10話 「2人で1つの」

 時空管理局医療班、本部と支部を間違えない為に「医務局」と呼ぶ者もいる。時空の狭間に作られた建物の中には管理世界の高度が魔法技術があらゆる場所で使われている。
 それは中にある医療班も同様で、他管理世界より高度な医療技術が集中していた。
 
「やっと着いた・・・」

 クラナガンの中央ゲートを通り辿りついたエリオは深くため息をついた。
 それは八神はやてより受けたキャロとキャリアの護衛任務が原因では無く、この2人が発する何か恐ろしく重い空気に耐え続けて緊張の隙間から出たため息だった。

 機動六課を発ってクラナガンまでの列車の中、そしてクラナガンの駅から地上本部への間、更に地上本部ゲートを通り本局医療班までの間もキャロとキャリアは一言も話さず、ただ互いに意識しているように思えた。
 途中列車が止まっている間にエリオが飲み物を買って2人に渡した時

「ありがとう」

と声を揃えて言ったのが唯一会話らしい会話だったかも知れない。
 その後もエリオは【ケンカの理由】と誤解を解こうとキャロに念話をしたが、キャロがキャリアと話さないでいるのは別の事が理由らしく、2~3言会話した後そのまま黙ってしまうのだった。


「エリオ、キャロ」
「キャリア」

 3人が受付に行くと突然名前を呼ばれる。振り返るとそこにはユーノ・スクライアとトーリアが立っていた。

「お父さん」
「ユーノさん」

 トーリアが機動六課で見た姿とうって変わった様に大人しいキャリアに気付いて

「どうしたんだい?エリオ君やキャロさんとケンカでもしたのかい?」
 訪ねるとキャリアは自重的な笑みで返した。

 そんな2人を横目に見つつキャロはポシェットから1枚のカードを取り出しユーノに渡す。

「八神部隊長から預かってきました。」

 はやてがエリオの知らない間にキャロに言付けたらしい。ユーノはそのカードを受け取ると

「ありがとう、早速始めようか」

 そう言いながら近くの扉を開け3人を中に招き入れた。


 はやてからのカードの中には先日何が起きたのかがある程度まとめられ、キャリアがエリオに襲いかかった事も複数の方向性からの可能性についても書かれていた。
キャロと彼女の中に居る「もう1人のキャロ」についてもそれぞれの意志で入れ替われる事、もう1人のキャロが魔力波長を自由に変えられる事も記載されていた。

 また、この時点ではやても次にどうなるのか予想がつかず、ユーノとトーリアに道標だけでも貰えたらと考えているのはユーノにも十分伝わった。
 だが、ユーノは遺跡や古代文字・魔法については専門分野であり、医療系は専門外である。はやてが一緒に入れた映像を専門分野に近いトーリアが見終えるのを待つことにした。

 目の前の部屋ではエリオとキャロ・キャリアがカプセルの様な容器に眠っている。
 ユーノが見る限りでは3人とも特に異常は見つからない。
 強いて言えばキャロの魔力波が複数確認出来るだけだったが、これはもう1人のキャロが目覚めている事を示していると言えた。
 だが、トーリアにとっては幾つかの異常を見つけるに十分だった。

「エリオ君。すまないがキャリアのカプセルの横に立ってくれないか?キャロさんとキャリアはそのままで」
「「はい」」

 マイク越しに指示された通りエリオはカプセルを出てキャリアの横に立つ。何かあるのか? そんな緊張した時を過ごしていると

「ありがとう。みんなもういいよ。こっちの部屋に来て」

 トーリア声を聞いてエリオの危惧が勘違いだった事に安堵した。


「ユーノさん、キャロさん。以前使った魔法・・・キャリアにもう一度お願いできませんか?」

 エリオ達が部屋に戻ってきたのを見計らって、トーリアが2人に頼む
「え?はい・・」
「何か判ったのですか?トーリアさん」

 トーリアがキャリア達に心配をかけたくないという配慮からか『司書長』の肩書きを付けずに呼んだのに合わせて、ユーノも肩書きを外して問いかけた。
 唐突に言われた事でキャロは首を傾げながらも頷いている。

「・・・・・・これを」

 先程見ていたキャリアのリンカーコアと六課に来た頃のキャリアのリンカーコアのデータをモニタに出した。

 リンカーコアは魔力の変換効率と変換量によって個々に大きさや密度も異なり、幼少時から成年時までに大きく密度を上げていく。それはキャロもエリオも同様だった。
 キャリアもその傾向があったが、コアの効率と密度のバランスが崩壊し、それが命に関わり以前の事件を起こす要因となった。
 だが、そのバランスもキャロ達の魔法によってリンカーコアが正常に動き出したのをトーリアも見ていた。

