19話 「消えない痕(きずあと)」

「プレシア・テスタロッサ、2人に何かあったのか?」
「……」

 拘束したこの世界のチンクとセッテをティアナに引き渡した後、チンクとディードは一緒にセインを連れて施設へと戻ってきた。
 戦闘機人さえ倒してしまえば相手の主戦力はガジェット・ドローンだけ。特殊なタイプであっても所詮は機械仕掛けだ。地上本部を墜とした戦力だったが、世界・時間が違うとは言え元機動6課フォワードと戦闘機人7人が力を合わせて協力した甲斐もあり、事態は沈静化へと向かっていた。
 しかし、空はまだ戦闘が続いているらしくなのはとフェイト、八神はやての騎士達は空へと上がっていった。
 チンクも遙か上空に聖王のゆりかごらしき影をを見たが今のチンク達ではどうすることも出来ず、ノーヴェ・ウェンディ・ディエチの3人に施設の守備を任せ一旦プレシアの元へと戻ることにした。
 しかし彼女は研究室におらず、彼女の姿はヴィヴィオとアリシアが眠る医務室にあった。

「ヴィヴィオ! プレシア、何があった」

 よく見ればヴィヴィオが苦しそうな表情を浮かべている。前の様に傷があるわけでは無いが苦しみ方がおかしい。

「話しかけないで、治癒魔法は上手く使えないのよ!」
「す、すまない」

 先にヴィヴィオが怪我をした時も彼女はヴィヴィオの事をチンク達に任せて調べ物をしていたのに、今はヴィヴィオに対して必死に治療魔法を使い続けている。

(それ程酷いのか? 確か聖王教会…八神はやての家族に治癒魔法を得意とする者が居たはず…)
「人を連れてくるからそれまで頑張ってくれ」

 そう言い残し医務室を飛び出した。



(ハァッハァッ…体が重い…これが連続転移の?)

 なのは達を信じて頭を切り換えヴィヴィオはチェントになのは達を追撃させないよう食い止めるのに専念した。
 しかし、戦闘が始まって数分も経たない内にバリアジャケットは酷い姿になっていた。
 ジャケットと腰から伸びたマントは既に無く、スカートやリボンも破け拳のクリスタルも亀裂が入っている。
 RHdの修復が間に合わない。
 時間が経つにつれ魔法の結合がし辛くなっているのに、中から絶えず力があふれ出してくる。
 何が起きているのかヴィヴィオ自身にもわからない。
 対してチェントはそれ程ダメージを負ってない。

「つまんない。ヴィヴィオもう終わりにしようよ。そうだ! 良いこと思いついた。ヴィヴィオもこっちに来ない? ヴィヴィオも私と同じなんだからマスターも喜ぶよ」
「誰が行くもんかっ!!」
「ヴィヴィオは行かないっ!!」

 叫んだのと同時に後ろから声がして振り返る。
 部屋の隅に隠れていた筈のアリシアが立っていた。

「ヴィヴィオは絶対に行かない。チェント、あなたはヴィヴィオと同じだって言ったけど一緒じゃない、全然ちがう。ヴィヴィオはあなたみたいに笑って戦ったりしないし、邪魔だからって消したり傷つけたりしない!! 一緒一緒って…ヴィヴィオを一緒にしないでよっ!!」
 
「どうして…アリシア…! 逃げ!?」

 意識はあふれ出す力に飲み込まれた。



 アリシアは足が震えていた。奥に居る2人とチェントの前でアリシアは全くの無防備。
 でも、言わずにいられなかった。
 ヴィヴィオやなのは・ヴィータが必死になって頑張ってるのにチェントは遊ぶように彼女達を傷つけたから。それでヴィヴィオと一緒だというのが許せなかった。

「ふ~ん…魔法も使えないくせに。マスター?」
「ああ、好きにしてかまわないよ。彼女は研究対象じゃない」

 危険が押し寄せるのを本能的に気付き1歩後ずさる。

「バイバイ。ヴィヴィオは欲しいけどあなたは要らないって」
「!?」

 そう言った瞬間アリシアの前に離れていた筈のチェントが現れた。驚いて駆け出そうとし足がもつれて転ぶ。
 身に迫る危険にデバイスが反応してアリシアの周りにシールドが張られたがチェントはそれを一瞬で壊した。
 思わず目を閉じる。 

(ママっ!!)

