16話 遺跡より戻りし者

 空に浮かぶ二つの月明かりが部屋に射し込む。
 時折僅かに聞こえる機器の音が静かな部屋中を掛け巡る

『あの時私がもっとはやく気づいていれば・・』
 
 静寂の中フェイトが繰り返し思うのはこの事だった。目の前で静かに寝息をつくキャロ。以前キャロに『どこに行くのかじゃなくて、どこに行きたいのか』と言った自らの言葉を守り、キャロは六課に来てくれた。
 しかし、それがこんな事になるとは思っていなかった。

 それに、あの事故のキャロが見せる笑ったり泣いたり怒ったり・・・そして周りが心配していても気にせず自分のやりたいことに進む子供っぽさ、それが余計に今までキャロに無理させていたのかと考えずに居られなかった。

「ねぇ、キャロ・・・キャロは私が保護者になって良かったの?」

 フェイトは答えが返ってくる事もない問いかけを呟いていた。


【コツッコツッコツッ】

 遠くから何か足音が聞こえる。時計を見るフェイト。

『まだ見回りの時間じゃない?誰?』

 足音とは別に時々【ガチャガチャ】とドアを開けようとする音が聞こえる。しかし、このフロアのロックはこの部屋以外全てしまっている筈だ。

『誰?・・・もしかして、キャロを狙って?バルディッシュ!』

 フェイトは足音を立てずにバルディッシュを呼ぶ

『sir』

 バルディッシュはフェイトの意図を読み静かに起動した。通路を挟む壁に背をつけるフェイト

【コツッコツッコツッ】

 更に足音が近づいてくる。フェイトが息を殺し足音が近づくのを待つ、そして目の前を通り過ぎた瞬間

【コツッコツッコツッ】
【ガラッ】
【ドン】
「うわっ」

 一気にドアを開け足下を払い、影が倒れるのを見て馬乗りになる。そして首と思われる付近に金色の刃が光った。

「った・・ヒッ!!」
「誰だっ、姓名と所属、目的を言え」

 影が「いたたたっ」と言ってる間に廊下に明かりがついた。

「痛いよ~フェイト」

そこにいたのは・・・

「ユーノ!?」

 時空管理局無限書庫司書長、ユーノ・スクライアだった。なぜ彼がここに居るのか訳がわからないフェイトは素っ頓狂な声をあげた。

「どうして?」
「どうしてって、無限書庫にはやてとクロノ・リンディさんから同じ調査要望が来てたから急いで戻って調べて、でその中でいくつか該当するのがあったから急いで来たのに・・・」
「え・・・でもどうやって?」
「前まで来たらシグナムさんに会ってここにフェイトが居るって教えてくれて、でも暗闇の中どこかわかんなくて探してたんだよ!」
「ごめん・・・」
「それより・・バルディッシュ・・どけてくれない?あと・・・・・」

 ユーノの首筋にバルディッシュの刃が伸びている。そして倒れたユーノの上に馬乗りになった事ですらりと伸びた足と・・・・

「えっ?・・・キャッ!!」

 慌てて離れるフェイト。片手でスカートの裾を押さえている。

「でも、それじゃ先に声かけるとか明かりをつけるとか・・・」
「夜中に寝てるかも知れないのに、いきなり声を上げてまわったりライトつけて回ったら迷惑になるんじゃ?」

 たしかに迷惑だ。腰を打ったらしくさすりながら立ち上がるユーノ

「もういいよフェイト。それだけ元気なら安心した。もっと思い詰めてるんじゃないかと思ってたから『私がはやく気づけば』って」

 図星を指されたフェイトは更に赤くなって

「どうして・・・」
「だって、僕もなのはやはやて・クロノには及ばないけど10年来のつきあいなんだし、もしかしてって思って」
「う・・うん、ありがと・・ごめんね」

 照れるユーノが少しかわいく見えてクスクスと笑うフェイトだった。



「で、そろそろ入ってもええか~っ?」
「「ビクッ!!」」

 フェイトとユーノはビックリして声の主の方を向くと

「いや~、シグナムから教えて貰ってなのはちゃんを起こして来てみたら、もう暑いな~っ!」

 手を団扇の様に扇ぐはやて。どうやらかなり最初から見ていたらしい・・・フェイトは慌てて

「はやてっ、そっそんなんじゃないんだよ・・・ただ・・いきなり足音が聞こえたから」
「そう、そうなんだよ。僕が近くまで行ったらいきなりフェイトに倒されて」
「うん、誰かわかんなくて・・・」

 慌ててユーノもフォローする。しかし、ただ1人

「ふ~ん、そうなんだ・・・でもフェイトちゃんさっき真っ赤になってたよね・・・ふ~ん・・・」

 もはやなのはの目は笑ってない。フェイトとユーノは背筋に寒いモノが走る。

「だっ・・だって、さっきは誰か本当に判らなかったんだし・・」
「でも~、フェイトちゃんユーノ君に馬乗りになってたよね?明かりがついた後も暫くの間」
「えっと・・・それは・・」
「あのね・・なのは・・・」
「もっとしっかりとお話したいな~」