しかし・・・

「・・・あれ・・・何かヒビの様なものが」
「・・・本当・・」

 この中で目の良いエリオとキャロがコア外部に何か線の様な物が走っているのを見つける。その声に併せるかの様にトーリアが拡大させるとそれははっきりと判った。

「まだキャリアのリンカーコアは動き始めたばかりだからだと思うよ。ほら、病気も治りかけが一番大切だっていうだろう。キャリアもちょっと辛かったんじゃないのかい?」

 深刻な状態だと思って顔を青ざめさせていたキャリアはトーリアの言葉でホッと肩を撫で下ろしながらも、言われて心当たりがあったらしく頷く。それを見てキャロも再び頷いて中のキャロに聞いた。


「わかりました。キャロいいかな?」
(もちろん。いくよっ!キャロ)

 キャロが両手を胸にあて小さく何かを呟くとキャロを中心に魔法陣が現れる。そしてその両手を静かに前にかざす。
 するとキャロの手のひらに光が集まりやがてそれは球体へと姿を変えた。その球体は更に輝きを強めながら大きくなっていく。

「・・・」

 ユーノは少し驚いた。少し前は補助しないと上手く構成出来なかった魔法が今ではもう完全に使いこなし、更にロストロギアの人格とぴったりと息が合っている。
 元々支援や回復等の魔法の素地があるのかもしれないが、それでもキャロ達の努力が無ければこの魔法が完成する事もなかっただろう。
 前回の魔法が不完全な物でキャリアの症状が出ていたのなら、今度こそ完治できるだろう。そう思いつつキャロの魔法を見つめていた。


『・・・もうちょっとだけ強く・・・』
(うんわかった。)

 リンカーコアを修復する魔法。
 キャロともう1人のキャロが力を合わせ2つの魔法陣が織りなす唯一の魔法。
 それは2人にとっても特別な意味を持つ魔法。
 キャロ達はただ互いの『繋がり』を感じていたかっただけ、そんな気持ちからか使う事の無いこの魔法を2人は時間を見つけて練習していた。
 膨らんでいく球体は両手に収まる程の大きさになったところで止まり、完成をみた。



「あれはどういう意味だったんだろう?」
 検査を終えクラナガンから六課へと戻る列車の中でエリオは1人窓の外を眺めていた。窓には後ろで寄り添って眠るキャロとキャリアの姿が映っている。
 キャロのフリードの召還を初めて見た時、いやそれ以上にキャロの姿が神秘的に見えた。
 キャリアが再びカプセルに入った時、その事をふと口にしたらキャロに一言「バカ♪」と頬を染めて言われてしまった。
 そんな事もあったが、それ以上に嬉しかったのはキャロとキャリアの仲を少しだけ解くことが出来た事だった。
ユーノとトーリアがキャリアの診察結果を調べている間、エリオはキャロとキャリアに今の気持ちを素直に話した。
 クロノに言われた通り『今エリオ自身が2人に対してどんな風に思っているか、そして2人に・・・』
 それを聞いたキャロとキャリアは微妙な表情をしていながらも休戦してくれたらしい。キャロはまだ何か思うところがあったみたいだったけど。

 ただ、医療班から地上本部へのゲートに戻る際、エリオはトーリアから気にかかる事を言われた。

「もしあの子・・・キャリアが君や君の家族と2人きりになる時があったら気をつけなさい」

 この言葉がエリオには引っかかっていた。
 先日彼が機動六課に来た時はむしろ率先してキャリアとの仲を深めようと裏で画策していたとシャーリーから聞いている。
 それなのに、今は全く違った事を言っている。しかも家族って、キャロ?フェイトさん?
 ミッドチルダの夜景を眺めながらエリオは1人考えていた。



