第03話「影響される世界」

 その日、Stヒルデ学院の中でも暴力事件についての話題が飛び交った。
 先生やシスター達はStヒルデでも同様の事件が起きないかと気にしていた。
 しかし実際に何か出来るわけでもなく、そしてそれは私達も同じだった。
 起きた時に【どうすればいいか?】なんて話し合っていたら間に合わないし、起きてもいないのに警戒すればみんなが戸惑う。結局噂に尾ひれが付いていくことを考えて生徒会としては高学年のクラス委員には判っている事を伝えて何かあれば些細な事でも相談して欲しいと連絡し、低学年は先生とシスターに任せることにした。
 私とアリシアはその応対に追われてノーヴェの話は全く出来なかった。


 
 翌朝…

「…え、ええーっ!!」

 昨夜、私が眠った後に届いていたメールを見て思いっきり驚いた。

「ヴィヴィオ~どうしたの?」
「声、キッチンまで聞こえてたよ」

 私が挙げた声を聞いてなのはとフェイトが部屋に顔を出した。

「なのはママ、フェイトママ大変! ノーヴェが港湾レスキューを辞めちゃった!」
「「!?」」

 届いていたメールははやてからだった。
 メールを開いて3人で読む。
 昨日はやてとノーヴェの上司、ヴォルツとノーヴェの保護者のゲンヤが彼女を交えて話をしたと書かれていた。
 ヴォルツやはやては今の仕事量を調整して指導をするか、教導隊のカリキュラムを受けて適性を見てから考えてはどうかと言う提案もした。
 しかし彼女は【中途半端になればどっちにも迷惑かける】と言って引かなかった。
 彼女が持っていた有休休暇は最大日数になっていたので、一旦休暇扱いとして様子を見ると言う形で納めた。
 メールを読んで私を含めた全員が彼女の意思と行動力を見誤っていたのに気づいた。
 
「う~ん…はやてちゃん、今の仕事をしながらでも時々Stヒルデに行ける様に準備してたんだけど、ノーヴェが先に動いちゃったみたいだね。」
「でも、このままじゃノーヴェ捕まっちゃうんじゃ?」
「それは大丈夫、ノーヴェは港湾レスキューに入ってすぐに保護観察処分は解除されてるんだ。『みんなで協力しないと危険な仕事なのに、そんなもの邪魔にしかならない。何かあったら自分が責任を持つ』ってノーヴェの上司が直談判したんだって。私も昨日調べて知ったんだ。」
「そこまで信頼してくれてたから、中途半端に投げ出したく無かったのかも…放課後ノーヴェと話してみたら? ママからクラブの練習のトレーナーとしてStヒルデに行くように言っておくから。それよりも用意しないと遅刻するよ? フェイトちゃんも」
「あっ!」

 そう言われて私は急いで着替えて朝の用意を調え学院へと向かった。

 
       
「うわ~、思い切り早いね~。」

 クラスに入った後、先に登校していたアリシアに早速彼女の事を話した。
    
「びっくりしたよ。おかげで遅刻しそうになっちゃった。」
「クスッ、でもノーヴェさんの上司さんも判ってたんじゃないかな。ノーヴェさんのことを見ていたら気づいてたかも知れないし…1週間考えてたんでしょ。だからノーヴェさんの為にも引き留めるより勢いつけて送り出しちゃった方がいいって。そう考えたんじゃないかな」
「ノーヴェ、放課後に来るらしいけど…アリシアも話する?」
「ううん、私はいいよ、ヴィヴィオに任せる。私が入ると話しづらい事もあるかも知れないし…、それにそっちも気になってたんだけど、昨日の事件の方が気になっててもう少し調べたいの。」
「え? 昨日のってコロナとリオが教えてくれた暴力事件?」

 ニュースとしては珍しいけれど、昨日は特に気にしていなかった彼女が興味を持っていたのに驚いた。

「うん、帰ってから少し調べた。喧嘩は女の子同士って言っても1対3だったんだけど、怪我した3人に虐められてたみたい。で、その時に虎の尾を踏んじゃったと…その子…リンネって言うんだけど何かされたんだろうね。」
「虎の尾? 虎って向こうの動物?」

 聞きなじみのない言葉に首を傾げる。

「あ~…、うん、猫を大きくした感じで、何かのきっかけでもの凄く怒っちゃうって意味なんだけど、それは置いておいて…怪我をした方は相当酷かったみたい。複数の骨折と頭を掴んで顔から壁にぶつけられたり靴箱に蹴り飛ばされて辺りも…グシャグシャ…」

