15話 「彼女の想い」

「チンク姉、ちょっと聞いていい?」
「何だ? セイン」

 バリアジャケットを纏い武装をチェックしているチンクにセインが声をかけた。
 ナカジマ家組のチンク・ディエチ・ウェンディ・ノーヴェにはそれぞれナンバーズだった頃の武装とバリアジャケットをデバイスとして与えられていた。
 聖王教会組のセイン・オットー・ディードにも支給されていたがセインとオットーの2人は固有技能が戦闘向きではない為、同じ教会組のディードと共に最後の防衛ラインにあたる事にした。
 戦闘機人としてこの世界の自分が出て来た場合はそれぞれが相対すると決めているが…
「どうしてドクター達は地上本部を襲ったのかな? 最初にここを襲撃すればアッサリ負けちゃったんじゃない?」

 ミッドチルダ地上本部が襲われたという情報があったからこそ、今迎撃態勢を取れるのだから彼女の言い分も頷ける。

「勝手な推測なんだが、ドクター達の狙いはあくまでもヴィヴィオだろう。ヴィヴィオが時の魔導書のコピーを手にしたのは無限書庫で、司書の肩書きも持っている。先の空港でヴィヴィオが追いかけてきたのは何処かに同じ本があったと考えている筈だ。だから無限書庫にコピーがあると考えて最初に本局の通信を絶って地上本部で待っている彼女を狙う為に先に襲撃したのだろう。プレシア・テスタロッサの技術介入が無ければ私達も消えていたのだからな。」
「そうね、あのマッドサイエンティストにも私の存在は予想外だった様ね。」
「プレシア・テスタロッサ…」
「渡す物があって来たのよ。あなたたちのブレスレットの予備。戦闘時に壊れたら消えちゃうでしょう。その為のスペアよ。」

 2人の会話に割って入ったプレシアが7つのリングを取り出してチンクに渡す。手首ではなく指輪くらいのサイズ

「指にはめる必要はないわ、持っていれば勝手にフィールドを形成するから」
「助かる。セイン、妹達に渡してきてくれ」
「わかった。チンク姉また後で」

 そう言って走って行くセインを見送った後、プレシアの方を向く。

「何か聞きたいことがあったんじゃないのか?」
「ええ、何故あなた達が守る…戦うのか教えてくれないかしら。首謀者はあなたのマスター、それに私達はこの時間と関係がない。ヴィヴィオが…あの子達が過去を少しでも変えたらここも影響を受けてしまう。そうすれば襲撃なんて元から起こらないのよ。」
「やはりそうなんだな…」

 彼女から説明を受けてから気になっていた。
 ヴィヴィオが過去を変えたら違う現在が生まれる。
 彼女は既に過去へと向かっているのだから、この瞬間に変わってしまう可能性もある。
 なのはがここを守ると言った時は口を挟まなかったのに、ヴィヴィオがここに残って一緒に戦うと言った時、プレシアはそれを半ば脅しとも取れる方法で止めた。
 その時疑問を持った答えが今の彼女の言葉だった。

「違う世界なのはわかっている。でも、私達は元の世界の彼女達に借りがあるんだ。人として感じられる幸せ、家庭を社会を用意してくれたのが彼女達だから。そんな彼女達が今私達とヴィヴィオを守ろうと動いてくれている。だったら私達も彼女達と行動を共にしたい。それが理由だ。戦うために作られた命、『戦闘機人』なのにおかしいだろう」

 自嘲気味に笑う。

「いいえ、教えてくれてありがとう。私も手伝うわ…と言っても調べてあの子達に教える位しか出来ないけれど。私も一応作られた命って事になってるのよね。」
「十分だ。ヴィヴィオとアリシアを頼む」

