第11話「王の願い」

「ウミナリ? ヴィヴィオさんのお母様の故郷ですか…、では八神はやてさんも?」

 アインハルト・ストラトスは初めて聞いた名前を反芻した。

「はい、皆さんで帰省しているそうです。」

 イクスヴェリアは笑顔で頷いた。
 ここはミッドチルダの聖王教会の中にあるイクスの私室。冬休みに入ったアインハルトはイクスヴェリアにお呼ばれしていた。
 アインハルトやヴィヴィオ、アリシアが通っているStヒルデ学院は聖王教会系列の学校だから、初等部、中等部、高等部と進学した後にそのまま聖王教会の関連企業に就職したり、従事する者も少なくない。
 アインハルトは学内のイベント位やクラスメイトの話くらいでしか馴染みがなく。卒業後の将来についても深く考えていなかった。それを知ったイクスが気を利かせて休みの間に教会内の仕事について見聞き出来る機会を作ってくれたのである。
 朝の礼拝から始まりシスターとしての仕事、イクスがしている過去文献の編纂を見せて貰った。
 今は文献の編纂についてイクスの部屋で彼女から教わっていた。覇王イングヴァルトの記憶を持つアインハルトにとって聖王統一戦争時の話は非常に興味深いものだった。
 
 八神家で見せてくれている彼女については知られたくないらしく教会内では殆ど出てこないらしい。普段会うときは彼女と話す方が多いからアインハルトにとってもイクスとの会話は新鮮だった。

(イクス様と話をする機会はあまり無かったです)

 厚めのニットドレス姿の彼女を見て思う。
 初めて会った時より…アインハルトよりここに馴染んでいる気がする。

「どうしました?」
「いえ、…イクス様、そのバッグは何ですか?」

 部屋の角に置かれた大きめのバッグが気になって聞く。

「はい、明日からお休みなのではやてさんやヴィヴィオのいる世界に遊びに行くんです♪ 何を持っていけばいいのかわからなくて色々入れると大きくなってしまいました。」

 満面の笑みを浮かべて答える。

「ええっ! ヴィヴィオさんの居る世界は確か管理外世界だと聞いています。届けは出されたのですか?」
「はい、外泊届けは出しました。友人の家に遊びに行くと」
「管理外世界へ行くのはそれだけでは…」

 その時

【コンコン】

 ドアのノック音が聞こえた後

「失礼しま~す。」
「イクス様、アインハルト。少し休憩しませんか。」

 セインとシャッハが入ってきた。   

「アインハルト、教会の仕事についてよくわかりましたか?」
「はい、とても。今もイクス様から貴重な話をお聞きしていました。」
「丁度良いところに来てくれました。シャッハさん、明日から出かけますが何も問題ありませんね?」
「? ええ、明日明後日の外泊届けは騎士カリムから事務に伝えています。何処に行かれるんですか?」
「はい、はやてさんやヴィヴィオの世界に遊びに行きます。荷物もこの通り♪」
「はやてやヴィヴィオの…世界?」
「陛下…確か冬休みはなのはさん達と一緒に帰ってるんだっけ?」
「……管理外世界と聞いています。」
「初めて行く世界なのでとても楽しみです♪」

 嬉しそうに言うイクスにシャッハとセインは微妙な表情を浮かべた。それを見たアインハルトも予想通りだと思った。

「あの…イクス様、はやてやヴィヴィオの居る世界は聖王教会や管理局が管理していない世界ですので…外泊届けだけでは行けないんです。」
「そうなのですか、では行く申請をするので教えてください。」

 流石に管理外とか言っても理解していないらしい。

「それじゃ難しくてわかんないですよ。イクス様、管理外世界は申請だけじゃ行けないんです。なのはさんやはやてさん、フェイトさんみたいに管理外世界からこっちに来た人は行きやすいんですが、シャッハやアインハルト、私みたいに元からこっちに居る人は駄目なんです。」
「てっきりチンク姉の家にでも遊びに行くんだと思ってました。研究所がお休みだからチンク姉も休暇中だし」
「私もです。」

 イクスは凄いショックだったらしく驚いている。

「そんな…何とか出来ませんか?」

 涙目になる彼女にシャッハとセインは顔を見合わせる。

「何とかって…私達も行けない位なんで、それに明日じゃ許可は出ません。そもそもその荷物が持っていって良い物かもわかんないですよ。」

 セインのその一言がトドメだったらしくガクッと肩を落とした。


 
「イクス様に確かめてなかったのが失敗でしたね。最近馴染んできた感じだったし」
「はい、何処に行くのか聞いておくべきでした。」

 お茶とお菓子を置いてセインとシャッハはイクスの自室から出た。
 カリムに頼まれて時々外に出ていたし、こっちの服も着始めていたから常識は備わり始めたと思っていた。まだ教会関係者以外の知人は限られているから外泊すると聞いて出てきたのはチンクの家、ナカジマ家だった。あこならミッドチルダ内だし何かあっても直ぐに連絡貰えるしチンクが休暇中なのを知っていたから2人で色々遊びに行くのだろうと…。まさか管理外世界に行こうと考えていたとは…。彼女の落胆した表情をみてしまい足取りは重かった。