 思わず「うわ~」と呻く。
 キャットファイトというレベルじゃない。聞いただけでも痛そうだ。

「3人は入院中でリンネは保護センターで治療を受けて保護されてる。」

 昨日の今日で良く調べたと思わず感心する。

「確かに酷い事件だけど…どうして気になるの? ここじゃそこまでならないでしょ?」

 生徒会長として気になったのかと思って聞くと彼女は少し考えた後手をポンと叩いた。

「え?…あっそうか…私…その…リンネを知ってるんだ。こっちの彼女じゃなくてあっちの…ヴィヴィオがゆりかご動かしてた時に彼女に助けて貰ったの。」
「!?」

 思わず声が出そうになって慌てて自分の口を塞いだ。

 

「うそ…」
「そんな嘘言っても仕方ないでしょ。あっちとこっちにミウラさんが居た様に同じ人は居るわけだし。」
「それでね、ここからは私の勝手な考え。あっちとこっち…色々繋がってるでしょ。だからストライクアーツについても私達の判らない所で惹かれあってるんじゃないかなって思ったの。」

 ヴィヴィオが行き来している複数の時間軸、同じ様に見えても何処か少し違っている。
 ブレイブデュエルの世界然り、大人の私達が居る世界然り…
 こんなところで繋がってるんだ~と私も何度か驚いた事があった。
 でもそれは私基準であって、私達が居る世界と他世界を比べた時に似ていた物事についてみていたから向こう側の世界を基準にした時に私達の世界が繋がったという感触は持っていなかった。
 だからアリシアの言葉に心の中で驚いていた。

「そう思ったのが一昨日のノーヴェさんのこと、あっちのノーヴェさんって何をしてたか覚えてる?」
「うん…ジムの…あっ!」

 言われて思い出した。
 異世界のヴィヴィオはストライクアーツを練習していた。彼女が所属していたのはノーヴェが会長となって経営しているジムだった。
 あっちの彼女は既に退局していたのだ。

「私も昨日の夜に思い出して、ストライクアーツが影響して色んなものが近づいていくんじゃないかなって思ったんだ。」
「それって…私達が動かしちゃった…」

 ストライクアーツという名前が公式化されているのも含めて今度の動きには私とアリシアは深く関わっている。
 アリシアを守る為に作った技術を汎用化して生まれたのが魔力コアで、それを周知させる為にアリシアやヴィヴィオは動き、はやては管理局をプレシアは聖王教会を動かした。
 一気に物事が進んだからそっちにばかり目を向けていて落ち着いて振り返ることは無かったけれど、よく考えれば魔力コアの存在からストライクアーツが繋がっている。
 ヴィヴィオ達が異世界に行くことでその世界に影響を与えた事は何度かあるが、逆に与えられたことは数える位しか無い。
    
「そうじゃないかも知れないけど…そうかも知れないし…」
「じゃあ、ノーヴェの事って…」
「それも判んない。でもStヒルデが今みたいな事になってなかったら…多分起きなかった。ヴィヴィオ、ノーヴェさんに会う時絶対に今の話しちゃ駄目だからね。今度のがノーヴェさんの意思で決まってなかったら…どうなるか本当に判らなくなっちゃう。」
「わかった。」

 私は静かに頷いた。


「アリシア、行ってくるね。コロナ、リオ、また明日~」

 授業が終わるなり私はバッグにノートを詰め込むと教室を駆け出た。
 目指すのは中等科の屋内練習場。練習が始まる前に指導陣が集まっている場所へと急ぐ。

「ノーヴェっ!」

 着くなり彼女を見つけた。

「ヴィヴィオ?」

 彼女は私を見て少し驚いていた。

  

「ノーヴェ、その服…」

 私とノーヴェは練習場の隅にあるベンチに座った。

「ああ、動きやすくていいんだけど服に着せられてる感じがして…似合ってないだろ」
「ううん似合ってる。教導隊員みたいで格好いい。」
「今日来る前に貰ったんだ。『Stヒルデに行くときはこの服を着て欲しい』って、元管理局員が着て良いのかわかんないけど、レスキューや地上の制服はもう着られないからな。ヴィヴィオ、帰ったらなのはさんにありがとうって伝えてくれ。」

 今朝なのはがノーヴェに言っておくからと言っていたのはこういう事だったのだろう。

「うん。それで…ノーヴェ、この前はごめんね…バカなんて言って。ノーヴェの気持ちとか考えないで言っちゃった私の方がバカだった。」

 立ち上がって彼女の前で頭を下げる。

「そんなこと、全然気にしてないよ。寧ろヴィヴィオとアリシアに言われて気づいたんだ。私が何にも考えないで、家族やレスキューのみんなの事を考えないで突っ走ってた。昨日のこと、はやてさんから聞いたんだろ?」

