17話 もう1人の私

「う・・・んん・・」
「おはよう、キャロ」
「フェイト・・まま?」

 ユーノが去ってから夜が明けた頃、彼が言ったようにキャロは目覚めた。
 流石に昨日一日中眠っていた為かまだぼーっとしているみたいだ。目をこすりながらのそのそとベッドから下りようとしている
 部屋のベッドと勘違いしたのか、落ちそうになるキャロを支えるフェイト

「おはよう、キャロ」
「・・・・あ・・あれ??フェイトママ」

どうやら目が覚めたらしい。

「おはようございます。あれ??私??ここって??医務室??」

どうして自分がここで眠っていたのか判らないみたいだ。

「一昨日エリオがここに運んでくれたんだよ。昨日ず~っと眠ったままだったからすごく心配したんだよ」
「え?あれ???私・・・フリードに追いかけられて・・・・あれ?」
「先にベッドに戻ろう。ね」

 キャロを再びベッドに寝かせ、フェイトは近くにあった端末からシャマルを呼ぶ

『ふぁ~い』
『シャマル先生、あの・・・キャロが目覚めました』
『・・・・・・』
『あの・・・シャマル先生??? シャマルさん』
『Zzzz・・・Zzz・・・』

 端末の向こう側でシャマルの寝息が聞こえる。また寝てしまった様だ。
 フェイトとキャロはクスッと笑って頷き息を吸い込んで
「せ~のっ」
そして端末に向かって声を合わせて叫んだ

『シャマル先生!起きて~~~~っ!』

しかしその声で起きたのは

『ん?・・騒がしいな・・・どうした』

隣で眠っていたシグナムだった。少し不機嫌の様で声にトゲがあった

『すみませんシグナム。シャマル先生を起こそうとしたのですが・・・』
『ああ・・シャマルは朝弱いからな。私が起こして医務室に向かうように伝える』
『お願いします。』
『いや、久しぶりにテスタロッサの大声を聞いたからな』

 ニコリと笑って端末の映像が落ちた。シグナムなら間違いなく起こしてくれるだろう。


「でも・・・悪いことしちゃったね。シグナムに昨日夜遅くまで仕事していたのに・・」
「フェイトママ、後で一緒にあやまろう」
「そうだね」

 フェイトはキャロが元気を取り戻した事に安堵しつつも、昨夜の事が頭から離れなかった。



 シャマルがパタパタと走って医務室に入ったのはそれから暫く後の事だった。
 一度何かで呼ばれて起きた気がしたが、ベッドの温もりがシャマルを再び眠りの世界に引きずり込んだ。その後何度か揺れた様な感じもあったが彼女の眠りの世界は半端な事では壊れなかった。
 しかし、いきなり体が暑くなり寝苦しくなって目を開けてみると、そこにはシグナムがレヴァンティンを構えて襲いかかろうとしていた。しかもカートリッジをロードした状態だ
 驚いて慌てて起きるとシグナムもふぅと息をついて剣を治めた

 怒ったシャマルにシグナムは、
「何度も起こしたが起きる気配が無かったから刺激を与えれば起きると思った」
としれっと言われ、それ以上怒ることはできなかった。
 続けてフェイトから連絡があった事を聞いて慌てて着替えてやって来た次第である。
 もちろんお約束の様に髪には寝癖が残っていた

「ごめんなさい~~遅れました~~」

 ベッドに座ってジュースを飲むキャロとその横で同じようにコーヒーを飲むフェイトがキョトンとして見つめている。そして2人は

「プッ・・・」
「クスクスクスッ」

 シャマルの顔を見て声を殺して笑いはじめた。

「フェイトちゃん??キャロちゃん?どうしたの?」

 時折フェイトとキャロはシャマルの方を見るがすぐさま顔を逸らして笑っている。

「ねぇどうしたの??」

気になるシャマルにフェイトは苦しそうに

「クスクスッ・・シャマル・・・そこの鏡で自分の顔をみて・・」

 首をかしげながらシャマルは鏡を取り出して見た瞬間、恥ずかしさと怒りから顔が真っ赤になった。
 それは頬と額に【寝坊娘】と書かれていたからである。

「シグナム~~~~っ!」

隊舎内にシャマルの声が響き渡った。


 同じ頃、宿舎の部屋では

「夜勤明けの者を起こすからだ」

 とシグナムが自分で入れたお茶を飲んでくつろいでいた。



「まぁまぁ、シャマル先生。」

 頭に血が上ったシャマルは慌てて文字を拭った。すぐに取れる物で書いていたらしく思ったより簡単に拭うことができた。
(次に医務室に運ばれてきても絶対に治療してあげないんだから)
 シグナムに心で悪態をつきつつも、シャマルは医務室を与る者として頭を切り換えた。

