08話 「受け継がれる血脈?」

 フェイト達に注意を受けた後、キャリアが途中で飛び出して行ったのが気になっていたエリオは部屋に急いだ。
 部屋に入ろうとした瞬間キャリアとすれ違う。彼女の瞳は涙が滲んでいた。

「キャリア」

 呼び止める。しかしエリオの声が聞こえなかったのか無視したのか、どちらなのか判らなかったがキャリアはそのまま走り去ってしまった。

「キャロ!」

 一体部屋の中で何かあったのか?部屋に戻るとそこにはベッドの上で頭から半分シーツをかぶったままのキャロが呆然としている。

「どうしたの、キャロ?ねぇ?」
「エ・エリオ君・・」

 近寄ったエリオの姿が視界に入った時、袖をギュッと掴んだまま泣き始めた。何がどうしたのか、その時エリオにはさっぱり判らずただ狼狽えるだけしか出来なかった。


「キャロ、何か飲む?」

 それから暫く時間が過ぎ、キャロが落ち着いてきたのを見計らってエリオはキャロを部屋の外に連れ出すことにした。何があったかまだ判らないけれど部屋の中で落ち込んでいるよりはいいだろう。それにまだ夕食には時間が早く他の局員に出会うことも無いだろう。
 キャロもコクリと頷く。でも握った袖口を離さずギュッと握りしめたままだった。
 飲み物をトレイに乗せキャロの待つテーブルに戻ってきた時、エリオは入り口にキャリアを見つけた。
 キャリアもこっちに気付いたみたいだ。
 エリオの脳裏にいつもの2人の争奪戦が浮かび思わず息を飲む。
 しかし・・・キャリアはキャロに気付いた瞬間、まるで避けるかの様に部屋を出て行ってしまった。
(キャリア・・・何が一体・・)


「ふぅ・・僕はどうすれば・・・」

 夜間訓練でもキャロは誰から見ても元気が無く。理由を予想できたなのはは

「今日は個別練習にしよっか」

と練習メニューを切り替える。集中出来ないまま合同練習をすれば身につかないだけでなく、大怪我の危険もある。
 まだキャロには仕事とプライベートの全てを切り替えるのは難しいのだろう。
 そしてその練習も終わり解散した後、エリオは1人残って岸壁に座りこんでいた。

「あの時、キャロもキャリアを見つけて何か驚いていた。キャリアもわざと僕たちを避けた・・ううん、あれは僕たちじゃなくてキャロを避けたのかも。キャロもキャリアも大切な友達だけど、僕はどうすれば」

 はやてに言われた後、キャリアは何かに気付いて僕たちの部屋にやって来た。多分キャロに何か言おう・・謝ったのだろう。でもその時に何かあったのか・・
 更にエリオが部屋を出て行く前にフェイトから投げかけられた「頑張れ」という言葉も引っかかっている。
 2人でちゃんと話し合って貰えれば・・でも無理矢理会わせても今以上に酷くするかも知れない。考えれば考える程どうすればいいか判らなくなっていく。

「・・・・僕は・・どうすれば」
「誰か相談してみてもいいんじゃないかな?」
「!!」

 無意識に呟いていた言葉に応えるかの様に背後から突然声が聞こた。バッっと振り向くとそこにはなのはが立っている。

「なのはさん・・・・」
「エリオ、隣いいかな?」

エリオの隣に腰を下ろす。

「キャロとキャリアの事・・だよね?見ていると昔の私を見ているみたいで凄く懐かしい」
「昔の・・ですか?」
「あ~信じてないでしょ。私もフェイトちゃんもはやてちゃんも子供の頃はあったんだから」