 促されて再びベンチに座ってコクンと頷く。

「はやてさんも隊長も父さんも辞めないでもいい方法を色々考えてくれたんだ。」
「レスキューが嫌いな訳じゃないし大切な仕事だっていうのも判ってる。ここで教えるのも好きだ。どっちも…なんて中途半端なことをして逃げたくない。みんなに教えるなら全力でしたい。一緒に頑張って、悩んで、喜びたいって思った、だから辞めた。」
「トレーナーとかの資格も色々取らなきゃいけないから暫くは家で勉強しながらここに来ることになるけどな。これからもよろしくな、ヴィヴィオ」

 アリシアが言っていた他の時間軸からの影響、それもあるかも知れない。でも彼女が彼女の意思で進むと決めたのを知って私も応援したいと思った。

「うん」

 頭を撫でられて頷いた。


 その後私は練習が始まるのをそのまま眺めていた。
 多くの指導員は他の場所に向かう為に出て行きここには4人が残った。
 何人かの先生と中等科と初等科生が20人ほど入ってくる。初等科生は私を見て手を振ってくれたので私も手を振り返した。
 手が足りなければ手伝おうと考えていたが4人で十分見られる人数だと指導員の会話を聞いて見ることにした。    
 デバイスの起動で失敗する下級生、初期の魔法を起動する中等科生、魔方陣の展開が上手くいかない先生…こうやって外から見ると全員がバラバラに練習している。

「高町ヴィヴィオちゃんよね?」

 眺めていると女性から声をかけられた。
 制服を見ると本局教導隊の制服を着ている。

「はい。」

 会釈をする。
  
「今日は見学…というかナカジマさん…だよね。話を聞いてビックリした。」

 苦笑いする彼女に

「ノーヴェは友達だから、私も聞いて驚きました。でも…友達だからノーヴェがしたいって思ってるなら応援したいです。」
「うん。ナカジマさん、教導カリキュラム受けてないのに教えるの凄く上手。今まで私達、教導隊は魔力資質が高くて魔法が使える生徒を選んで教えてた。より高いレベルに手が届く様にって、基本的なところは訓練校で教わっているからね。」
「でもここは違う。魔力コアをどんな風に使っていくのか、今までの方法で教えるんじゃなくて新しい方法を作っていく、私達もみんなに教えながら教わってるの。だからナカジマさんの凄さがよくわかる。」
「えっ?」

 彼女を見ると指でノーヴェを指していた。ノーヴェは中等科生と少し話した後離れて様子を見ながら隣で練習していた初等科生に声をかけている。

「練習用のカリキュラムを全部覚えて、躓きやすいところを知っているのよ。今日来ている人全員の癖なんかも何度か見て話して予想して…」
「それだけじゃない、どうすれば出来るのかを教えるんじゃなくてアドバイスだけしているの、きっとここの全員位は覚えてるんでしょうね。辞めたいなんて言わなかったら教導隊に欲しい位。」

 笑顔で言う彼女、私にもそれがどれだけ凄いことなのか震えた。
 作られたばかりのカリキュラムだから全員が全員予定通りに進められる訳がない。
 管理局も聖王教会もデバイスメーカーもデータを集めながら進めている。
 そんな中でノーヴェはカリキュラムを覚えるだけじゃなくて自分なりにアレンジし、その上で個々に合わせて躓きそうなところを予想してアドバイスを考えている。しかもアドバイスの内容も直接教えるんじゃなくて個々に気づかせる形で…。
 それに気づいた私はは彼女のトレーナーとしての能力だけでなく彼女の熱意を知った。

「コラーッ! サボってないでこっちに来い!」
「見つかっちゃった。ヴィヴィオちゃん、ナカジマさんの事、応援してあげてね。」

 そう言うと彼女はノーヴェ達のところに向かった。 
 


 私は居ると練習の邪魔になると思って生徒会室へと戻った。

「おかえり、お話出来た?」

 生徒会室にはアリシアと2人生徒会のメンバーがいた。私の作業分をしてくれているらしい。

「うん、お願いしちゃってごめんね。私もするから早く終わらせちゃおう。」

 そう言うとアリシアの隣に座って端末を出してウィンドウを開いた。

~コメント~
更新が遅くなりました。
ようやくVividStrikeのリンネの名前が出てきました。
そしてノーヴェの退官…色々と進んでいきます。

 

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