第01話「八神はやてについて」

 ある日八神はやてのもとに聖王教会の騎士カリムから1通のメールが届けられた。
 イクスヴェリアが目覚めたというのだ。
 休憩中にそのメールを読んだものだから驚きのあまりお茶を吹き出し、目の前にいた小さな司令補は全身にお茶を滴らせるという悲劇にみまわれた。

 イクスヴェリア、古代―聖王統一戦争時代のガレア王。昨年起きたマリンガーデン大火災で発見された少女。彼女は不死を含め現在の技術ではなし得ない幾つかの能力を持っている。
 長い眠りの中で予定のない目覚めをした彼女は体内の機能不全を起こしていて、今の技術力では治す事が出来ず次に目覚めるのは早くて百年か千年後と診断されていた。
 
 そして彼女が目覚めてから2週間後、はやてを含む管理局ミッドチルダ地上本部の主立った者は聖王教会を訪れていた。
 目的はイクスヴェリアに会う事ではなく…
 広い会議室に通され用意された席へはやて達は座る。対面には聖王教会の主立った者が並んでいる。中には騎士カリムも居る。

「これよりマリアージュ掃討作戦について申し合わせを行います。」

 一同が敬礼、軽く頭を下げた後着席する。
 マリアージュ、イクスヴェリアが生み出す増殖兵器。その増殖方法は特徴的で人間の死体を使って増えていく。そして行動不能になった時点で液状化し発火、爆発する。

「現在の状況報告から、八神司令」

立ち上がり幾つかのモニタを表示させる。

「はい。マリンガーデン火災時に多数のマリアージュを確認され撃破されたのは管理局、聖王教会共に記憶に新しいところです。当時の事件でイクスヴェリアは保護され教会本部内で長期睡眠に入りました。事件後マリアージュの存在も確認出来ず、全て撃退したと判断されました。」

 当時の事件担当者、ティアナに貰った報告書と資料を見せる。

「しかし昨年末、リニューアルされたマリンガーデンで計6体のマリアージュが確認されました。報告を受けた港湾特別救助隊の隊員と結界魔導師が連携し全体撃退しています。その時の画像がこちらです。」

 マリンガーデンで撮られたマリアージュらしき人物がモニタに映し出される。

「見ての通り火災時のマリアージュと1部酷似した特徴はありますが、様相などは大きく異なっておりマリアージュであるという判断は難しいと言わざるえません。又、捕獲すると爆発、死者を媒体として増殖するという報告もあります。潜伏している可能性も鑑みミッドチルダ・管理世界の安全の為、マリアージュの早期殲滅を提案します。」

 そう言うと着座した。
 この事実は既に全員が把握しているから反応はない。要は火付け役の茶番。しかしここに居る全員の賛同を得なければ作戦を実行すら出来ない。役目を終えたはやてはフゥと息をつく。
 元々聖王教会との繋がりがあるというだけで選ばれた役だ。これであとは決められた通り指示に従い本局の提督や執務官が指揮すればいい。
 しかしそんな彼女を放っておかない者が居た。

「提案について意義はありません。八神二佐に質問ですが放置しておくと増殖の可能性もある兵器をどこでどの様にして殲滅するつもりですか? 作戦が失敗すればマリアージュを増産してしまう危険もある。」

 彼女の師匠、ゲンヤ・ナカジマが立ち上がって言った。あとは勝手に話を進めてくれたらいいと考えていたはやては心の中で「狸親父」と罵り挙手し立ち上がる。彼は火付け役なら静観せず最後まで音頭を取れと言っているのだ。

「それについてはマリアージュを唯一操作できるイクスヴェリアから直接話を聞いた教会騎士カリム・グラシア氏より説明して貰います。騎士カリムお願いします。」   

 議事を進めていた局員に目配せして座らせ、立ったまま聞く。

「マリアージュの最優先機能はイクスヴェリアの命令を受け行動する事にあります。しかし現在稼働中と思われるマリアージュはイクスヴェリアと接触していない為命令を受けておりません。マリアージュの最優先目的はイクスヴェリアの発見・合流と予想できます。そこでイクスヴェリアを囮として各管理世界を周り発見次第消去します。」

 直後一同がざわめいた。古代の王を囮とするのだから当然だ。

「勿論この作戦は公表出来るものではありません。表向きは各世界の巡教担当者として各世界の集会等に出席して頂き、彼女の周辺を管理局と騎士団の精鋭が守ります。拘束すると爆発、炎上する報告もありますがマリンガーデン火災時のデータを元に管理局技術開発室が中和剤を開発しており今作戦で使われます。」
「そして…皆様は驚かれましたが、これはイクスヴェリア王からの要望でもあります。」