少しふくれて言うなのはが可笑しかった。

「昔ねフェイトちゃんとケンカしたことあるの。本当に周りがヒヤヒヤする位凄いの」
「もしかしてジュエルシードの・・」

エリオの質問に答えずそのまま続ける

「その時にね、クロノ君・・フェイトちゃんのお兄さんね。私とユーノ君が無茶苦茶な事言ってたから、今のエリオの様な顔をしてた。」

 クロノ提督、航行部隊の提督。冷静沈着で六課の後見人でありフェイトの兄でもある。
 モニタ越しに何度か見たことがある位、でも人望も厚く素晴らしい人というのは彼を知っている人から聞いている。
 その人が今の自分の様な顔をしていた事に少し驚いた。そんなエリオにキーを差し出す。

「今日は別の部屋を用意してもらったから、そこを使ってね。まだ・・キャロとキャリアと顔合わせづらいでしょ。でもあまり遅くならないでね」

 そう言い残すとなのはは宿舎へと戻っていった。

「クロノ・ハラオウン提督か・・・」 
 
 エリオの中でどうすればいいか、それはもうわかっていた。

 
「失礼します」
「ん?エリオどうしたん?朝から」

 翌朝、エリオは宿舎の八神家を訪れた。
 八神はやてと守護騎士の面々が宿舎の中で大きな部屋を使って暮らしている事から、六課の局員は誰からという風でもなく「八神家」と呼ぶようになっている。

「あの・・今日ですが・・・」
「うん、わかった。後で聞いてみるな」
「おねがいします」

 はやてに何かを頼んだ後、そのままオフィスへと向かった。フェイトに許可を貰うために



「ああ、わかった。着艦後はメンテナンス要員に引き継ぎを行った者から順次シフト交代。久しぶりの家か・・・」
 
 時空管理局格納庫、そこには巡航館から戦艦クラスの艦船がいくつも停泊している。
 クラウディアと呼ばれる艦船から1人の青年が降り立った。
 クロノ・ハラオウン提督。
 彼は久しぶりに座る本局内にある自室の椅子の座り心地に違和感を覚えつつ、今か今かと定時になるのを待っていた。家では久しぶりに会う妻と子供達が待っている。
 そんな所に端末からコール音が鳴り響く。誰からだろう?と思いながらも繋いだ。

『久しぶりです、クロノ提督』
「はやてか、何か色々と大変だった様だが大丈夫か?」

 クロノに連絡を取ったのは自らが後見人を務めている機動六課部隊長、八神はやてだった。
 つい先日調査部から泣きつかれて機動六課との橋渡しという汚れ役を引き受ける事になった事を思い出し思わず苦笑いをする。
 だが機動六課もそうだがミッドの地上はそれ以上に大変だと聞いている。

『まぁ、こっちはボチボチと・・今日はちょっとお願いがあってなんですけど・・・』

何事か?一瞬だけ警戒するが、話を聞いてホッと安堵する。

「ああ、別にかまわないが。家に連れて行ってもかまわないか?エイミイやアルフも喜ぶだろうし」
『まぁ・・その辺は当人と話して決めてもらって・・・もうそろそろ着くと思いますんで』
「ああ」

用件だけ伝えるとそのままはやては端末を切ってしまった。
 地上の様子をもう少し聞きたかったが、便りが無いのが良い便りなのだろう。そう考えていると受付より再びコールが鳴る。まるで測ったかの様なタイミングで

「ああ、聞いている。私の部屋に」


「失礼します」
「どうぞ」

 少し緊張した様子のエリオが入ってきた。
 無限書庫から出向しているトーリア博士を六課から本局まで護衛した後こっちに寄ったらしいが思っていた以上に早かった。

「直接は・・はじめましてだな、クロノ・ハラオウンだ」
「機動六課エリオ・モンディアル三等陸士でありますっ」

 エリオの慣れない口調が少し可笑しく思わず笑ってしまった。

「すまない。全くの他人じゃないんだ、もっと崩して貰ってかまわない。立ってないでそこに座って待っていてくれ」

と友人である不真面目な監察官が置いていったティーセットを取り出し2人分の紅茶を入れはじめた。
 暫くしてティーカップをエリオの前に置き、もう1つを手に持る。

「それで、はやてから連絡を受けていたが僕に聞きたいことというのは?」

 エリオ・モンディアルの保護者になる。
 数年前フェイトからそう聞いた時は真っ向から反対した。
 執務官になったばかりの少女が保護者と言うのもそうだったが、調べれば調べる程保護対象者『エリオ・モンディアル』は暴力的だった。拘束しつづける事でなんとか凌いでいると報告も入っている。
しかし、フェイトは頑として譲らず結局保護者になった。後でエリオもプロジェクトFによって作られた人間だった事を聞き同じ境遇の者として何とかしてあげたいと彼女が考えたのも予想がついた。
 