 だが直後、彼女の姿は消えていた。
 ギュッと閉じていた瞼を開いた時、彼女の立っていた場所に真っ黒な服の少女が立っていた。



「艦首にエネルギーを集中。整備員、局員は全員退避。エイミィさんもここから降りて下さい。」
「まさか…はやてちゃん」
「これ以上なのはちゃん達を待ってたら軌道上に上がられてしまう。戦闘機人もガジェットドローンもあらかた片付いた。あとはあの船を落とせば全部終わるんです。」
「はやてちゃん、今から行って…」
「もう無理や、今から侵入して駆動炉を破壊しても軌道まで上がられたら月のエネルギーを受けてミッド上どこに逃げても砲撃されてしまう。リイン、船の中の4人に呼びかけ続けて、艦尾からすぐに退避してって」

 地上本部が墜ちた今、次元航行部隊の到着はありえない。軌道上に上がってしまえば好転した戦況がひっくり返される。中に入った4人からも応答がない。

(渡してくれた武器…これを予想してたんか…本当にタヌキや)

 ヴァイスがゲンヤから託された艦船用の武装、艦首にエネルギーを集め展開し、突撃して相手にダメージを与える近接武装。
 でも今は礼を言いたい気分だった。仲間を墜とさずに戦える。

(アースラ…ゴメンな…でも今度は私も付き合うから)

 前はなのはを助ける為に先に飛び込み落ちて行く様を見ているしか出来なかった。
 今この世界が本物でも偽物でも関係ない…仲間を見捨てるなんてもう嫌だ。

「全員退艦した後、アースラ急速上昇。軌道上へ向かう船の背後に回り込んで突撃します!!」



「ここが駆動炉っ!!」

 迎撃するガジェット・ドローンをなぎ払いながらなのはは駆動炉に着いた。
 赤く輝く大きなエネルギー結晶体
 すぐにこれを壊さなければならない。幸いまだここはAMFの影響もそこまで及んでいない。

「行くよレイジングハード。ブラスター…」
【Coution Emergency.Someone approaches】

 自己ブーストで一気に壊そうとした時、レイジングハートが警告を告げた。
 誰かがここに近づいている。一体誰が?

「誰かわからないの?」

 まさかヴィータが倒されて彼女たちが追いかけてきたのか? それとも別の誰かが?
 聞き返した直後、駆動炉の下部で爆発が起こり誰かが飛び込んできた。

「なのはぁーっ!」
「フェイトちゃん!?」

 作戦の大詰段階で敵のまっ只中にも関わらず、素っ頓狂な声をあげた。

「間に合った…ヴィータからこっちに向かったって聞いて。『アイツにブーストだけは使わせるな』って」
「ヴィータちゃんは? 外は?」
「あとはここだけ、ヴィータにはシグナムがついてるから大丈夫。それとはやてから破壊したらすぐに退避してくれって。」

 すぐに退避…真っ先にJS事件時のゆりかご戦が思い起こされる。

(まさか…)

 アースラによる艦体突撃、もう時間がない。でも、ヴィヴィオ達はそれを知らない。

「フェイトちゃん、中にヴィヴィオとアリシアちゃんが居るの!!」
「ヴィヴィオがどうしてって…アリシアってアリシア・テスタロッサ、姉さんなの?」
「うん、わからない。わかんないけど急いで戻らなきゃっ」

 何かに遮断されていて念話は通じない。
だったら駆動炉を壊して急いで戻る。

「フェイトちゃん!」
「うん!」

 1人だったら自己ブーストを使わなければ壊せない。でもフェイトと2人なら何をすればいいかわかっている。
 なのはの意図に気づいてフェイトも力強く頷く。
 カートリッジを一気に全部ロードし、更に入れ替え全部ロード。

「全力全開っ!」
「疾風迅雷っ!」



 漆黒のジャケットを着た少女がアリシアの前に立っていた。
 何も言わずただ前を向いているだけの少女

「アリシア、ゴメン…すぐに終わるから。終わらせてプレシアさんのところに帰ろう」
「ヴィ…ヴィオ?」
「ッツ…ヴィヴィオ、ここから逃げるんだ?」

 飛ばされた壁からチェントが立ち上がる。
 彼女がチェントを何らかの方法で弾き飛ばしたのだろう。それも一瞬の内に

「ヴィ…ヴィ…オ? ヴィヴィオなの?」
「すぐに終わらせるから待ってて」

 ヴィヴィオの声だ。
 でもいつもの様な明るい声ともさっきまでの叫び声とは違う。もっと深く沈んだ声
 彼女はそう言って目の前で虹色の魔法球を生み出す。
 魔法球は周囲の魔力を取り込み一気に大きさを増した。

「チェントがそういうつもりなら、私もそうする…」
(ヴィヴィオ何をする…まさかっ!)

