第69話「激戦で得たもの、失ったもの」

「……ん…ううん…」
「なのは?…」

 名前を呼ばれてなのはは瞼を開く、柔らかな日差しが差し込んで来る。

「フェイト…ちゃん?」

 目の前に居たのはフェイト、バリアジャケットでも管理局の制服でも私服でもなくパジャマ姿…、ここは家なのか?

「おはよう、なのは。」
「………ここ…どこ? 家?」
 寝たままで辺りを見回すがこんな部屋は家に無い。何処か判らない。見覚えもある気がするのだけれど…

「聖王医療院、私達入院してるんだよ…」  
「入院…? どうして…? 私は………? 私クラナガンで…!!」

 ぼんやりしていた頭が回り出す。
 ベッドからガバッと起き上がるが直後に意識が飛びそうになってふらついた。

「なのはっ無茶しないで。」
「ヴィヴィオはっ!? ゆりかごはっ!? フェイトちゃん!!」

 頭を振って意識を繋ぎ止めフェイトの両肩を掴んで聞く。寝ている時じゃない!戻らなきゃとベッドから降りようとすると

「なのはっ!」

普段聞かない彼女の大声にビクッと驚いて止まる。彼女に肩を掴まれて

「全部話すから…とにかく落ち着いて、ねっ?」

 諭す様に言われてそっとベッドに寝かされ彼女の顔を仰いだ。



 聖王のゆりかごの周りにあった結界が消えたのとほぼ同時にヴォルフラムの医務室に虹色の光球が現れ中から意識を失ったなのはを抱えたシグナムが現れた。
 悠然とクラナガンの空に浮かぶ聖王のゆりかごの映像と彼女達の姿で特務6課の主たる面々は管理局が屈したのを否応なく気づかされた。
 それから3日間、聖王のゆりかごは動かずただクラナガンの上空に浮かんでいた。
 当初ミッドチルダ地上本部は排除を考えたが、JS事件の時と違い聖王のゆりかごから何のメッセージもなく攻撃もされず都市部の被害が皆無だった事とアリシア・テスタロッサの映像によって全ての管理世界で管理局が疑念の視線に晒されている事を踏まえ周囲の空域を警戒するに留めた。
 その間に聖王のゆりかごの迎撃に出動し負傷したなのはとフェイト、ヴィータ、ザフィーラは管理局の医療施設ではなく聖王教会系の医療施設、聖王医療院に入院した。怪我の治療の為でもあったが先の視線やメディアから彼女達を守る為にリンディがカリムを通して手配したものだった。
 
「はやてちゃんは?」
「特務6課に査察が入っていてはやてはその対応してる。ヴォルフラムも修理が長引きそう。…あっ、でも解散とかはないって」

 ヴォルフラムはフッケバイン一味の強襲によって駆動系に深刻なダメージを受けた。ヴァイゼンの駐留ドックでメンテナンスを受けるべきだったがこちらも同じ理由で管理局本部のドックに入り修理中だった。本来地上本部の船が本局のドックに入る事はあり得ないのだけれど管轄を越えて発令した手前もありレティが手配した。 

「みんなは?」
「なのはとヴィータと私だけが入院中、フッケバインの攻撃で怪我した子も居たけどみんな退院したよ。あれから4日経ってるから。」
「4日…私、そんなに眠ってたんだ…」
「仕方ないよ。徹夜で疲れてるところに魔力を限界まで使ったんだから…でも、オーバーブーストの影響は無いって」

 気にして先に聞いてくれていたらしい。それだけ眠っていた事のショックとそれでもオーバーブーストの影響が無かった事に胸をなで下ろした。

「ゆりかごは?」
「ゆりかごは…」
「昨日消えたよ。パッとな。」
「はやてちゃん!」

 なのはの質問に先に答えたのは病室に入ってきたはやてだった。 

「外から話し声が聞こえたから起きたんはすぐに判ったよ。これお見舞いみんなで食べて。今朝作ったおはぎ♪」

 そう言って包みをフェイトに渡す。

「あ、ありがと…査察だったんじゃ…?」
「ん? 査察は昨夜終わった。現状のまま任務続行♪…ラプターの開発中止っていう点を除いてな。ああそう! ゆりかごの話やけど昨日の朝にパッと消えた。虹みたいに光って。」

 虹と聞いてなのはは気づく。

(ヴィヴィオ…帰っちゃったんだ)

 ちゃんとお話出来ずにそのまま戦う形になったから、せめて終わってからでも話をしたかったのに…

「特務6課は事態が落ち着くまで暫くは待機、まぁ隊長陣で無事なんシグナムだけやけどレヴァンティンは修理中。それに黒幕も逮捕してECウィルスの対抗策も手元にあるから後はフッケバイン一味と既に動いてるウエポンや適合者への対応になるよ。」
「そっか…事件…そこまで進んじゃってるんだ」
「複数の管理世界を巻き込んだ魔導系企業、そのトップが起こした事件やし例の映像でECウィルスを管理局が隠してると思われる可能性もあるからね…。あの映像以外にも本局が動いて各世界の実験施設やハーディス・ヴァンディンの逮捕した後の情報もどんどん出してる。ラプターも話題になってるけど世間の目はこっちに向いてるよ。」

