09話 「聖王と向き合う時」

「遅いぞ~ヴィヴィオ」
「待ってたッスよ♪」

 ヴィヴィオがアリシアと共にロビーに顔を出した時、ロビーには椅子が円状に並べられていた。手前に空いた席が2つ、ここに座れと言うことらしい。

「ごめんなさい。プレシアさんの所に寄ってたから…」
「かまへんよ。ヴィヴィオ…教えてくれるか? ここで何が起きてるか」

 はやてがそう言った時、全員の視線がヴィヴィオに集まった。

(向き合う為の最初の1歩…)
 これ以上隠していられない。
 向き合わなければならない。現在を狂わせた者として、ベルカ聖王の能力を持つ者として…
 覚悟を決めたヴィヴィオは誰に言うでも無く話し始めた。

「私…私がベルカ聖王のコピーなのはみんな知ってるよね。ベルカ聖王はもう1つ大きな強い力を持っていたの。未来や過去を、時間を自由に行き来出来る能力【時空転移の力】を。でも、これは聖王1人じゃ使えなくて、デバイス…本が必要だった。私はそれを無限書庫で見つけたの」

 ノーヴェが何かを聞こうと身を乗り出すが、チンクが無言でそれを制する。

「私はこれで何度も過去に行った…なのはママ達が生まれる前、魔法使い…魔導師になった日、ママ達とシグナムさん達が戦っていた時にも行ったよ」

 シグナムとシャマルが顔を見合わせる。

「ヴィヴィオ…今の…今いる時間はヴィヴィオが作ったん? 過去を変えて」
「違うんだ。これは」

 チンクが代わって答えようとするがそれを制し

「チンク私から言わせて。さっき私がベルカ聖王のコピーだって話をしたけどコピーは私だけじゃなかったの。もう1人の私、チェントとスカリエッティが変えたんだと思う。私が…本を渡しちゃったから。」
「!!」
「チェントとスカリエッティは過去に行ってなのはママ達を居なくなる…居ない時間だけじゃなくて、管理局も消した時間を作ったの。」
「ちょ、ちょっと待ってください。はやてちゃんもなのはさんもフェイトさんもここにいるですよ?」
「最初に書き換えられた時間ではあなた達3人共事故死しているわ。臨海空港で起きた火災に巻き込まれて。ヴィヴィオとアリシアはさっきまでその時間に行ってあなた達が生きている現在へ切り替えたのよ。」
「ママっ」
「プレシアさん」

 振り返るとプレシアが入ってきた。

「さっきヴィヴィオからみんなに話すって聞いてから気になってね。話しにくい所もあるでしょうし、ここから私が話させて貰っていいかしら?」
「うん…」

 言いたかった言わなきゃいけない事は全部言えた。

「今の世界はさっき言った世界、あなたたちと管理局が消えた世界から元の世界に戻る間のかりそめ…」
(これで1歩でも進めたのかな…)

 ヴィヴィオはプレシアが話している間そんな事を考えていた。



「私は…作り物なんだ…」

 ヴィヴィオとプレシアに一通り話を聞き終えた後、なのはは1人窓に寄り添い考えていた。
 なのはにはプレシアの言葉が重くのしかかっていた。

「『あなた達はこの時間にいるだけの作り物』か…」

 ヴィヴィオと一緒に遊びに行ったりお買い物に行った楽しい思い出やはやてやフェイト・ユーノとの楽しかった記憶、それが全部嘘だったなんて…
 自分が悪い夢を見ている様だ。
 次の瞬間に誰かが起こしてくれて、気がつけばベッドの上だったならどれ程良いか…

「なのは、さっきのこと考えてるのか?」
「ヴィータちゃん…ありがとう」

 ヴィータが差し出したカップを取って少しだけ口にする。

「あんまり考え込んでも仕方がねえぞ。元の時間でもなのはもはやても私達も居るんだからいいじゃねえか。ヴィヴィオがみんな元気ですって行ってただろ?」
「うん…ヴィータちゃんは平気なの? 自分が作り物だって…」
「あったりまえだ。私達ははやての所に来るまで何度も同じ様な目に遭って来たんだ。主が変わる度に記憶を消されてな。1度や2度増えた所で関係ねえよ。それに」
「それに?」
「こっちでもはやてが主で、みんながいるのは変わらないんだからな」