「シャッハさん、セインさん」

 そこに部屋を出てきたアインハルトが小走りでこっちにやって来た。

「どうしたの? アインハルト」
「あの…イクス様の話ですが、何とか出来ないでしょうか?」
「何とかって…」
「流石に私達が決まりを破る訳には…」
「それは承知しています。ですがイクス様も楽しみにだったのをあの様な形で止めてしまってはかわいそうです。」
「それはそうなんだけど…」
「私達も悪いことをしたと思っています。ですが…私達ではどうにも…管理外世界は管理局が渡航許可を出していますし、現地にゲートがあってもそれは管理局のものなので聖王教会からは使えないんです。それに…イクス様は聖王教会としても大切な方です。何が起きるか判らない世界に行かせるのは…」

 アインハルトは少し黙った後再び聞き返す。

「イクス様が行ってみたいという気持ちから教会を抜け出して行ったりしないでしょうか…、今はヴィヴィオさんやはやてさん、ヴィヴィオさんのお母様達がいらっしゃいますが…」

 勝手に管理外世界に行かれたら?
 彼女は過去に休日だからと誰にも言わずに外に出かけている。幸いその時は高町家に居てはやてが知らせてくれたから事なきをえた。
 今はあの時よりもこの世界に馴染んでいるからその分行動力もついている。先の事もあるからしないとは思うけれど…
 アインハルトの言う通り、抜け出して管理外世界に行かれたら…。
 シャッハの額に一筋の汗が流れた。
 
「…わかりました。カリムに相談してみましょう。期待を持たせてはいけないのでイクス様にはまだ言わないで下さい。」
「ありがとうございます。」

 頭をされて礼を言った後、アインハルトはイクスの部屋へと戻っていった。

「…いいんですか?」
「…仕方ありません。確認不足で彼女に期待を持たせたのは確かなのですし、捜索範囲が管理外世界まで広がる事を考えれば…今なら少しだけ渡航許可も下りやすいでしょう。」

 ため息をつきながらも、こんな難題をカリムに相談するのを考えると気が重かった。



 それから少し経った第97管理外世界の海鳴市、はやては月村家のリビングに居た。昔と変わらない正月番組にも飽きてしまい、町中を久しぶりに散策しようかと思っていたところ

【PiPi】

 端末が鳴る。ソファーに背を預けていたのを起きて姿勢を正し

「カリム? なんやろ? はい、八神です。」

 端末からウィンドウを開いた。

『はやて、休んでいるところごめんなさい』

 カリムとシャッハが映った。2人は近くに居るアリサとすずかを見る。すずかが手で『席外そうか?』と聞いてくるが重要な話ならカリムが言うだろうから『そのままで』と答えた。 

「いいよ。ゆっくり羽というか足伸ばしてたから。何かあった?」

『…あった…というかお願いなんだけれど…はやて、本局にも融通効くわよね?』
「融通してくれるかはわからんけど話なら聞いてくれる位のとこは知ってるよ? ちょっと待って、話し辛いなら場所変えるから。」

 彼女らしくない変な話に何が起きたのかと思いながら頷く。プライベートで話したいことがあるのかと考えソファーから立ち上がった。

『いいえ、はやての友人にも関係することだからそのままで。』
「私達も?」
「関係する?」

 無関係だと思っていたアリサとすずかもウィンドウを覗き込む。

「何か悩んでるなら相談乗るよ。」

 そう言った後、カリムが決心してはやてに対し爆弾を投げてきた。

『イクス様が…そっちに遊びに行きたいそうなの。明日から2日間の渡航許可を取って貰えないかしら』
「…………」
「…イクス様?」
「……誰?」

 アリサとすずかははやての顔を見る。        

(…イクス様…イクスがそっちに遊びに来たい? そっちってこっち? こっちって…海鳴?)
「はぁぁああっ? こっちにっ!? 明日からっ? 無理無理無理!」
「管理外世界への渡航制限知ってる? 現地出身者とその家族は申請したら直ぐに通るけど、ミッドチルダとか管理世界出身者は厳しい制限がある。チェントでも1週間かかったのに明日なんて絶対無理!」
「そもそも、何でイクス様がこっちに来たいって思ってるん?」

 カリムが言うにははやての生まれた町、ヴィヴィオが療養で過ごした町、プレシアとアリシアが引っ越してきた町、管理外世界を見てみたかったそうだ。
 外泊許可を取ってこっちに来て驚かせようと考えていたのだろうか…。
 ミッドチルダで暮らす民間人でも難しいのに聖王教会の重要人物か来たいとかどんな冗談だと思う。
 だが、無理だと伝えた後内緒でこっちに来ようとした時に起きる騒動を考えれば…無理矢理にでも渡航許可を取って2日間滞在した後帰って貰った方が余程良い。それに…
 イクスもそうだがもう1人の彼女の思惑も何となく判った。
 私やなのはの故郷、フェイトやプレシア、アリシアが過ごした世界。ここがヴィヴィオとチェントの起点になっている。そして…