「キャロちゃん起きたのね。体の方はどこも痛くない?」

 先程までのシャマルを見ていたこともあり、少し笑っていたがキャロは元気よく答えた

「はい、大丈夫です。」
「それじゃちょっとだけ検査するからベッドに横になってね」

 シャマルは機器を取り出し用意を始めた。フェイトはキャロを見守りつつシャマルに念話を使った

『シャマルさん、昨日の事なにかはやてから聞いていますか』
『はやてちゃん?いいえまだ今日は会ってないですけど』
『あの、昨夜遅くユーノが来てキャロを看てくれてるんです』
『そうなの、それでユーノ君は?』
『もう少し調べるってすぐに本局に戻りました。ただ、来たときに応急処置と言うことで簡易な封印処理をキャロに施してもらっています。詳しくはテーブルにシャマルさん宛に手紙があるので読んで欲しいそうです』
『うん、ありがとうフェイトちゃん』

 シャマルは機器を準備する傍らで机に置かれた手紙を読んだ。そこにはユーノが施した応急措置の方法と今の所可能性がある症状、措置方法がいくつか書かれていた。
方法がわかればシャマルも容易にこの措置は取れるだろう。
 そして機器の準備が整った後、キャロの検査を始めた。



「キュ~」
「おはようフリード」
「キュウ」

 キャロの部屋で目覚めたエリオは、着替えてキャロの様子を見に行こうと宿舎を出た。
(あっ、キャロの着替え持って行った方が良いかな・・・それに・・)
 エリオの傍らで飛んでいるフリードを見て、もし一緒に行って医務室で同じ事があってもマズイと思い宿舎に一度戻ることにした。

【コンコン】

「は~い。だれ~?」
「エリオです」
「いいわよ、入って~」
「失礼します。おはようございます。ティアナさん、スバルさん」

 エリオは再び宿舎に戻ってスバルとティアナの部屋を訪れた。エリオの脳裏に昨日の寝込んだスバルの姿が思い出されたが、今日は元気になった様で「おはよう」と明るく答えてくれた。

「あの・・今からキャロの様子を見に医務室へ行こうと思ってるんですけど、キャロの・・・」
「うん??」
「あの、キャロの着替えを持って行こうと思ってるんですが」
「うん、いいね。そうしなよ」
「で、もし良ければ・・・スバルさんとティアナさんに選んで貰えないかと・・・」

 昨日キャロが服を整理してくれたおかげでどこに何が入っているかは判ってる。しかしエリオは何を持って行けば良いのか判らない。そこでスバルとティアナに選んで貰おうと言うわけだ

「エリオ純情さんだね~そんなんじゃキャロに飽きられ・・」
【ゴスッ】

 クククッっと笑いながらスバルがからかった瞬間、ティアナが後ろから頭を思いっきり叩いた。むしろ殴ったと言った方が良いかも知れないほど鈍い音が部屋中に響いた。

「痛いよ~ティアナ!何するんだよっ!」

 怒るスバルにティアナも叩いた手が痛かった様でさすりながら

「スバル、あんた学習能力ってないの?昨日の朝練をもう一度受けてみたいの?次は手加減とか無いわよ。多分・・・」

とぼやく。その言葉にスバルからサーっと血の気が引き足が震えだした。

「嫌っ!あれは訓練じゃないっ!地獄だっ絶対嫌っ!」
「判ってるなら少しは学習しなさい」

 その場に居なかったエリオは見られなかったが、余程凄まじい状態だった事は容易に想像がついた。

 ティアナはスバルを見てため息をつくと話を戻す

「それで・・・選ぶの手伝うのね。良いわよ」
「あと、ちょっとの間だけ・・・」

 エリオはフリードを見る。フリードはエリオの視線に気づかずに、頭を抱えて蹲るスバルの足下でスバルを見ていた。

「うん、わかった。今日は私が預かるわ」
「お願いします。」
「それじゃ、部屋に行きましょ。キャロも起きてるかもしれないしね」
「はい・・・でも・・スバルさんは?」
「大丈夫♪時間が経てば元に戻るから」

