第47話「高町なのはの憂鬱」

「ハァ~…」

 ヴィヴィオが異世界に行った翌朝、高町なのはは溜息をついていた。着替えてリビングに入ってきたフェイトは彼女を見て声をかける。
 目に隈が出来ている訳ではないけれど1目で元気が無いのが判る程重傷。

「なのはおなよう…どうしたの? ヴィヴィオが心配で眠れなかった?」
「おはよ…フェイトちゃん。大丈夫…じゃないかも…」
「そう、大丈夫……じゃない?」

 慌てて駆け寄る。

「うん…これなんだけど、どうすればいいかな?」
 そう言って彼女が出した端末を見て

「…わ……」

 流石のフェイトも原因が判って他に言い様が無かった。


  
 なのはを悩ませている問題の始まりは、ヴィヴィオがSランク魔導師試験に合格した時だった。

『古代ベルカ式同士の模擬戦、このまま埋もれさせてしまうには惜しい。』

 魔導師試験でヴィヴィオがヴィータに勝った時の映像が教導隊から広報へと流れてしまった。
 本来は試験官と受験生のプライバシーや犯罪に巻き込まれる危険性もある為、外部に流出しないのだけれどこの時は誰かの意図が働いていたらしい。
 それは兎も角、当時の広報は闇の書事件の再現映像の撮影が始まっており、映像の当事者達も出演していた為仮に公開出来る場での模擬戦という話題が出ていても

『怪我でもされたら撮影に影響する。』 
『全員に承諾を得るのも大変だったのに、心象を悪くする様な話は受け入れられない。』

と一蹴されていただろう。
 しかし撮影中のアクシデントでヴィヴィオが八神はやて演じるリインフォースと大激戦を繰り広げたのを運良く数台のカメラアイが撮影していて、その1部を映像公開に合わせて管理局から出した所思った以上の評判になった。
 そのせいでヴィヴィオは周囲の目にさらされストレスを溜めていく事になったのだけれど…。


 その問題とは【高町ヴィヴィオの人事処遇について】だった。
 【優秀な人材を有効に活用すべき。】とか
 【司書にしておくのは勿体ない候補生にすべき】とか
 【聖王教会系の学園から転校して…】とか
 全て挙げれば途中で全力全開のストライクスターズを撃ち込んでやりたい話もあった。
 なのは自身、自らの意思で管理外世界から管理局に来たから彼女にも自分の意思で未来を決めて貰いたいと考えている。だからそれらの要望が来てもあえて無視するか断っていた。
 しかし…

 【高町ヴィヴィオ殿 戦技披露会への参加要請】

 昨夜、端末に届いたのは戦技教導隊からの正式な要請書だった。

「そっか…そこまで話が大きくなっちゃったんだ…。私の所にも色々来てたけど私は後見人だから彼女の将来は彼女が決めますって全部断ってた。でも…なのはは難しいよね。」

 フェイトが熱いコーヒーを入れたカップを渡すとなのはは少し飲んでから再び溜息をつく。
 執務官でありヴィヴィオの後見人のフェイトと違ってなのはは教導隊でヴィヴィオの母親だから同じ様には断れない。特に教導隊からの正式要請書については…

「うん…何度か話は聞いていたから全部断ってたんだけれど…こうなっちゃうとね。」

 うやむやにしておく事は出来ず、要請を受けるか断るかのどちらかで理由無く後者を選んだ場合、何らかのペナルティも考慮しなければならない。

「ヴィヴィオには聞いた?」
「前にそれとなく、でも『私はママが活躍してる所を見たいからいい』って。」

 彼女らしいと言えばらしい。そう思ってフェイトは頬を崩す。

「嬉しいんだけどそのまま伝えても諦めてくれなさそうだから『司書が披露会に出るのはおかしい』って話をしたら今度はユーノ君の所に飛び火しちゃって…。」

 何となく想像がついた。崩した頬が苦笑に変わる。
 候補生や転校話だったら彼も一蹴しただろうけれど、戦技披露会に出るのは誰にでも出来る経験じゃ無いとか言われて搦め手で来られたら難しいだろう。