(時間軸は違っても…オリヴィエの思念体本体が消えた場所…か…)

 2人が来たいと言うのも判る気がした。
 でも理由は理解出来ても法はそこまで甘くない。はやては勿論、流石にリンディやレティでも無理だろう。

『そうね…ごめんなさい。』

 沈んだ表情で頷くカリム。その時ふと思い出した。

(そう言えば…なのはちゃんの忘れ物を取りにヴィヴィオが戻るって…すずかちゃん家のゲートに来てなかったな…)
「あっ!!」
「カリム、全員で協力するなら来られるよ♪」
「「『ええっ!!』」」

 ニヤリと笑う。狸娘と称された彼女の中ではスケジュールが組み上がっていった。



【PiPiPi】

 その後、高町家のリビングに居たなのはに通信が入る。

「はやてちゃん? は~い、はやてちゃんどうしたの?」

 レイジングハートに頼んでウィンドウを出す。
 近くに居たフェイトとプレシアは振り向き、桃子も珍しい様子を見ている。  

『なのはちゃん、フェイトちゃんとプレシアさんも一緒にいるんやね。丁度よかった。』
「私たちが一緒なのが丁度いい?」

 フェイトは首を傾げる。

『カリムからお願いされてみんなに協力して欲しいんや。』
「騎士カリムから? 私たちに協力できるものなら協力するけど? 何?」

 翠屋のケーキを買って帰って来て欲しいとかだろうか?

『ありがとうな。イクス様が海鳴に来たがってるそうなんや。渡航申請を知らんかったそうやけど、ヴィヴィオにこっちに連れてきて貰う様に頼んでくれへん?2日位で帰るからその間はこっちで面倒見るよ♪』
「「「………はい?…」」」

 思いっきり予想外の話になのはとフェイト、プレシアは彼女の話が理解出来ず止まってしまう。

「なのは、イクス様って?」

 桃子が聞かれて我に返る。

「はやてちゃん? それは…」
「はやて! 私が執務官なの忘れてない? 申請なしで渡航は犯罪…」
『言われんでもわかってるよ。フェイトちゃんが執務官なのも知ってるし私も地上本部勤務やけど局員やし。それでもな…今なら…』

 苦笑いするはやてを見てプレシアはため息をついた。

「わかったわ。後で勝手に動かれるより彼女を知ってる人が多い今の方が安全なのね。リンディには私から伝えておくからあなたはアリバイ作りをしてくれるかしら? チンクにも頼まなくちゃいけないわね。」
『察ししてもろうてありがとうございます。ナカジマ家や教会関係は私とカリムで受け持ちますんで、ヴィヴィオに連絡お願いします。』
「ええ、今ミッドチルダに戻ったところだから研究所で待ち合わせしましょう。変なもの持たせないでね。」
『ありがとうございます。』

 そう言うとぺこりと頭を下げて通信は切れた。

「母さん、どうしてイクス様を?」
「わからない? イクス様は興味本位でしょうけれど彼女にとってここは特別な場所なのよ…ヴィヴィオの家族の故郷…私達が行くのを聞いて行ってみたい思ったのでしょう。私達が戻った後に来られる方が大変よ。」

 そう言われて無茶な話を引き受けたはやての考えがわかった。

「ここでは色々と問題もあるでしょうから…フェイト、月村さんにお願いして貰えないかしら。八神はやてが知っているなら彼女も知っているでしょう。なのはさんはヴィヴィオに連絡を、私もリンディに連絡して黙認を取り付けるわ。」
「「はい」」

 そう言うとなのはは言われた通りヴィヴィオに通信を試みた。

(……あれ?)

 続けてアリシアにも試みるがこっちも反応が無い。
 自宅に連絡したが暫く待ってレイジングハートに転送メッセージが届いてしまった。

「すずかに連絡したらはやてと一緒に話は聞いたから大丈夫だって。」
「リンディも黙認してくれたわ。何も起きないように注意してほしいそうよ。」
「なのは、ヴィヴィオは?」

 フェイトに聞かれる。         

「え~っと…ヴィヴィオとアリシアには繋がらなくて、家にも居ないみたい?」

 苦笑いしながら答えると

「………」
「………」
「「…ハァ~」」

 フェイトとプレシアは一瞬固まった後、揃って深いため息をついた。

「?」

 桃子が首を傾げている。

「フェイト、はやてに連絡して頂戴。もう1度連絡するからそれまでにイクスがいつでも出かけられる様に用意しておいてって」
「はい…」

 3人にはこの時気づいた。2人が何かに巻き込まれしまっているのを…。

~コメント~
 掲載が滞ってすみませんでした。(理由はあとで)
 今話はヴィヴィオというかイクスが巻き起こしたトラブルの話です。
 海鳴でマリアージュが大量発生…とかなったら大騒ぎですよね。
(それで済むとは思えませんが…)

 さて、掲載が滞った理由ですが。無事に北の大地から戻って参りました。
 外が氷点下で無かった日の方が少なかったです。
 
 お仕事の色々準備とか荷造りとかで気がつけば3週間があっという間でした。

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