 ヴァンディン・コーポレーションの幹部が関わったECウィルス製造と複数管理世界での違法実験。
物証となりえる情報を得てはやては特務6課の権限・人員では対処出来ないと即座に判断し、なのはやフェイトの上司と本局内にパイプを持つレティにデータを渡した。
 データを受けた本局もその情報の凄さに驚き確証を取りながら各世界へ執務官を送り込んだ。それらすべてが1日での出来事で事前情報が漏らす時間も無かった為か十分に裏付けが取れる証拠が見つかった。
 その中でも見せられる情報を出しているのだろう…

「なのはちゃんもフェイトちゃんも上の人から伝言貰ってる『後は任せてしっかり休め』って。いい上司さんやね♪」

 フェイトと顔を見合わせ苦笑する。
 この機会に溜め込んでいた休みを取らされるらしい。

「私も査察後の残った事務処理とか引き継ぎをして暫く待機、家には…メディアが来てるらしいからすずかちゃんとこにでも行ってようかなって。」
「メディア?」
「まさか…」

 首を傾げるがフェイトは何かに気づいたらしく恐る恐る聞き返す。

「そのまさか、なのはちゃん家もしっかり見張られてるよ。ラプターというより特務6課の隊長としてな。ヴィヴィオは事件の後すぐにノーヴェに預かって貰ってるよ。」
「ヴィヴィオ…昨日も一昨日もお見舞いに来てくれたのに何にも話してくれなかった…」
「余計な心配かけたくなかったんやろね。ヴィヴィオもゆりかごのニュース見て行こうとした時ちっちゃいアリシアに気絶させられて暫く学院の保健室で寝てたらしいし…。おかげで聖王のゆりかごを動かしてるのは別人って証明出来た訳やけど…」

 ヴィヴィオが聖王のゆりかごと無関係であるのを証明し、特務6課はラプターの開発で責任を取らされると思っていたが事件の功績によってほぼ無傷、その上でECウィルス開発元は既に捜査が進み、対ウィルス剤まで出来ている。
 ここまで偶然が重なるとは思えない。

(そこまで全部考えてたんだ…)

 無関係な民間人や都市に被害は出さず、管理局員に負傷者が出たとは言え重傷者を出ていない。ここまで全部考えて動いていたのかとなのはは声を出さずに驚いた。

その時

【コンコンッ】

 ドアがノックされる。磨りガラス越しに見えた髪の色を見て

「言うてたら来たみたいやね、さっきの話は内緒な。どうぞ~♪」

 はやてが代わりに声をかけると、1間おいて

「お邪魔します…」
「「「!?」」」

 入って来たのは小さなヴィヴィオとアリシアだった。



 同じ頃…
 聖王医療院から離れたクラナガンのある1室では

「ヴィヴィオ~そっち終わった?」
「あと少し~、浴室で使ってたのも全部箱に詰めていいんだよね?」
「うん。」

 声をかけながらチェントはキッチン付近を泡立てたスポンジで洗っていた。

「お姉ちゃん、2人だけで行かせちゃっていいの?」

 少し離れたリビングで私物を片付けている姉に聞く。

「まぁ…大丈夫でしょ。流石に2人をいきなり逮捕なんてしないでしょうし、ヴィヴィオもそうだけどアリシアもしっかり休んで回復して貰わないとあのまま返したらあっちの母さんに怒られるわ。」

 ニヘラと笑いながら答える。

「私達だけだったら母さん達と事を構えようだなんて考えもしなかった。もし同じ年であんなの見ていたら自信無くすわ…」

 彼女の声が聞こえていたのかヴィヴィオが浴室から言う。

「……えっと…私…自信なくしていいのかな?」

 2人の会話を聞いて苦笑するチェント

「あっちはあっち、私達は私達。でもそうね~…ヴィヴィオに持ってるレリックナンバー聞いて私達も探してみる? 凄いパワーアップ出来るかもだけど♪」

 姉の提案にブンブンと首を大きく横に振る。
 あんな怖い物をまた体に入れるなんて考えただけでもゾッとする。

「それだけは絶対に嫌っ!」

 彼女もそれは同じらしい…アリシアはアハハと笑いながら

「だからそういう事、私達は私達でしょ。それでも…あの子達がルーツで良かった。本当に…」

 姉の言葉に静かに頷く。
 もし私が彼女達と同じ立場だったら、突然異世界のヴィヴィオかチェントが目の前に来たら…ここまでしただろうか? 
 もっとドライに切り分けてアリシアが助かった時点でここに送ってさよならしていたかも知れない。自分の世界が巻き込まれない為に

(それがルーツ…なのかな)