「あっ、でも戦技披露会って教導隊もだけど広報も動くよね? 撮影の時に来てた広報の人に頼んで出る意思はないって伝えたら?」

 ふと思い出す。リンディやクロノから撮影時に起きた【事件】については聞いていたからヴィヴィオに関してなら協力してくれる筈だ。

「うん…話が大きくなり始めた時から動いてくれてるの。出る意思はないって話もしてるんだけど…広報だけじゃなくて教導隊からの圧力も凄いんだって。」

 闇の書事件で出演依頼に来た広報部の彼は冬以降、ヴィヴィオのメディアの露出や制限を加える方向で動いてくれている。その彼を以てしても止まらないというか圧力の発端がなのはの居る教導隊だから強く出られないらしい。

「リンディ母さんやクロノ、はやてに話をしてって…」

 途中まで言って留まる。3人なら『1回位出たら?』とか言いかねない。
 彼女もそれが判っているから相談出来ずにいる。
 はやてに至ってはヴィータかシグナムから話は聞いているだろうからむしろ率先して参加を薦めてくる。

「う~ん…やっぱりヴィヴィオに話してヴィヴィオから断って貰うしかないんじゃない?」
「断っても説得してくれ…って言われる気がするんだけどそれしかないよね。ヴィヴィオを巻き込みたくないよ…」

 テーブルに倒れ込みながらぼやく。
 半年位前に何処かで見た光景だなと思いつつ苦笑しながらフェイトも考える。

 看板として担がれかねない状態は彼女を知る者からすればあまり好ましくない。いつ何処で彼女の魔法や生まれが明かされるか判らないからだ。
 こんな事になるなら撮影に参加させるべきでなかったと思っても後の祭りで更に言うと彼女が出ていなければもっととんでもない状況に陥っていた。
 管理局側から言っても難しいなら教会側から言えばどうだろう? 
 出来ればヴィヴィオの能力を知ってる人の協力があれば…

「なのは、プレシア母さんは?」
「プレシアさん?」
「プレシア母さんというか、聖王教会から何か言って貰えればって。イクス様とか…」

 ガバッと起き上がる。彼女達なら何か良い方法を知っている筈。
 なのはは早速端末でテスタロッサ家とイクスのプライベート端末にメッセージを送った。



 同じ頃、同じミッドチルダでも少し離れた八神家でも家族全員で朝食を食べていた。

「はやて、昨日要請書が送られたらしいよ。」

 要請書と聞いて一瞬何の話かと考えるが直ぐに

「ヴィヴィオの参加要請か、思ったより時間かかったな~。学院祭の前やと思ってた。」

 シグナムやシャマル、リイン、アギトも要請書だけでは判らず首を傾げていたが、ヴィヴィオの参加要請書と聞いて「アレか(ですか)♪」と納得する。

「なのはちゃんとフェイトちゃん困ってるんじゃないかしら…出たくないのよね?」
「戦技教導隊からの正式な要請だから断るのは難しいんじゃないかな。私は見てみたいしリベンジできるなら戦ってみたいけど。」
「そうだな…あれからどれ程腕を上げたか見てみたい。」

 闘志沸き立つ2人にリインは苦笑する。

「でも…それならなのはさんから相談されるんじゃないですか? はやてちゃん」
「う~ん、多分私に相談したらそれこそ薦められて出るしか無くなるって思ってるんとちゃうかな。実際私も見てみたいし。」

 サラダを食べつつ笑って言う。

「あまりストレスを溜めて欲しくないのよね。ヴィヴィオもなのはちゃんも…」
「はやてちゃん、助けてあげないんですか?」
「うん、今回私は薦める方。助けるのは適役にお願いしてるよ、方法も含めてな。」

 シャマルとリインに答えると

「「「「「適役?」」」」」

 ザフィーラを除く全員から聞き返す。

「適役。多分そろそろ連絡行ってるんとちゃう♪」

 ハムエッグを頬張りながら頷いた。



『面白そうね。私達も見に行くから席を用意して頂戴。』
『彼女の模擬戦には興味があります。アインハルトと一緒に是非見に行きたいです。』

 数分後、返信された2通のメッセージを見てなのはは机に再び突っ伏した。
何かの事件だったら兎も角、平和なイベントであれば彼女達は見ないと言う選択肢を選ばない。
 オリヴィエが居ても『強者と力を試す機会は貴重です。』とか何とか言いそうだ。