 心配そうにスバルを見るエリオにティアナは慣れたように言い切った。エリオはティアナの機転の良さが嬉しく、それ以上にスバルとティアナの間にある絆が羨ましく思えた。



「それで、キャロは夢の中でキャロと会ったんだよね?」
「うん、でも・・私がいくら話しかけても何も答えてくれなかったの」

 医務室ではフェイトはシャマルと神妙な面持ちで顔を見合わせていた。
 その事を聞いたのは数分前、シャマルの検査が終わってフェイトがキャロの着替えを持ってこようとした時だった。キャロがいきなり聞いたある一言だった

「ねぇ、フェイトママ。もう1人の私の事って知らない?」

 フェイトはその言葉に立ち止まり、振り向く

「キャロ?いきなりどうしたの?もう1人のキャロって・・・・」

 なるべくさりげなく答えるフェイト、しかし頭の中では昨夜ユーノが言った言葉を思い出していた。

【いい?昔の記録とか情緒不安定にさせちゃダメだからね絶対!】
「うん、私も気になるな~、キャロちゃん。もう1人のキャロちゃんってどうしたの」


 キャロはう~んと思い出しながら

「あのね・・・霧の中を歩いていると、遠くに人影が見えたの。誰かと思って近づいてみたらもう1人の私がいたの」
「そのもう1人のキャロはどうしたの?」
「こんな風に座って声をかけてもこっちを見てくれなくて・・・・少し怒っちゃったの」

 足を抱えるようにして夢に出てきたキャロの様子を真似する。フェイトとシャマルはその話を焦らさずに聞いていた。

「そうしたら、『あなたには関係ないじゃない、そっとしておいて』って・・・その後も何度か話しかけたんだけど、フェイトママの声が聞こえて・・・」
「起きたんだね」

 フェイトの言葉に頷く

(もしかすると、そのもう1人のキャロっていうのが・・・でも・・そのキャロを呼んじゃうと今のキャロは・・)

 フェイトの中に葛藤が生まれる。私の声を直接キャロに届ける事は出来ないし、キャロにもう1人のキャロの事を話す訳にはいかない・・・
「ねえ、フェイトママ?もう1人のキャロって知ってるの?」
考え込むフェイトの顔を見て聞いたキャロの言葉でハッと気づいた

「え?・・・ううん、私もわかんない。」
「そうなんだ・・・夢だもんね」

 少し残念そうに呟くキャロ

「あのね、キャロちゃん」
「はい、シャマル先生」
「もし、またそのキャロちゃんに会ったら今度は一緒に行こうって誘ってみようよ?」
「えっ?シャマル先生もう1人の私を知ってるの?」

 首を横に振るシャマル

「ううん、でもね。みんな一緒の方が楽しいよね。独りぼっちじゃそのキャロちゃんも悲しいと思うの。だから、今度はキャロちゃんがその夢の中のキャロちゃんと一緒に遊べば楽しいと思うよ。」
「うん、そうする」

 納得したようにキャロはニッコリと笑ってシャマルに答えた

【コンコン】
「は~い、どうぞ~」
「「「失礼します」」」

 話が一段落ついた時、タイミングを計ったかのようにエリオ達が入ってきた。
 エリオを見つけ嬉しそうに挨拶をする。

「おはよ、お兄ちゃん」
「おはよう、キャロ。もう良いの?」
「うんっ♪」

 元気に頷くキャロ、エリオは隣のフェイトとシャマルを見て2人が頷いたことで安堵した。

「うん、元気そうだ。おはよキャロ」
「もう大丈夫みたいね。おはよう」

 エリオの後ろにいたティアナとスバルも挨拶をする。

「おはようございます。スバルさん、ティアナさん」

 挨拶も終えたところでティアナがエリオを肘でつつく、気がついたようにエリオが持ってきた包みをキャロに渡した。

「これ・・・キャロの着替え。僕じゃちょっとわからなかったからティアナさんに用意してもらったんだけど・・」
「ありがとう!お兄ちゃん。ティアナさんもありがとうございます。」