 フェイトとユーノはもはや蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなっていた。

「まぁまぁそんなところで、2人も十分冷や汗かいたし。なっ?なのはちゃん」

 フェイトとユーノの絶対絶命のピンチを救ったのは、はやてだった。

「はやてちゃん。でも~~」

 なのはが不満そうな声をあげると、はやてはなのはの耳元で何かを囁くと「ポンッ」と音が鳴るように顔を真っ赤になった

「そっ・・そんな事っ」
「な、ええやろ?」
「う、うん」


 なのはの強烈なプレッシャーが消えたことにホッとため息をついた。

『ねぇはやて?』
『どうしたん?ユーノ君』
『助けてくれてありがと、でもなのはに何て言ったの?』
『ん?内緒・・・それにうちフェイトちゃんは助けたけどユーノ君は助けてへんよ』
『どういう事?』
『まぁ後でわかるから』

「それじゃ、本題に入ろうか。ユーノ君もいい?」

 強制的に念話を切ったはやては全員に呼びかけて医務室の中に入っていった。

「うん」

 さっきの念話の答えに釈然としないながらもユーノも続いていく。なのはとフェイトもその後ろに続いた。

「確認だけど、ロストロギアが吸い込まれる様に入った。その後キャロちゃんのリンカーコアが収縮してほとんど活動停止している。そして、彼女の今までの記憶が無い。これでいい?」
「うん。」

 頷くフェイト。ユーノは持ってきた何冊かの本を見せた。

「記録でいくつかのロストロギアが上がってきたんだけど、まだこれだっていう確証は無いんだ」

 その本にはなのは達には読み取れない文字で何かが書かれている。

「ねぇ・・何て書いてあるの?」
「うちもよめへん」
「わたしも・・」

 覗き込んだ3人は開かれたページを見るが3人には一切わからない。

「まぁ・・別の世界の言葉だからね。」

 少し照れるユーノ、なのは達は顔を近づけながら

「ヒソヒソ(なぁやっぱユーノ君ってすごいんやね)」
「ヒソヒソ(ちょっとビックリしたよ)」
「ヒソヒソ(うん・・・)」

 ヒソヒソ話がヒソヒソになっていないことにユーノは軽く「コホン」と咳をして押さえた。

「あっごめん・・・」
「で、さっきも言ったけど今の状態じゃ絞りきれないんだ、それで直接看させて貰おうと思って来た訳なんだけど・・・はやていい?」
「うん」

 はやてもキリッと引き締める。なのはとフェイトも頷く
 ユーノは眠っているキャロに近づき何かを呟きはじめた。キャロの周りに魔法陣が現れ淡い光を放ち始める。

「はやて、少し聞きたいんだけど・・・」
「なんや?ユーノ君」

 いきなり呼ばれたはやてが少し驚きつつも答えると

「キャロちゃんだっけ、この子・・・もしかしていきなり魔法を使ったり、すごい魔力を出したりしなかった?」

 はやては昨日起こった事を話していないのに当てた事を驚きつつ

「う、うん・・・昨日魔力暴走起こして・・うちとリインでも止められなかったんよ。」
「魔法は?」
「少し前に治療魔法を使ったって報告は受けてるよ。でも確証がなくてそのままやったけど」

 はやての言葉にフェイトが聞き返す

「それ・・私聞いてないよ」
「う・・うん・・エリオが『小鳥』の話してたやろ。キャロを助けたときにエリオがちょっと怪我したらしくて、その時に使ったって。でもな、もともと怪我がかすり傷みたいな可能性もあったし、その後もキャロが魔法使うっていうのも無かったから様子みてたんよ。別に黙ってた訳ちゃうからゴメンな」