 ポジティブなヴィータが羨ましかった。
 見た目は彼女の方が年下でも実際途方もない時間を生きてきている。それを改めて実感した。

「強いね…ヴィータちゃん…本当に強い…」
「だぁぁああ!! いつまでも落ち込んでるんじゃねぇ。なのは、お前が落ち込んでてもしょうがないだろうが! ヴィヴィオの気持ちを考えてやれ、あいつはなのはの居ない世界を見ても、シャマルの魔法が要る位の怪我しても諦めずにここまで来たんだ。おまえはヴィヴィオの母親だろう? だったらちょっとの間でも一緒に居てやれってんだ!」

 背中を思いっきり叩かれて持っていたカップから飲み物が少し溢れる。

(そうだ、私よりヴィヴィオはもっと大変なんだ。こんな時に私は何を悩んでたんだろう)

 ヴィータに言われて気付く

「うん♪ ありがとうヴィータちゃん。やっぱりヴィータちゃんは優しいね」
「なっ…そんなっ…ッッツ、さっさと行けっ!!」

 真っ赤になって照れるヴィータを見て、なのははヴィヴィオ達の居る休憩室へと向かった。


 
「行ったか…」
「ああ、やっと吹っ切れたみたいだ」
「ごくろうさん。ヴィータ、ありがとうな」

 はやてがプレシアの研究室から幾つか気になる点を聞いて戻ってくるとなのはが暗い顔をして考え込んでいた。
 流石に今の自分が作り物、偽物だと言われたのは堪えたのだろう。今までの記憶や思い出が全部偽物と言われてしまえばショック相当だっただろう。
 何か話そうとも考えたが、言うより前にヴィータがなのはの所に行くのを見て彼女に任せようと思った。視線の合ったシグナムも頷いているから任せておいて大丈夫。
 暫く見守っているとなのははさっきまでとうって変わったような表情でロビーを出て行った。

「主はやて、私達はどうすればいいのでしょう。」
「うん…さっきプレシアさんから聞いて来たんやけどな、本局…時空管理局と連絡が取れへんのはおかしいらしい。私らの記憶にも管理局は残ってるし、フェイトちゃんやクロノ提督・リンディ提督はあっちに居るから何かあれば連絡してくれる筈や。でも、今のところ私にもなのはちゃんにも一切連絡がない…。それに、さっきカリムに頼んで地上本部経由で呼んで貰ったけど、あっちも本局と連絡が取れなくて混乱してるらしいや。」
「つまり、本局は何らかの理由で孤立していると…」
「そうや」
「じゃあはやて、今から行けば」
「いや、私達はアースラ乗っ取った前科があるから地上本部から目を付けられてる。それにこの時間そのものが作り物、偽物ならこのタイミングで起きた事件の目的は…」
「ここですか…」
「そうや。だからな、ちょっとだけ暴れさせて貰おうと思ってな♪ 準備してきたよ。下ごしらえにもうちょいかかるけどな」
「「??」」

 首を傾げるシグナムとヴィータに対しニヤリと微笑む。
 先程2人から聞いた話を改めて考えた時幾つかの可能性が浮かび、それを足がかりはやてにプレシアに端末を借りて情報を集める。そしてある者達に連絡を入れた。

【【ピピピッ】】
「八神部隊長からだ。」
「私もだ…許可貰ってくる。」
「私もっ」

―同じ時―

「父さ、三佐」
「ああ、許可する。行ってこいっ」

「ママちょっと行ってくるから大人しくいい子にしてるんだよ」
「後はまかせときな」
「了解、じゃあ行ってきます」

―少し離れた世界で―

「ねぇどうする?」
「行こう、一緒に」
「うん♪」
「ママ、行ってきます」


「あとは時間との勝負…」

 窓から空を見上げながら呟いた。



「どうしてっ、彼らは昨日までいたのに」
「判りません。外部からの接触もありませんし。サーチャーにも何も記録されていませんでした。」

 ヴィヴィオ達が丁度過去から戻った頃、時空管理局は騒動の真っ只中にあった。軌道拘置所に収監されている筈のスカリエッティやナンバーズ達が忽然と姿を消したのだ。しかも消えた直後にミッドチルダを含む各管理外世界とのゲートまで使用不能になった。
 クロノを含む艦長を兼任する提督達は艦船を各世界に送り世界間のトラブルを抑える一方、フェイト達執務官もスカリエッティ達の足取りを追っていた。
 現地には他の執務官が向かっている為、フェイトとティアナ・執務官補佐のシャリオの3人がかりでスカリエッティが収監されていた軌道拘置所のセンサー・スフィアを全てチェックしていた。

