーを作ったけれど失敗した。失敗作と一緒に居るのが嫌だった。だって姿も声も娘と同じだったのだから。」
「それって…」
「そこで彼女は伝説の次元の狭間にある世界を目指した。そこに行けば失われた命も取り戻せる。2人で居た時間も戻せると信じて。体を壊し、命を削ってまで求めたのだけれどその願いは叶わなかった。諦めてもう1度別の世界で逢えたらと祈って虚数空間に身を任せた」
「でもね…そんな時になって奇跡が起きた。目覚めた彼女の前には生きている娘がいたのよ」
(プレシアさん…プレシアさんとアリシアの事話してくれてるんだ…)
「彼女を虚数空間から助けてくれた人は先に彼女の娘を助けていたのよ。でもね、ここで考えて欲しいの。なぜ彼女を助けた女性を娘と一緒に助けなかったのか? もし娘は死んでないって始めから知っていれば法を犯し、体を壊し、命を削る思いなんてしなくてもよかったんじゃないかしら?」
(………あ……そうか…)

 そこまで言われてヴィヴィオは気がついた。いつか…ヴィヴィオがもう少し大きくなってから時を越えてプレシアとアリシア、リニスを助けに行かなくちゃいけない。その感覚はもっていた。でもプレシアが思い詰めるほど悲しむのが判っていてどうしてアリシアを同じ時間のプレシアを連れてこなかったのかと。

「彼女を助けた女性にとって、彼女が法を犯し、体を壊し、命を削る思いをさせた上じゃないと助けられなかったのよ。」

 ジュエルシード事件でなのはとフェイトが出会わなければその後の未来は違ったものになっていた。
 ジュエルシード事件とフェイトの存在が無ければ今のヴィヴィオはここに居ない。プレシアが失敗作と言いながらもフェイトを作り、リニスを使い魔にしなければならないのだ。

「気づいたようね。あなたにはあなたしか出来ない事がある。」
「でもそれは強制じゃない。最後はヴィヴィオ、あなたが決めなさい。未来を選ぶ力と権利があるのだから」
「プレシアさん、私は…」
「でもねこの時間をこのまま進めて欲しいと私達は思ってるわ。アリシアもそう思うでしょ」

 ドアの方へと声をかけるとドアが開いてアリシアがおずおずと入って来た。 
「アリシア…さっきは…」
「ゴメンねヴィヴィオ。ヴィヴィオだから出来るんだってところ私達にみせてよ。じゃないと私…オバケになって出ちゃうから」

 巫山戯て言った彼女はデバイスから本を取り出してヴィヴィオに差し出す。刻の魔導書。

「そうだね…うん。アリシア、プレシアさん、ありがとう♪」

 オリヴィエが昔の時間に居たようにここにも私が居る。ここが私の時間なのだから。

「でも…オバケになったアリシアも可愛いかも…あ、でもお墓壊しちゃった。直さなきゃ」
「なにお~っ!!」
(ありがとう…アリシア…)

 こんなやりとりが出来る関係だから、彼女は気づいたのだ。私の間違いに…

「ご~げ~ん、やえへ~アリヒアっ」

頬を抓られて痛い筈なのに、何故かこの時ヴィヴィオはとても嬉しかった。




「……真っ直ぐで優しい心を持つ主と彼女を支える友…資質は十分ですね。」

 少女達のやりとりを聞いて呟きその場を静かに立ち去った。


~コメント~
 もしオリヴィエがヴィヴィオの時間にやってきたら?
ヴィヴィオが子供だから起こす失敗。周りを見て考えているつもりなのだけれど決めるとその方向へと真っ直ぐ進もうとする。でも今はそんな彼女の間違いを正す人は沢山います。
 実はプレシアがこの話をするのは2回目でヴィヴィオも聞いているのですが、前と違って今は時間の積み重ねがヴィヴィオにも繋がっている事を知って欲しかったのかなと思っています。

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