 チンクの言葉に頷いてプレシアは研究室へと戻っていった。




「っと、ここは? 湾岸エリア?」
「そうみたい。」

 ヴィヴィオ達が降り立ったのはミッドチルダの中央区から少し離れた湾岸エリアだった。

「あれ、マリンガーデンじゃない? まだ作ってる途中みたい」
「ちょっと待ってて…んと新暦75年の5月30日だって」

 ヴィヴィオが機動6課に来る少し前らしい。
 少し歩くと海原が広がっていた。

「こういう所も気持ちいいね。デートみたいで」

 肌を撫でる潮風が気持ちよくて目を閉じる。

「そうだね…って女の子同士でデートしてどうするのっ。それより早くチェントを探して戻らなきゃ!」

 なのは達が元の時間で戦っている。少しでも早く戻りたかった。
でも、隣にいるアリシアはそんなのどこ吹く風で潮風で髪がなびくのを楽しんでいた。

「アリシアっ」
「でも…どこに行けばその『チェント』に会えるの? 時間移動してきたら前みたいに知らせてくれるし、待つしかないんじゃない?」
「あ…」

 そうだった。前は空港火災が何かに関わっていると何となく判っていたけど、ここはそうじゃない…そもそもどこに行けばいいのかも判らないのだ。

「アリシアっどうしよう?」
「そうね…この辺回ってみない? 私湾岸エリアって来るの初めてなんだ~♪」
「アリシアっ!?」
「だって焦ってもしょうがないもん。いざって言う時動けない方が大変だよ。ヴィヴィオ急いでるのは判るけど落ち着こう。あっ、あっちで何か売ってるよ♪」

 そう言って走って行ってしまった。
 アリシアの後ろ姿を暫く唖然としながら見送る。
 彼女が言う通りずっと身構えていたら疲れてしまって何か起きた時に動けない方がもっと大変。 考え直すと気が楽になる。

「そうだね…待ってよアリシア。私も行く~っ♪」

 今は彼女との時間を楽しもう、そう思い駆け出した。
 
 


『やぁ、君とは初めてだね。チンク』
「ドクター…久しぶりです」

 ヴィヴィオ達が過去へと向かってから暫く経った時、チンクの端末からコール音が鳴り響いた。
 ここでわざわざ呼び出す者、チンクにも心当たりは1人しかいない。
 端末を開くとそこには予想した通りスカリエッティの姿があった。
わざわざチンクと呼ぶあたり状況を知っているらしい。

「私に何か用ですか?」
『つれないね。折角こうして会えたのに、まぁ時間もないから無駄話はよそう。』
「そうですね」

 違う時間でも変わらないらしい。考えて見ればなのはやはやても元の時間と同じ雰囲気を持っていた。

『そこに、聖王のマテリアルがいるね。彼女をこちらに渡して欲しい。チンクも知っているだろう? 彼女の時間移動能力、アレはいい研究素材なんだ』

 想像通り彼らの目的はヴィヴィオ

「ヴィヴィオの能力は知っています。」
『その力を研究すればドゥーエを救い、全ての知識・技術、失われた物までがこの手に集まるんだ。いい話じゃないか?』
「そうですね…」
『受け入れてくれるね。チンク』

 ドクターは変わっていない。何も知らない頃のチンクであれば同意し力を貸しただろう。
 でも、もう知ってしまった。人と交わる暖かさを
だからこそ昔の記憶を見る様に思えた彼の姿が小さく見えた。

「ドクター…知っていますか? この世界は暖かい。生まれも身体も違う私達を受け入れてくれる。私達が人として暮らして…驚きと発見、喜びを毎日味わえるのを。」
『チンク、何を言っているんだい?』
「中でもヴィヴィオは私達を友達と言ってくれる。ヴィヴィオを通して沢山の友人がさらに出来るんです。」
『チンク…』
「私は友人が悲しむのは嫌だ、ヴィヴィオが悲しむのはもっと嫌だ。だから…すまないがドクターの誘いを受け入れられない。」
『私が頼んでも?』
「すまない…」

 彼の顔から笑みが消える。

『仕方がない。次に会った時もう一度聞かせて貰うよ。』
「私達は全力でヴィヴィオを守る」

 そう宣言した直後、端末が切れた。

「チンク姉…」
「……」
「さて、行きますか」
「オゥ!」
「…そうだな」

 それ以上言葉は不要だった。
 4人は研究施設の4方に散り、残った3人もそれぞれ持ち場へと向かった。

(ヴィヴィオ…戻ってくるのを待っている。早く戻ってきてくれ)



「よっ! ティアナ」
「ヴァイス曹長」

 アースラが臨海エリアから離れようとした時、後を追うように1機のヘリが追いかけてきた。
 艦橋では誰かが判っているらしく格納庫が開かれる。
 そしてヘリから降りた者を見てティアナは素っ頓狂な声をあげた。

「どうして、まさか部隊長が?」
「まぁ…そう言う事だ。他にもちょっと頼まれていてな」
「遅いっ、何やってんだ!!」
「スミマセン。でも、無茶ッスよ旧式でも良いから艦船用の主砲になりそうな物を持って来いだなんて…」

 ティアナの後ろからヴィータがやってくる。

「それでどうだったんだ?」
「ちゃんと持ってきましたよ。近接戦用の艦首シールド発生ユニット。エネルギーを消費するだけで攻撃力はありませんし、陸士部隊の倉庫に眠っていた代物なんで動くかどうか判りませんがね。あと…」