 以前にエリオの事を聞いた時、フェイトは屈託の無い笑みで「素直ないい子だよ」と言っていた事で心が通い合ったのだろうと安堵した。
 そして今日はやてからの連絡で初めて会う事になり少しだけ興味をひかれたのかも知れない。
 実際最初のやりとりでその言葉通り「素直な良い子」というのが十分に判った。
 今日何のために来てくれたのかは判らないが、時間が許せば家に招待しようと考えていた。
 エイミイもアルフも喜ぶだろう。

「それで、僕に聞きたい事というのは?」
「あの・・・クロノ提督は女の子同士のケンカをどうやって治めたのですか?」
「ブッッッ!!ゲホゴホッ!!」

唐突に吹き出してしまう所だった。気管に入り思わず咽せる

 聞けばフェイトのもう1人の保護児童キャロとトーリア博士の息女キャリアが何かにつけてエリオを巻き込んで口喧嘩になり、先日それが引き金になって2人の関係がギクシャクしだしたらしい。
 それでどうしようかと考えていた時になのはからPT事件の事を聞いてクロノに相談を持ってきたと言うのだ。
 男連中が聞けばこの上ない幸せな環境なのだろうが、まだエリオには早いのだろう。

『本当に素直な子だ・・・色んな意味で』

という感心と同時に

『なのはは何てことをこっち持ってくるんだ』

と心の中で悪態をついた。

 このまま判らないと言って返したり変な事を教えればはやてやなのは・フェイトを通じてエイミイやリンディにまでその話が回るのも想像がつく。
 もしかしてそこまで読んでいたのか?はやてとなのはは

「どうすればいいのでしょう・・・」

余程困り果てているらしい。突き放す様で済まないが事実を話すことにする

「あの時・・PT事件の時はなのはが自分の信じる道を進んだだけだ。あの時は無茶な事だと真っ向から反対もしたが今はその事に感謝している。そのおかげで今エリオと会えたんだからな。私に言える事は少ないが・・・エリオはどうしたいんだ?その・・・どちらかを選べるのか?」

 クロノ自身かなり酷な事を言っている自覚はあった。
しかしこればかりは当事者達に解決して貰うしかなく、気の利いたアドバイスも出来るはずもない。
 そこでエリオ自身がどう思っているのか?それともう一度見つめて貰おうと考えた。まだ恋愛感情というより同じ年頃の友達の感覚なのかも知れない。

「いいえ・・・2人に仲良くして欲しいだけ・・です」
「答えは出ているんじゃないのか」

 それ以上クロノがそれ以上何も言わなくてももう答えは出ている様だった。

 その夜、クロノはエリオを家に招こうとしたが、2人の事が気にかかっているらしくやんわりと断られてしまった。
 帰宅したクロノを待っていたエイミイが「今日エリオと会ったそうだね、何か相談事?」相変わらずエイミイの耳の早さに感嘆しつつも、六課も人間関係が複雑らしい・・と少しだけ漏らした。

 同じ頃、深夜近くに戻ったエリオはまだ2人と明日どういう風に伝えようかと悩んでいた。そう簡単に答えが出るわけでも無くそのまま微睡みに身を任せてしまう。
 
 それから暫くして、眠りについた彼の部屋の扉が音も立てずに開き中に入る影。その影は少しずつエリオに近づき手が届く所まで来た時、正面から首を絞めにかかった。

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