「……フェイトちゃ~ん…」

 涙目になるなのは。

「アハハ…先にはやてから手を回されたかな。」

 短時間で返信されてきたから多分2人とも事情を知っていた気がする。

「ヴィヴィオが帰って来たら3人で相談しよ。それで…」

 本当に嫌ならそれでいい。
 言いかけた時バルディッシュにだけメッセージが届いた。

「プレシア母さんからだ。…あっ! なのは、ヴィヴィオに披露会に出て貰おう。」
「え~っ、フェイトちゃんまで裏切るの!」
「そうじゃないんだって。これ見て」

 ジト目で見る彼女にプレシアからのメッセージを見せる。

『戦技披露会にヴィヴィオを参加させたいという話は先月八神はやてから聞いているわ。彼女の話だとなのはさんやフェイト、関係者に内密で教導隊が手を回している。本局、地上本部も動いていて聖王教会にも騎士として参加して欲しいと話が来ていて教会も了承している。彼女の予想通り全ての体裁を整えてなのはさんとヴィヴィオに連絡が来たのね。』
『本局と地上本部からの正式な要請であれば逆らわずに逆手に取りなさい。例えば、【戦技披露会への参加を条件に先日の撮影や戦技披露会以降の彼女に関わるメディアの露出を控える。以降何か要望があっても本人が了承しない限り全て断る】といった条件を突きつけなさい。』
『理由は民間からのアピールが激化する可能性と事件に巻き込まれる危険性を挙げればいい。もしそうなった時は聖王教会で司書として迎える用意もあるとでも言えば納得するでしょう。』
『未来の優秀な局員を失うリスクを示唆して戦技披露会への要請を取り下げるかどうかは要望している者の覚悟次第。どちらになっても彼女のストレス原因は無くなるわ。』
『あなたたちで彼女の笑顔を守ってあげなさい。』

目をパチクリさせてメッセージを読む。

「そっか…そんな方法があったんだ…」
「なのは」
「うん♪ 今日聞かれたら条件の話をしてみる。あっ広報の人にもメッセージしなきゃ。」

 笑顔を取り戻したなのはを見て

(今日早く帰ってプレシア母さんにお礼に行こう…)

 あれから何年も経ったのにまだまだだと思うフェイトだった。



 一方その頃

「今日はお疲れ様でした♪ かんぱーい」

 異世界では無事に第1目標だった特務6課との接触に成功して5人でささやかなお祝いをしていた。ヴィヴィオとアリシアもジュースが入ったカップを持って参加している。

「私…あんまり何も出来なかった気がするんだけど…」

 ヴィヴィオが呟くとアリシアも頷く。

「私も~、一応色々調べてきたけど全然関係ないかも知れない物も沢山あると思うし…」
「それは違うよ。こういうのはきちんと役目を理解して動かなくちゃいけないの。ヴィヴィオとアリシアがそれぞれの役目を考えて動いてくれたから成功したんだよ。」

 私達の会話を聞いていたらしく大人アリシアが横から言う。

「私達じゃ空間転移をあこまで使いこなせないし、ここで私達が外に出ると色々目立っちゃう。だから2人が居なかったら失敗してたし、そもそも出来なかった。」
「うん、私達5人が揃って頑張ったから成功したんだよ」

 大人ヴィヴィオとチェントが続けて言った。



(あ…そうか…そうなんだ…どうしてこんな簡単な事忘れてたんだろう)

 みんなが役目を理解して動く。言われてみれば簡単な事なのに…  
 隣に居る親友と異世界の大きくなった私を見る。
隣に居て見られる物もあれば離れないと見られない物もある。
 あっちの私は彼女を想って離れて見るのを選んだ。
 私は…今は彼女の近くで見ている。
 どっちが正しくてどっちが間違っているかは判らない。

「それを探すのは…私なんだ…」
『アリシアの未来はこれからなんだから何が正しくて何が間違っているのかなんて私にもわからない。今は色んな事を学んで経験するのも大切、すぐ決めなくてもいいと思うよ。』

 もう1人の私が言った意味がわかった気がした。

~コメント~
特務6課との接触が終わって閑話休題、元世界のなのはの苦悩です。
この話はAgainStory3第08話「意地と思い」の後日談でもあります。

 さて、少し話は変わりまして今までヴィヴィオの話を掲載させて頂いてきましたが先日無事9年目を迎える事が出来ました。
(SSサイトは2007年8月からだったのですが、ヴィヴィオのSSの元になった『ヴィヴィオの日記帳』が同年9月17日でした。)
 9年と言うと当時生まれた子がなのは達と同じ年齢になる位の年月でここまで続くと思って無かったです。

 VividのTV版も新しい展開がありそうですし今後ともよろしくお願いいたします。

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