 ヘリの後部が開き大きめのコンテナと共に人がゾロゾロと降りてくる。

「機動6課の…」

 全員が見知った顔、そう機動6課の整備スタッフ達

「先に全員に連絡して積み込みを頼だんだ。」

『ヴァイス君お疲れさん。首尾はどう?』

 積み出されたコンテナを見つめているとヴァイスの前にモニタが現れる。

「部隊長に頼まれた物は持ってきました。今からすぐに立ち上げにはいります。あと、ナカジマ3佐からお土産と伝言を頼まれました。『娘達に何かあったらただじゃおかねぇ』だそうです。確かに伝えましたよ」
「アレって巡航艦用のパックじゃ!」

 巡航艦用のエネルギータンクらしき物がヘリから1つまた1つと下ろされていく。
 どこでどうやって調達したのか? ティアナは目を白黒させる。

『クスッ、了解や。リインがそっちに向かってるから指示に従って頼むな』
「了解!」

 そんなティアナの様子が面白かったのかはやてはクスリと笑った後モニタは消えた。

「まぁそう言うことだ。ティアナまた後でな」

 そう言うとヴァイスはヘリへと戻っていった。



「年期の違いやね」
「そうですね」

 艦橋でヴァイスとの通信を切った後腰を下ろしながら言う。
 あの短期間ではアースラを動かす為の人員や部隊員を集めるのが精一杯で、アースラの装備までは手が回らなかった。以前聞いたというヴィータに話を聞き、ヴァイスに指示を出してソレを取りに行って貰った。
 でもギンガとスバルの父、ゲンヤは2人に声をかけた時点で気付いていたのだろう。
 本当に食えない古狸だ。

「部隊長!!」

 言ってる間に格納庫に居たティアナが艦橋に駆け込んで来た。まぁ今から言うことも予想がつく。
 無茶しすぎだとでも言うのだろう。

「ティアナ、もう部隊長ちゃうよ、ただの聖王教会騎士や」
「そんなのどうでも良いんです。ルーテシアの観察処分と魔力リミット解除に展示されてるって言っても管理局所有の艦船を使用、しかも操舵士は民間人だなんてっ」
「退職したつもりないんだけどな~私は。それにアースラは退官後管地上本部に所有権移ってるよ」

 エイミィの突っ込みに耳を貸さず食いつく。

「部隊長は一体何を考えてるんですかっ、無茶しすぎです!!」

 ほら思った通り、はやてはそう思いクスッと笑う。

「無茶か、そうやね~結構な無茶や…でもな、ここが作り物の世界なら何をどうやっても元の世界に影響ないやろ? 確かにルーテシアの観察処分は解けてないしリミット解除の書類も勝手に作った偽造、それに今はアースラを乗っ取って動かしてる。犯罪者やな。そうやなシグナム。」
「そうですね。逮捕されれば暫く会えないでしょう。」
「っっっ!!!」
「捕まえるなら事件が終わった後で捕まえたらいいよ。でもな、今の事件が時空管理局が動けへん状態で誰がどうやって止めるんや? 本局とは連絡付かず、地上本部と本局から来た巡航艦は既に墜ち、次に狙われてるのは聖王教会や、あこには多数の民間人いる。それを誰が止めるん?」
「それはっ…」
「作り物じゃない現実やとしても戦闘機人と戦えるのは前に抑えた私達だけや、だから集まって貰った。私、間違えてるか?」
「……」

 本局と地上本部の軋轢はこういう所に出てくる。だからはやてもグレアムが行おうとしたのも理解していた。

「まぁ、今言ったのは半分であとの半分は、元の時間、元の私達の世界に戻してあげたいんや…ヴィヴィオを」
「ヴィヴィオ? なのはさんが保護した?」
「そうや最初に言った元の時間から来た時間移動能力者、それがヴィヴィオ。はじめは私達が居なくなった世界からここまで戻してくれたらしいからな。」

 名前を出すかは躊躇われたが、彼女が納得するならそれでいい。

「……」
「……」
「……フゥッ、わかりました。もし、みんな解決してもここが残ったらちゃんと責任追求させて貰います。」
「了解や」
「ティアナ・ランスター執務官、これより元機動6課八神はやて部隊長の指揮下に入りますっ」
「よろしくなティアナ」
「はいっ」

 はやてが差し出した手を彼女は力強く握った。

(あとは時間との勝負や…ヴィヴィオ、頼むな)


~コメント~
 Asシリーズで時間移動している間、ヴィヴィオは眠った状態になります。前話に引き続いて今話は過去に行っている間のヴィヴィオを取り巻く周囲と過去に行ったヴィヴィオ達の話です。
 子狸と大狸の会話みたいなのも書いてみたかったです。

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