 素直に謝られてそれ以上フェイトも追求できなかった。ユーノの方を向いて

「ううん・・それでユーノ、それが何か関係あるの?」
「うん・・じつはこれなんだ」

 魔法陣から小さな波が現れる。それは昼にエリオが見たキャロのリンカーコアから出ている波

「シャマルとシャーリーから聞いてるよ。こんなの初めてだって」

 複雑な波形が不規則に並ぶ

「でもね・・こうすれば・・・」

 ユーノが手をかざした瞬間更に魔法陣が現れ最初の魔法陣に重なる。

「あっ!」

 ユーノの使った魔法で波形が2つに別れた。不規則な様に見えていた波形は実は2つの波形が重なっていたのである

「多分だけど、この波は事故に遭う前のキャロと今のキャロの物だと思う。」

 更にユーノは自分の端末を開いてキャロのリンカーコアデータを取り出した。無限書庫へ送ったデータはユーノの手にも届いていたようだ。

「それで、こっちの方が本当のキャロのもの。そしてこっちが・・・ロストロギア」

 ユーノの指さした波形は酷似していた。

「ユーノ君、でもロストロギアが自分の意志を持つ事ってあるの?」
「ユーノっ!それじゃもう一つを取り出す事でキャロは元に戻るんだね?」
「ええっっと」

 なのはとフェイトが合わせた様に同時にユーノに聞く。流石にユーノも同時に2人の話を聞くことは出来なかった。

「ごめん」
「ううん、こっちこそ。先にいい?」
「うん」

 なのははフェイトに譲った。

「ユーノ、この波形のもう一つを取り出せればキャロは元に戻るの?」

 2つに分かれて見えるのであれば、応用して片側だけ取り出せないかと考えるのは当然の話だった。しかし、ユーノは首を横に振る。

「ううん、これはリンカーコアだけを見ているだけだから本当はキャロの中にもっと密接に重なってると思う。」
「そっか・・・そうだよね」

 リンカーコアだけの話であれば記憶がなくなると言うことは無いはず

「でもね、キャロの中に別の人格とかがあるっていうのは判ったから、もう一度戻って調べてみるよ」
「うん・・・お願い、ユーノ」

 落ち込んだフェイトをフォローするも、少し見えた光がまた消えてしまった事に落胆の色は隠せなかった。

「それで、なのはは?」
「うん、ロストロギアって自分の意志を持つことってできるのかな~って・・」
「うん、できるよ」
「そうなの?」

 少し驚くなのはに横からはやてが突っ込みが入る

「あのな、なのはちゃん。うちのデバイスは?」
「あ・・・・ごめん」

 なのはははやてのデバイスリインフォースⅡとその先代リインフォースのことを完全に忘れていた。
 リインは管理局製ユニゾンデバイスでプログラムでない自分の意志を持っているし、先代リインフォースも意志を持っていた。

「もうっ、それでキャロはこのまま眠り続けるん?起きることは無いの?」
「それは・・・」

 はやてからの問いかけにフェイトを見つめるユーノ。

「ユーノ、お願い。教えて」

 3人の視線がユーノに集まる。しかしユーノは彼自身言うことを躊躇っていた。
 キャロの吐息だけが聞こえる部屋で暫く沈黙が続く。そしてユーノが口を開いた

「調べてきた中で今の事と同じ症例はあったんだ・・・・・・多分このロストロギアはキャロのリンカーコアを介して魔力を集めてるんだと思う」
「「「・・・・・・・」」」
「だから、リンカーコアを封印するか・・・もしくは本来の記憶が・・・消えてしまえば・・・なんとかなる・・・・と思う」

 ユーノは身長に言葉を選びながら言った。しかしキャロ自身のリンカーコアを封印する事はキャロの魔導師としての死であり、本来の記憶が消えた場合はキャロ自身が消える事を意味する

「・・・・そんな・・・・」
「うそ・・・」
「じょ・・冗談やろ?」
「・・・・・」

 ユーノはこういう事で冗談を言う性格で無いことを3人は良く知っている。しかし、今回の事には冗談であって欲しかった。

「・・・・・・・」

 なのは達の問いかけに答えない、いや答えられないユーノ。

「今は簡易処置でリンカーコアの機能を抑制してやれば朝には目覚めると思う。でもね、ずっとこのままっていうのは・・・」

 蒼白のフェイトはもはや言葉が続かなかった。

「わかった・・・その時はお願いな。でも・・・」
「うん。僕もすぐに戻って調べてみる。まだ可能性はゼロじゃない」
「そうだね・・・キャロも戦ってるんだから。ねフェイトちゃん」
「・・・・うん・・・信じてあげないと・・・」


「うんそれじゃいくよ。」

 そう言うとユーノは再び魔法陣と作りだしてキャロに集束させた。

「これでリンカーコアの機能を押さえられたから朝には起きると思う。でも、さっき言ってた昔の記憶とかを見せたり情緒不安定にはさせない様に」
「うん、わかった」


「それじゃ、これから書庫で調べてくる。何か判ったらすぐに連絡するね」
「ありがとう、ユーノ君。あっちょっと待って、中央までシグナムに送ってもらうな」

 ユーノにはやては付き添って出口へと向かった。残されたなのははベッドを呆然と見つめるフェイトにやさしく抱きしめる。

「なのは・・・・」
「フェイトちゃん、きっと大丈夫だよ。キャロもずっと頑張ってきたんだもん。お母さんが信じなきゃ」
「・・・うん・・そうだよね・・・」
「がんばれ、フェイトママ」
「うん・・」

(ありがとうなのは。なのはにはいつも助けられる。諦めちゃダメなんだよね、もっとキャロを信じてあげないとダメなんだよね)
フェイトはなのはの暖かさに救われた様な気がした。


(また、少しの間おわかれだね)
(・・・・・・・)
(今度はもっとお話できたらうれしいな)
(・・・・・・・)
(お休みなさい、もう1人のわたし)
(・・・・・)

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