02話 「もう1人のマテリアル」

 アリシアが高町邸に身を寄せて数日が経った。
 ヴィヴィオも新たな家族に慣れてきた頃、高町家ではちょっとした問題が起きていた。

「アリシアっ!! 起きて、もう朝だよっ!!」
「…あと5分…」

 普段は持ち前の明るさや誰にでも優しくて同学年や低学年に人気がある彼女
 でも…

「朝ご飯食べられなくなっちゃうよ」
「…じゃあ…あと1時間…」
「1時間って、遅刻しちゃう!! アリシアってば!」
 ヴィヴィオを含む家族全員、彼女が朝にここまで弱いとは思っていなかった。
 朝早く起きてもしっかりしているフェイトの姉だからと考えていたから全員が驚き、フェイトに至っては半ば呆れる始末。
 今日もヴィヴィオが彼女を起こすのに悪戦苦闘していた。

「ニャゥ」
「どうしたのリニス?」

 そんな様子を見るにみかねてかアリシアの飼い猫リニスがベッドに潜り込む。
 直後にシーツにくるまったアリシアが震え出す。

「リニス?」
「…っっ…」
「アリシア?」 
「…アハハッ!! っくすぐったいよリニス!! 起きるからっ!!」

 何が起きているんだろうと首を傾げていると、飛び起きたアリシアを見て目が点にした。

(明日からアリシアを起こすのはリニスにお願いしよう)

 きっとプレシアの居ない日はずっとリニスが起こしていたに違いない。そんな普段見せない新たな一面を知った気がしてヴィヴィオは嬉しくもあり、充実した日が続いていた。
 その後暫く彼女は高町家で過ごし、なのはやフェイトが仕事の時はホームキーパーのアイナの家事を手伝ったり、一緒に課題をしたりと楽しい毎日が続いた。
 プレシアが休暇の前日にはリニスと共に戻って休暇を2人で仲良く過ごし、再び彼女が仕事に向かう日はその日の朝にプレシアと一緒に再び訪れるという日々が繰り返されていく。
 
「お母さんと離れて寂しくないの?」

 ある日の帰り道、ヴィヴィオは気になってアリシアに聞いた。
 彼女達は旗から見ていてもすごく仲良しだ。
 ヴィヴィオ自身なのはやフェイトが仕事で家を空けている間は少し寂しい思いをしてきている。だからアリシアもプレシアも寂しくないのか余計に気になっていた。

「うん…ちょっと寂しいけど…ママにはお仕事頑張って欲しい。それに毎日メールとか送ってるんだよ。ホラ」

 彼女はそう言いながら学校や家であったことを書いて送っているのを見せてくれた。プレシアからも1通毎に返しているらしく2人の仲の良さが良くわかった。

(私もなのはママとフェイトママがお仕事の時メール送ろう)

 2人の関係がちょっとだけ羨ましかった。



 そんな日々が繰り返されて1月程経った頃

『みつけたよ。』

(念話? 誰?)

 応用魔法の授業を受けている最中のヴィヴィオに念話が届いた。
周りを見回したけれど、クラスメイトは全員杖型のデバイスを持って集中しているし、先生もそっちを見ている。誰も送った様には見えない。

(アリシアは…別の授業中だよね…誰だろ?)

 魔法資質を持たないアリシアは今別の授業を受けている。それにもし彼女がを送ってくるとしても端末を使うから直ぐアリシアとわかる。

『今のうちに思いっきり存分楽しんでね♪』
(女の子?)

 無邪気な言葉使いと声から女性だとわかる。再び届いた念話で送られた方向を捉え振り返る。

(校舎の影に誰かいる?)
『誰っ誰なの? 私に何か用があるの?』

 届いた声に応えてヴィヴィオも送り返したがそれに答える事なく、影は消え念話もそれ以降届かなかった。

「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。」

 先生から声をかけられて再び魔法の練習に戻るが、ヴィヴィオは心に何かが引っかかった様な変な感じをぬぐえなかった。

「アリシア、ちょっと無限書庫に寄って帰るから先に帰ってて」

 放課後、急いでテキストを鞄に入れてアリシアに声をかけた。

「私もお手伝いしようか?」

 呼ばれたアリシアはクラスメイトとお喋りしていたのを止めてこっちを向く。

「ううん平気。すぐに済むから…夕ご飯までには絶対帰るから」
「うん。それじゃまた後で、ごきげんよう」
「うん♪ ごきげんよう」

 クラスメイトもごきげんようと挨拶したのに答えてヴィヴィオも挨拶し、そのまま教室を飛び出した。
 無限書庫には首都クラナガンにある時空管理局ミッドチルダ地上本部にある転送ゲートを使わなければならない。
 ヴィヴィオはクラナガンへ向かうレールトレインに乗る為駅へと向かった。
 授業中に受けた念話もちょっと気になっていたけれど、今日は無限書庫司書として受けた調べ物もあり、それに…