「アレ?」
「ティアナ、どうしたの? 何か見つけた?」
「ちょっと待って下さい…何か違和感が…シャーリーさん」
「了解です。ティアナどのセンサー?」
「え、いえ。光学カメラでその通路なんですけど…通路の向こうを誰か通ってるみたいなんです。」

 ティアナに言われてじっと凝視する。何か人影らしき物が映っている。しかし反対側に設置されたカメラには何も映っていなかった。

「シャーリー、ティアナの言った影だけ追える?」
「やってみます。…160cmくらいの女性?バリアジャケット…でしょうか?」

 その姿に既視感を覚える。

(まさか…でも、それなら)

 するかしないかという倫理的な問題の前に出来るか出来ないかという可能性の問題

「でも…それならできる…」
「フェイトさん?」

 高速移動やティアナのフェイクシルエットの様な幻術系以外で消える方法

「ティアナとシャーリーは同じ影が他の軌道拘置所にも無いかチェックして。」

 そう言って部屋を飛び出した。



 2人から今までの経緯を一通り聞いてチンクも1人ロビーにある椅子に座って考え事をしていた。

「チンク姉、考え事?」
「セインか。ありがとう。」

 セインからどこから持ってきたのかティーカップを受け取った。良い香りで心が落ち着く。

「オットーとディードがここに来る前に持ってきたんだ。良い香りのお茶は心を落ち着かせるんだってさ」

 黙っているのが苦手なセインとあまり話さないオットーとディード。3人が聖王教会に行くのを聞いて一抹の不安を持っていたが、良い姉妹関係を築いてるようだ。

「セイン」
「何?」
「教会は良いところか? 嫌なこと…逃げ出したくなる事はないか?」
「ウ~ン、ヤな事というか面倒な事はいっぱいあるけど、みんな親切だし楽しいよ。時々シャッハが五月蝿いかな」

 彼女なりに満喫はしているのだろう。

「もし…この世界…ここにドクターや姉達が現れて管理局と聖王教会を襲うのを手伝えと言われたら…セインならどうする?」

 チンクが気にしているのはチェントが受けた教育プログラム。
 ドクターがどういう風に動くか判らないが、チェントを通してヴィヴィオが時間移動したのを知れば元の時間、ここにも何らかの干渉があるだろう。
 ここにいる姉妹7人が再びドクターに協力すれば、ここは簡単に崩され元の時間に戻れなくなる。だがその時、元の時間と今この時間とどちらが幸せなのだろう? 

「簡単だよそんなの♪ 私は教会とここを守って元の時間に戻る。毎月みんなでクッキーパーティするんだけど、すっごく楽しいんだ。みんなが悲しい顔するのはヤだからドクターやクア姉に言われても協力しないよ。だって偽物なんでしょ♪」

 ニコっと笑うセイン
 教育プログラムがどうとかドクターがどうとかいう問題ではない。もっと単純に周りの誰かが悲しむのは間違っている。

「プッ」

考えすぎていたのは自分の方だった。それを理解して思わず吹き出してしまう。

「あ~! チンク姉酷いっ折角答えたのにっ」
「すまないすまない。セインを笑ったんじゃないんだ。私が考えすぎていたんだな。もし、その時が来たら手伝ってくれないか、私達の友を守る為に」
「モチロン♪」

 チンクにとってセインの言葉は何よりも心強いものだった。


~~コメント~~
 高町ヴィヴィオにとって【ベルカ聖王】というのは目を背けられない存在です。
 アクション>>ヴィヴィオの精神的成長とそれに伴うなのはやはやて、ナンバーズの立場的な心情を集めてみました。今更ながらにヴィヴィオに重い足かせをつけたとちょっと反省してます。

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