 イクスからこの話を聞いた時はやても驚いた。
 だが彼女がこの青い空を自身の手で変えてしまうのが何よりも辛いと溢した言葉を聞き考えを変えた。



「つまり…我らもイクスと一緒に各世界を回れば良いのでしょうか?」

 1時間後、はやての身は申し合わせを終え教会本部からクラナガンへ向かう車の中にあった。
 結局ゲンヤとカリムの推挙からはやてが作戦指揮官として任命されてしまった。これから始まる忙殺級の任務を考えると頭が痛い。
 それを察してか運転中のシグナムが声をかけてきた。

「そうや、各世界の地上本部とその世界の教会騎士もおるけど、イクスの近辺は管理局と教会本部の騎士が護衛する。本局教導隊のヴィータと執務官のティアナ、地上本部首都航空隊のシグナム、特救のスバル、あと教会からはシャッハとセインやオットー・ディードあたりはもう候補になってるよ。」

 あくまでイクスの要望は彼女を囮にしてマリアージュをおびき出す作戦だけ。各管理世界を行脚する必要はない。方針が決まった後、最初にどこへ行くかで各世界の地上本部と教会支部も大わらわになっているだろう。
 
「まぁ、上の方は双方のアピールとか各世界の視察とか色々考えてるんちゃうかな?」

 そう言いながらもそこにはイクスに対するカリムの思いが込められているのを知っている。

(イクスにこの世界を見て貰いたいんやろな…)

概ね平和なこの世界の姿を…

「そういえばさ、はやてはあのビデオ見た?」
「ビデオ?」

 隣に座ったヴィータに聞かれ思い返すが何のビデオなのか判らず聞き返す。

「昨年撮影された局員研修用映像です。ジュエルシード事件を題材に当時のスタッフも協力したそうですよ。」
「ああ、あれか。もう出来たんか…」

 親友達やその家族が協力・参加しているのを聞いていたからどんな映像になるのか興味はあった。それに本局の真横に作られた時の庭園のセットは余りにも巨大でミッドチルダでも話題にもなっていた。又、はやては違う意味でもその映像に興味を持っていた。それは…

(まさかプレシアとアリシアが本人とフェイトちゃん役で参加してるなんて誰も思わんやろな…)

 なのはとフェイトからその話を聞いて呆れて物が言えなかった。あの大胆さは到底真似できるものではない。思い出して苦笑する。

「凄い人気で局の広報室じゃ狭くて対応出来ないからシアターを借りてるんだって。」
「へぇ~それは凄いな。次の休暇にでもみんなで見にいこか。」
「うん♪」
「そうですね」

 その時はシグナムやヴィータは勿論、はやて自身もまさかこんな風に話が回ってくるとは予想もしていなかった。



 それから更に2週間が瞬く間に過ぎた。
 シグナムとヴィータはマリアージュ殲滅作戦に参加し遠くの管理世界に行っている。
 彼女達にとっても行った事のない管理世界は興味深いらしく、毎日メールを送ってきてくれる。作戦が動き出すまでははやても管理局、教会の仲介役として多忙を極めていたが、始まってしまうと逆に手持ちぶさたになっていた。

「まぁ私が暇なんはあっちが予定通りな証拠なんやけどな~リインお茶お願い」
「はいです~」

 各々上がって来る報告書と予定表をチェックして次の訪問地の様子を確認すれば今日の業務は終わる。

【コンコン】

 リインがお茶を入れに行ったのを見送りつつん~っと背伸びをした時ノック音がした。

「はい、どうぞ~」
「失礼します。八神司令でいらっしゃいますか?」

 入って来たのはひょろりとした男性局員だった。

「ええ、そうですけど。そちらは?」

 そう言うと彼は軽く敬礼をして所属と氏名を名乗った。

「今日は八神はやて司令にお願いがあり伺いました。」

 そう言って話始める彼に笑顔で答えながら内心疑ってかかっていた。

(海の広報部の人間が何で私のとこ来るん?)