 彼女が戦いから戻った時を思い出す。


 
 ~4日前、なのはとの戦闘が終わった後~

「ただいま……」

 空間転移で気を失ったなのはとシグナムを送ってから聖王のゆりかごに戻って来たヴィヴィオはそう言うと糸が切れた操り人形の様にその場で倒れた。
「ヴィヴィオっ!!」
 慌ててアリシアが駆け寄って抱き上げるが意識を失っていた。その様子に居た者は全員理由に気づいていた。

【限界を超えた魔力行使と過度の精神的疲労】

 空間転移だけでも相当な魔法力を使うのに戦いで何度も使いその上で結界を張り、ヴィータ、フェイト、ザフィーラと数名の教導隊員、そしてなのはを倒したのだ。
 いくら資質があってオーバSランクの魔法が使えてレリックを持っていて聖王のゆりかごから魔力供給があったとしても10歳の少女には明らかに酷使しすぎであり、戦闘中に倒れなかったのが奇跡と言えた。
 大人ヴィヴィオは大人アリシアとチェント、万が一の時の為にアミティエとキリエにゆりかごに残って貰い意識を失ったヴィヴィオを連れて借りていたマンションの部屋へと転移魔法で移動しヴィヴィオを休ませた。
 次に彼女が目覚めたのは夜だった。
 アリシアが看病する中で意識朦朧としながらも作戦がどうなったのかを聞き、

「もう大丈夫、全部終わったよ。今はゆっくり休んで」

 そう言われて再び眠りについた。

 翌朝、管理局が聖王のゆりかごへの攻撃が無いのを見て、大人ヴィヴィオが局員に変身してミッドチルダ地上本部に潜入し何が起きているのかを調べた。そしてその答えは直ぐにわかった。
 聖王のゆりかごへの直接・間接に関わらず一切の攻撃・接触の禁止と誰も近づけない様に付近の警戒だけが発令されていた。同時に特務6課に査察が入り、なのは達負傷した特務6課メンバーは聖王医療院に入院させられているのを知った。
 知った大人ヴィヴィオはミッドチルダ地上本部から直ぐに出て大人アリシアに伝えた。
 同じ頃、再びヴィヴィオが目覚めた。元気を装う彼女だったが見守っていたアリシアも、戻って来た大人ヴィヴィオも彼女のリンカーコアがそんなに簡単に回復できる状態でない事に気づいていた。 
 ヴィヴィオは目覚めてから大人ヴィヴィオの話を聞いてなのは達のお見舞いに行きたいと言ったが、アリシアはそれを止めた。
 流石に聖王のゆりかごを浮かべたまま行って何かあれば落ちてしまうかも知れないし、マンションの部屋もはやてには知られているから長居していると局員が来るかも知れない。
 ヴィヴィオ達は彼女の考えに頷きある程度魔力が戻った時点で聖王のゆりかごを動かす為戻った。
 聖王のゆりかごは元々ベルカ聖王を鍵として動く船、戻った直後幸か不幸かクラナガン上空に来てから得ていた月の魔力がヴィヴィオに送られ彼女は回復の兆しを見せ、3日目になって聖王のゆりかごごと一気に時空転移した。

 古代ベルカでも恐れられるオーバーテクノロジーの塊である聖王のゆりかご。何処の世界に移動しても見つかってしまうと新たな争いの火種になりかねないけれど壊したくもない。元の海中深くに戻すというのも考えたが、管理局が調べれば直ぐに知られてしまう。
 気づく人も居なくてもし居ても気づかれにくい場所…
 ヴィヴィオは思いついた場所へと飛んだ。

 そこはヴィヴィオがシグナムに紫電一閃を教わった世界。その10数年前…に飛んだ。
そしてそこで…

 「体系が違う私達、フォーチュンエルトリアの力を使えば見つかる事も無いでしょう。」

 アミタとキリエによって地中深くに聖王のゆりかごは封印された。
 その世界の魔法力が不安定で調査したが見つからなかった理由は聖王のゆりかごが原因だったのである。
 そして封印が終わると、

「また会えて嬉しかったわ」
「ヴィヴィオの機械の体にも心が宿るという気持ち、すごく嬉しかったです。いつかまたどこかで」

 そう言うとアミタとキリエは帰って行った。

 
 そして翌日、再び転移して大人ヴィヴィオ達は部屋の片付けをし、ヴィヴィオとアリシアはなのは達のお見舞いへと赴いた。

~コメント~
 バトル回が終わってその後的な話です。
 話として色々詰め込んじゃっても良かったのですが、なのは達とヴィヴィオ達のその後何が起きたのかを一気に書いてみました。
 聖王のゆりかごのその後ですが、AdventStoryで聖王のゆりかごを出そうと初期プロットからありましたので短編集との逆リンクになっています。

Comments

ima
>かーな様
 いつもありがとうございます。
 紫電一閃の特訓で行った世界でヴィヴィオが真っ先に違和感を感じた理由はそこにあったりします。
2017/05/26 11:50 AM
かーな
特訓した世界の魔力が安定しない理由がヴィヴィ自身の行いなのには(笑)ですね。
2017/04/20 03:59 PM

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