 ポツリと言った【そういうつもり】【そうする】
 頭の中で一番可能性の高い結果が瞬時に導き出される。

「マスターっ、姉様っ!!」



「「ブラストカラミティッ!!」」
「落ちろぉぉおおお!」
「消えて…」
「ヴィヴィオダメェエエエエエッ!!」

 駆動炉を消滅させるなのはとフェイトのブラストカラミティを放ったのとはやてがアースラを突撃させたのは、奇しくもヴィヴィオが逃げ場所すらないほどの砲撃魔法を放ち彼女をアリシアが飛び込んだのとほぼ同時だった。


  
「? ん? アレ? 私、どうして?」
 
 船体が震えが止まり王座の間の土煙が収まった時、ヴィヴィオは我に返った。
 ボロボロだったジャケットが直っている。立ち上がろうとして体が重いのに気づく。

「ヴィヴィオっ…」
「アリシア、どうして…アリシアっ!?」

 なぜ彼女が横から抱きついてるのかを聞こうと彼女を見た瞬間

「ヴィヴィオ…ダメ…」

 アリシアの右腕から背中にかけて真っ赤に焼けていた。

「アリシアっ!」

 ヴィヴィオが呼びかけても『ヴィヴィオ…ダメ』としか言わない。

(急いで戻らなきゃ、チェントは?)

 チェントの事を思い出し振り返る。
 そこにはウーノに抱きかかえられたチェントの姿があった。
 彼女も青いジャケットがほとんど吹き飛ばされている。それに彼女達が立っている周りを除いて天井も床も壁も粉々に砕かれていた。

「駆動路も破壊され、戦闘機人達も拘束…チェントもこの状態じゃ分が悪いね。チェント…飛べるかい?」
「は…い…マス…ター」
「君も友人を連れて戻るといい。彼女が居なければ全員消えていたところだよ。」
「待って! それってどういう…」

 スカリエッティ達は問いかけに答えず光の中に消えてしまった。

「ヴィ…ヴィオ…」
「待ってて急いで戻るから。我願う世界へ…」

 ヴィヴィオが呟くと虹色の光が包み込み、光が消えた時2人の姿はもう無かった。



「これで元の世界に戻るんやな…」

 船首が聖王のゆりかごに突き刺さったままのアースラの中ではやては呟いた。動力と主を失った船は上昇を止め今は静かに高度を落としている。
 地平線の方から景色が白くなっている。きっとこれがこの世界が消え新たな世界が生まれる前兆なのだろう。

「ありがとな、アースラ」

 コンソールを撫でながらはやては呟いた。



「ヴィヴィオっ? どこにいるの?」
「ヴィヴィオーっ!」

 同じ頃、王座の間に引き返したなのはとフェイトはヴィヴィオを探していた。
 しかし崩れかけた部屋の中には誰の姿も見あたらなかった。
 念話を送っても届かない。

「なのはっ無事か」
「フェイトっ」
「ヴィータちゃん、うん…大丈夫」
「シグナムのおかげで間に合ったよ」

 後を追いかけてシグナムとヴィータもやって来た。帽子はなく、スカートもボロボロだけど、ヴィータの無事な姿を見て安堵する。
 船のアナウンスが聖王不在を告げている。 

「…帰ったんだね。ヴィヴィオ…」
「私も会いたかったな。ヴィヴィオと…姉さんに…」
「帰ったのか…」
「私達の役目は終わりだな」

 シグナムがポツリと話すと周りが白く輝き始めた。この世界が消えるのだろう。

「フェイトちゃん、今度はきっと会えるよ。ヴィヴィオとアリシアに…」
「そうだね。」

 フェイトがなのはに微笑んで答えた時、4人の姿は光の中に包まれていった。



~~コメント~~
 パラレルワールド、類似世界編はこれでおしまいです。
 2章7話からヴィヴィオ達が居た世界でしたが登場キャラクターが多く、しかも皆動き過ぎる位動くのでほのぼのとしたシーンもあれば数カ所で火の手が上がる戦闘シーンもありどう書けばいいのか悪戦苦闘しました。次話からは新章スタートです。

Comments

Comment Form

Trackbacks