 海と呼ばれた管理局本局と各世界の地上本部とでは色々と軋轢がある。JS事件の原因の一端も優秀な魔導師、人材は海に引き抜かれてしまう問題があったからだ。
 ミッドチルダ地上本部に在籍するはやて自身もその軋轢には頭を悩ませている。

「はい、何でしょう?」
「我々広報部の活動の中に局員募集や周知活動がありまして昨年も周知活動の一環として事件映像の記録を作り公開しております。」
「はい、見させてもらいました。凄く良く出来ていました。本局の隣に時の庭園まで作る意気込みには参りました。」

 ハハハと笑いながら照れ笑いを浮かべた。取っつきにくい感じではないが何か距離を保とうとする雰囲気も感じられる。

「あれは協力頂いた方が色々手を回してくださっただけですよ。我々の力ではとてもとても…それでですね。おかげさまでと言いますかあの映像が非常に好評で、次回作の計画が持ち上がっておりまして…闇の書事件の記録映像を作りたいと考えているのです。」
「………はい?」

 全く違った方向を予想していたはやては素で聞き返してしまった。
 闇の書事件ははやてと切っても切れない関係のある事件であり、管理局では秘匿情報として登録されている。それを今目の前の彼は映像化すると言った?

「ですから、闇の書事件を次の記録映像として作成する為に、是非協力頂けませんでしょうか。」

 どうやら間違いないらしい。

「………ちょ、ちょっと待って下さい。頭整理しますので…」

 ジュエルシード事件の記録映像が巷で人気を集めている。うん、これは間違いない。
 それで広報部の人がここに来た。これも間違いない…
 それで次の記録映像で闇の書事件を取り上げたい…と

(どんな冗談や!!)

 心の中でバシバシと突っ込みを入れる。

「あの…申し訳ありませんが、あの事件は秘匿情報が多数ありまして、私だけでは…どうにも…」
「それも調べました。秘匿情報も幾つかありますが事件そのものが終わって10年以上経過していますから近日中に幾つか解除される予定です。映像化は解除された情報の範囲内で行われます。」
(解除って…そんな話初耳や!?)
「これが解除予定のリストです。」

 そう言って端末の資料を見せた。身を乗り出しその資料を凝視する。確かに闇の書事件に関する報告書が1部を残し解除予定となっている。はやてや守護騎士達の行動についてはほぼ全てが解除対象になっていた。

「…話は判りました。1度家に持ち帰って家族と話し合ってから…」
「それについても…」

 開いた端末を触って4人の画像とサインを見せる。

「本局医療班のシャマル医師、108部隊に出向中のザフィーラ氏、聖王教会の巡教に同行されているシグナム空尉とヴィータ教導官には既に話を伺っており、八神司令が協力されるなら協力すると答えて頂いています。八神司令、リインフォースⅡ司令補いかがでしょうか?」
「わ、わたしもですか!?」
「はい」

 認識を改める。本局の広報官がわざわざミッド地上に降りてやってくるのだからそれなりに何かを持って来ている筈だとは考えていたが、別の広報官がそれぞれの居場所を調べ先に行っていたのだ。それもはやてに連絡が入る前か、今まさに話をしているのだろう。
 話し方や表情と違い相当な切れ者だ。

「私もはやてちゃんが協力するなら協力しますです。」
「ありがとうございます。」

 秘匿のままにして欲しいと思っていた部分だけが綺麗に秘匿され家族の承諾も全て揃えた。はやて自身としては断る理由はない。

「それとこれは協力頂いている方から八神司令に渡して欲しいと…」

 懐から1通の封筒を取り出し差し出す。メッセージで済ませられるご時世に珍しい。
 机の引き出しからペーパーナイフを取り出し封筒を開けて目を通す。その時彼の後ろに居る者の正体がやっとわかった。

(そういうことか…)

 リンディ・ハラオウン統括官。
 闇の書事件時の現場責任者でありジュエルシード事件の映像化には彼女自身も彼女役で演じつつ裏で支えていた。
 手紙の内容を読んでそっと折り封筒に入れる。その心遣いに瞳を潤ませた。

「…わかりました。協力させて貰います。ですがその…1つだけ条件があります。それは…」
「ええ、承知しました。」
「伝言ゲームをさせてすみません。でも彼女以上の適任者は居ませんから。」

 潤んだ瞳を隠しながらはやては屈託のない笑みで答えた。


~コメント~
 文庫版AffectStoryに「Movie1st制作秘話」という、もしASシリーズの世界でMovie1stが作られたらという話を書き下ろさせて頂きました。
 今話はその話の延長上に。主人公が全然出てませんが次話からちゃんと登場します。

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