 包みを受け取りながら礼を言うキャロ。

「足りない物があったら言ってね。取ってくるから・・・。それと・・・驚かないで欲しいんだけど・・」

 ティアナは言いにくそうに後ろ手で抱いていたのを前に抱き直した。

「え・・・・っ!!!」

 キョトンとした目がそれを見た瞬間更に広がる。キャロの中につい先日の怖い記憶がよみがえる。
 そう、ティアナに抱かれていたのはフリード。無意識にエリオの腕をヒシッとつかむ。

「そんなに怖がらないで、今日は私がちゃんと捕まえてるから」

 思った以上の反応にフェイトが立ち上がりティアナに何か言おうとした瞬間、ティアナがフェイトの目を一瞬だけ見る

『少しの間だけお願いします。』

と念話を送ってきた。暫く様子を見ようとフェイトは再び座った。

「あのね、フリード1人で凄く寂しかったんだって。キャロの近くに行くとずっと怖がって逃げてたよね。だからどうして逃げるのか聞きたくて追いかけたんだって。でもね、それでキャロが倒れちゃったから謝りたいって。」
 
 エリオを盾にするように隠れるキャロ。エリオもティアナに併せる様に

「大丈夫、何かあっても今度は僕が守るから。それにキャロ、前に僕がフェイトさんと一緒に出て行ったときどうだった?」
「寂しかった・・・」
「だろ、フリードもそんな気持ちなんだよきっと。だからお兄ちゃんとしてのお願い。フリードともっと仲良く鳴って欲しいな・・・」
「・・・・・・」
「ね?」
「・・・・・・うん・・」

 エリオを見つめていたキャロは渋々頷いた。少しホッとしたティアナはベッドの淵にフリードを下ろす。

「いい?フリード絶対飛びついちゃダメだからね」
「キュイ」

 フリードはティアナに返事をして恐る恐る近づいた。キャロも片方の手でエリオの裾を握りしめたままフリードに手を近づける。

「キュ・・キュウ」
「ごめんね・・ずっと逃げてて」

 キャロの手がフリードに触れた瞬間、1人と1匹にどこからとも無く声が聞こえた。

(ごめんねフリード、キャロの事許してあげてね。キャロもフリードは大切な友達だよ。仲良くしてあげて)

 キャロとフリードは周りを見回す。

「どうかした?キャロ」
「ううん・・・どこかで『フリードは友達だよ』って声が聞こえて・・・」
「キャウ」

同じように頷くフリード

「でも、誰も何も・・」

 エリオの言葉に頷くティアナ達。しかしフェイトだけは何かを薄々感じた。


 その後のキャロは怖がっていたことが嘘だった様に、フリードと仲良くなった。なのはと一緒に朝食を食べに来ていたヴィヴィオにバッタリ会うと、ヴィヴィオも喜んで

「昨日独りぼっちだったから凄く寂しかったんだよ。でも今日は昨日の分も一緒に遊ぼう」

とキャロに抱きついてきた。
 そしてキャロにはもっと嬉しい事が待っていた。それは朝食の際、あとから来たはやてから伝えられた。

「あのな、キャロ。今日から少しの間エリオも一緒なんよ」
「えっ?」
「昨日エリオが少し怪我して、少しの間仕事を休む事になったんよ。それならキャロと一緒の方がキャロもヴィヴィオも嬉しいやろ?」

 キャロがエリオの方を振り向く。少し恥ずかしそうに頷く

「でもっ、お兄ちゃん怪我って、痛いの?・・・シャマル先生に・・」
「ううん・・ちょっと魔法で直せないんだ。でも、痛くもないし普通に暮らすには問題ないって」

 心配そうなキャロにエリオが優しく答える。

「それじゃ一緒に?本当に?」
「うん」

その瞬間キャロの顔が歓喜に満ちあふれた。

 一方で2人の面倒を頼まれていたザフィーラの「助かった」とポツリと漏らした言葉は少しだけ重くはやてにのしかかった。

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