「ただいま戻りました~」
「ただいま~」
「遅くなりました。」
「おう、3人とも遅かったな。本局で迷わなかったか?」

 エリオ達が宿舎の扉を開けて入ると通りがかったヴィータが答えた。タオルを持っているから今からお風呂に行くのだろう。

「大丈夫です。以前行ったことありますから」

 あまり思い出したくない過去。でもそれを表に出すことは無い。

「だな! あっお前達も突っ立ってないで早く入らないと風呂に入り
そびれるぞ。そうだ、今すぐ3人とも着替えを持ってシャワールーム前に集合! 命令だ!」

 そう言い残すとヴィータはスタスタとシャワールームの方へ行ってしまった。

「え・・・僕も?」

 エリオには何か嫌な予感・・・いや既に確信と言える物を感じずにはいられなかった。



『カポーン』

 どこからとも無くそんな音が聞こえてくる。

「ねぇ、エリオく~ん?」

 昔誰かが『命の洗濯』と例えていたのを聞いたことがある。

「どうしたの~?エリオ」

 疲れた時は全身が解れる様でゆっくり入るのが好きだった。

「そんな所に隠れてねーで速く来いっ!」

ただし・・・

「キャロ・キャリア、エリオを引っ張ってこい」
「はい」
「わかりましたっ!ヴィータさん」
「ちょっと待って!すぐ行くから引っ張らないでっ」

 それがキャロやキャリア、ヴィータと一緒に入る時はそんな世界と無縁になるらしい。
 自己逃避モードに浸っていたエリオだったが、キャリアが手掴んで中に引き入れようしたのに慌てて我に返った。

 少し前、第97管理外世界へ行った時も同じ様な事があった。
 でもその時はキャロだけでキャロもタオルを巻いていたのだけれど、ここには・・・

「別に見せても減るもんじゃねえし」
「その通りですっ!」
「えっ! えっ!」

 狼狽える1名を残してタオルすら巻く気が無い2人も一緒で、ただ慌てるしか出来なかった。



一方外では

「ねぇルキノ、これって暗号?」
「何だろうね?」

 シャワールームに繋がる入り口に紙が貼られ『今入るなら覚悟しとけよ!』と大きく書かれていた。

「覚悟って、何かあるのかな? ちょっとだけ覗いてみない?」
「アルト、止めておけ」

 中の様子が気になるアルトが扉に手を触れた時、2人の後ろからシグナムが声をかけた。

「ヴィータが書いたらしい。中で何をしているのかは知らないが、入ると後で何が起きても責任は取れないぞ」

 ヴィータの性格を一番良く知る者の発言に2人は文字通り震え上がり脱兎の如く立ち去った。
 それを見てフッっと笑いつつ

「ヴィータもこういう事に気が回るのだな」

と半ば感心しながらシグナムもその場を後にした。



 慌てているエリオを浴槽の中で見つめているキャロはキャリアと一緒にエリオを連れ込むべきか悩んでいた。
エリオもキャリアも覚えていないが、キャロははっきりと覚えている。昨夜キャリアはエリオに襲いかかったのだ。あの時は運良く「ペンダント」を使われなかったからエリオの念話が届いて助けることが出来たのだし、中のキャロが機転を利かせてロックを外し駆け込んだ勢いでキャリアを突き飛ばしてくれなかったらどうなっていたのか。
 キャロはエリオと交わした約束に縛られているのに気付いていなかった。しかし、もう1人のキャロはこの様子が不満だったらしく

(ねえ、キャロ? 私達もエリオのところ行こうよ~)
『でも、昨日みたいな事があったら・・・』
(ヴィータさんがいるんだから大丈夫だって)
『うん・・・』
(もうっ!じゃあ私が遊ぶっ!)
『えっ!?』

 そう言った瞬間、キャロはザバッっと湯船から出て

「お兄ちゃん、一緒にはいろ♪」
「ちょ・ちょっと、キャロっ!」

とキャリアが引っ張っている手と反対側の手を取り有無を言わせず、2人がかりで浴室に引きづりこんだ。

 その直後悲痛な声が六課中に響いたとか響かなかったとか・・・・合掌


~~コメント~~
 かなりご無沙汰になってしまいました。本当にすみません。
 どんな?と聞き返されそうですが、そんな訳でキャロSSアフターの10話です。
 マッタリとした流れの中に幾つかの伏線、この後一気に物事が進みます。

 それはさておき、幾つかのイベントがあったようで、参加された皆様お疲れ様でした。特に夏のコミックマーケットはかなり大変だった様で今年初めて(?)関西のニュース番組で様子が流れていました。
 コミケでは「鈴風堂」の新刊に「アリサ・バニングスの憂鬱」と「時空管理局通信Vol13」に「雛鳥達のConcerto -協奏曲-」(コンチェルトと読みます。どこかでコンサートと聞きましたが間違いです)を書かせて頂きました。
 通信の方は書き終えているので、久しぶりに読んだ文に穴があったら入りたい気持ちでした。

 近日中に大阪でのイベントでも販売されるそうなので、もしよろしければ読んでやってください。

 

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