(今日はフェイトママも帰ってくるし急いで調べて帰ろうっと)

 今日は数日ぶりにもう1人の母、フェイトが帰ってくる日で調べ物が終わった後一緒に帰る約束をしていた。

 前回帰ってきた時、アリシアが暫く滞在するのを聞いてヴィヴィオと同じ位喜んだのは彼女で、アリシアが使っているベッドも彼女のものだった。

「姉さん好き嫌いしたらダメだよ」
「フェイトもこれ嫌いだったんじゃないの?」
「わ、私はちゃんと食べられますっ!」
「じゃあ私のあげる。ハイ♪」
「だからーっ!」
(ちょっと変わってるけど、2人とも仲良し♪)

 少し前の夕食のやり取りを思い出してクスリと笑ってしまった。



 足取りも軽く駅が見えて来た時、ヴィヴィオに再び念話が届いた

『そんなに急いで、もっと楽しまなくていいの?』
「まただっ!! 嘘…」

 念話の送られた方向を特定し振り向く。視線の先には1人の女性が立っていた。
 そして隣にもう1人…

『おっと、ここで騒いだら何が起きても責任持てないな』

 驚きのあまり声を上げそうになるが、続けて送られた念話を聞き口を押さえた。

(なんで…どうして…)

 足が震える。

『どっ…どうして貴方がここにいるの?』
『おや驚いたな、思ったより冷静だね。流石無限書庫司書だと言うべきかな』
(どこまで知ってるの…)

 無限書庫司書の肩書きも知っている。どこまで知られているのか

『やはり思念通話だと話にくいね。どうだろう、こっちに来て貰えないかな。もちろんそれとなくね』

 今は言われた通りにするしかなかった。
 迂闊に念話も通信も使えない。【彼】がここに居ると言うことは即ちヴィヴィオの次の手を全て読んだ上での行動だというのも予想がつく。
 周りの巡礼者や観光客、行き交っている人に気付かせないよう自然さを装い、【彼】の前に立った。

「どうしてここにいるの? ジェイル・スカリエッティ…」

 そう、ヴィヴィオの前にいるのは念話を送った女性と共にいた者とかつてミッドチルダを大混乱に巻き込んだ張本人ジェイル・スカリエッティ。

「やぁ、久しぶりだね。聖王陛下…今は高町ヴィヴィオと言った方がいいかい?」
「あなたは軌道拘置所に居る筈…まさか」

 心の奥底から来る恐怖を抑えながら聞く。

「そうだね、この時間の僕は軌道拘置所に居るね。今のところは…だけれど。立って長話も何だから少し落ち着いて話せる所に行こうか。モチロン断らないよね」

 ニヤリと不気味に笑みを浮かべるスカリエッティに頷くしかなかった。
 
 どうして彼が…さっき確かこの時はって言ってた。 もしかして彼も時間を超えられるの? でも、もし越えても元の時間に体が残っちゃう…だったらどうして?
 2人の後について行きながら考えを巡らせていた。

(聖王教会…管理局…せめてなのはママとと連絡がつけば…)

 何かあった時の為になのはと連絡をつけたかった。2人は何故かヴィヴィオの念話の遮断はしていない。それが逆にヴィヴィオを追い詰め連絡出来ない様にしていた。
 ヴィヴィオと同じ時間移動を行えるのであれば彼をそのまま帰す訳にはいかない。しかし今のヴィヴィオには彼を捕まえられないし、もしそんな動きをすれば周りにいる無関係な人達を巻き込んでしまうも予想できた。
 それが予想できるから余計にヴィヴィオは動けなくなっていた。

「何がいい? 好きな物を頼むといい」

 飲み物を頼んだ後、ヴィヴィオに聞く。

「…いらない…」
「遠慮しないでもかまわないよ。」
『あくまで自然にと言っただろう?』
(くっ…)
「…だったら…」
「同じ物を…」

 ケーキとジュースを頼む。隣の女性も同じ物を頼んだ。彼女の顔を見て何故か会った覚えがある気がした。

(彼の護衛なの?)

 だが彼女はヴィヴィオの視線を気にも留めずただ正面を向いていた。

「あなたは…」

 注文を取り終えた店員がその場を去るのを待って聞く。

「ああ、彼女は…もういいよチェント」
「はい、マスター」

 スカリエッティに促されチェントが頷くと彼女の様子が一変した。藍色かかった長い髪はみるみる内に少しブロンドのかかった金髪になり、瞳も虹彩異色に変わった。

「……」

 彼女の姿に言葉を失う。 

「その様子じゃ気付いた様だね。君と同じ聖骸布から生まれたマテリアルだ」

 ヴィヴィオが驚くのも無理もなく、チェントと呼ばれた彼女の姿はまるで成長したヴィヴィオ、かつてレリックを組み込まれた、聖王化した姿にあまりにも似すぎていた。

「簡単な話だろう、1つしかマテリアルを用意しないとでも思っていたのかい? 彼女の正体が判ったところで話を進めようじゃないか。君の持っている【ある本】を譲って貰いたい。」
「!!」
(まさか彼女も使えるの。)

 同じ聖骸布から生まれたのなら双子の姉妹と言うより同一人物と言った方が近い。彼女の姿や瞳がそれを表している。
 だったら彼の希望している物は…

「渡せない…あなたはこれを絶対犯罪に使うから…渡すとみんなが困る。」

 渡すわけにはいかない。そう答えたヴィヴィオに

「そう言うと思っていたよ。じゃあ約束しようじゃないか」
「約束? あなたは約束を守らない。」

 スカリエッティの言葉を即座にはねつける。だが、スカリエッティはヴィヴィオの言葉に耳を貸さずに続けた。

「君の友人、家族・関係者には絶対に危害を加えない。あくまで研究目的で使いたいだけだからね」

 彼の研究が犯罪になれば管理局は彼を逮捕・拘束するだろう。でも、その時もし時間移動されたら手の出しようの無い世界から管理局が無かった世界を作られてしまう…
 ヴィヴィオでも簡単に想像できること。

「そんな約束聞ける訳ないじゃない。」
「そうか…こんな方法は好みじゃないんだが…チェントは君と同じ聖骸布から生まれたマテリアルだ。しかも彼女の中にレリックは組み込まれている。」
「!?」
「賢い君ならそれがどういう事かわかるだろう。それにまだこちらの時間移動は実験途中でね、アレがないとね元の時間に戻るのも大変なんだ」

 背筋が凍り付いた。チェントと呼ばれたもう1人のヴィヴィオは使おうと思えば使えるのだ。ゆりかごの中で使った位の魔法を…即ち周り全員が人質。
 辺りを見回す。親子や恋人と思える人も居れば、誰かと待ち合わせしている人、何か楽しそうに話している女の子達。
 彼女がもしレリックの力を使えるなら…今止める方法は無い。たった1つしか…
 ヴィヴィオにはもう頷くしか選択肢は残されていなかった。


 
 RHdから本を取り出しスカリエッティに渡す。

「約束してっ。絶対に犯罪には使わないって」

 そう言うのが精一杯だった。

「ああ、約束しよう」

 カフェから出た後スカリエッティはそう答え、2人達は霞の様に消えてしまった。

 2人の姿が消えたのを見てヴィヴィオはすぐになのはに連絡を取ろうとRHdで呼び出す。

「ママ、お願い。繋がって!」

 その直後に辺りの風景が一気に変わっていく。
 盛況だった駅周辺は瓦礫の山と化し、行き交う人達も消えてしまった。そして、再び追ったモニタには通信相手は存在しないというメッセージが流れていた。

「嘘…どうして?」

 慌てて今度はフェイトとはやてを呼び出しながら念話を送る。

『なのはママ、フェイトママっ、はやてさんっ!!』
『ザフィーラっ! ヴィータさん、シャマル先生っ! シグナムさんっ、誰でもいいから答えてっ』

 諦めずに呼び続ける。
 だが、ヴィヴィオの念話に返す者は誰も居なかった。

「どうすれば…私、渡しちゃいけなかったんだ…渡しちゃ…」

 こんな風になるかも知れなかったのに…あの人…チェントが同じだって判った時こうなるって判ってたのに…渡しちゃいけなかったんだ。
 もう2人を追うことも出来ず、なのはが居ないからRHdも使えない。
 とんでもない間違いをしてしまった。

「私…のせいだ…どうすればいいの…」

 瓦礫となった町でヴィヴィオは1人立ち尽くしていた。


~コメント~
 リリカルなのはに登場するキャラクターの中には独特の口調・口癖を持ったキャラクターが何人かいます。ウェンディは言うに及ばず、スカリエッティもそんな印象を受けるキャラクターでして、
2人が話しているセリフを思い浮かべながら書いてましたがいかがだったでしょうか。
「~ッス」というのは思いの外使いにくいですね。
 もし、管理局3提督時代に行ってしまったら…誰が出てくるんでしょうね?

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