21話 「番(つがい)のない世界」

「プレシア・テスタロッサ、ヴィヴィオが目を覚ました。」

 チンクは施設にある部屋を訪れていた。

「そう。傷は塞がっただけだから今日は動かないように言っておいて」
「ああ、さっき言ってきた。…アリシアは?」
「大丈夫よ。酷い怪我だけれど持たせていたシールドとヴィヴィオが逸らしてくれたから致命傷にはなっていないわ。」

 ホッと安堵の息をつく。
 先日ヴィヴィオが落ち着いたと安堵した直後続けてアリシアが苦しみ始めたのだ。
 セインに聞いたところ、ヴィヴィオに治癒魔法を使っていたプレシアはアリシアの様子を見るなり血相を変え彼女を抱きかかえ部屋から出て行ったらしい。
 彼女は今昨日チンクが入っていたカプセルの中で眠っている。カプセルには正常な細胞を活性化させる様にセットされている。
 彼女はアリシアが普通に治せるレベルを越えたと考えたのだろう

「良かった。ヴィヴィオがアリシアに会いたがっているんだが…」
「しばらくは無理よ。せめてここから出て意識が戻るまでは」
「…判った伏せておく。妹たちにも言っておこう。」
「ええ、それがいいわ。」
「……」
「……」
「後でかまわないからヴィヴィオに会ってやって欲しい。邪魔をした。」

 これ以上会話が進まないと考え、プレシアの背に言い部屋を後にした。



「なんて言えばいいんだっ、私はっ!!」
【ドンッ!】

 部屋から出た直後、通路に音と声が響きわたった。
 声と音と手の痛みで熱くなっていたのに気づき我を取り戻す。
 チンクにとって家族と呼べるのはゲンヤやギンガ・スバルと妹達とのナカジマ家の暮らしだけ。
 人の、家族の暖かさを感じる機会はあまりにも少ない。
 それでも向こうで何かあったならヴィヴィオがアリシアに会いたい気持ちは十分にわかる。だからこそプレシアにヴィヴィオに会って欲しい、駄目でもアリシアの様子を教えてやって欲しいと思って来た。
 しかし結果は…

(妹達にも話しておいた方がいいか…)

 ノーヴェやウェンディ・セインは隠し事は下手な方だからヴィヴィオに聞かれたら話してしまうだろう。

「さて、どうしたものか…」

 妹達の顔を思い出して少しは頭が冷えてきたのに気づく。

(後でもう1度プレシアに頼んでみよう)

 そう考え直しその場を後にした。



「さて、どうしたものかしら…」

 壁を叩く音を聞きチンクの後ろ姿を見つめながらプレシアも同じ様に呟いた。
 焼けただれたアリシアの腕を見て文字通り真っ青になった。先日チンクに使った組織蘇生用のカプセルを思い出して入れたのが良かった。
 もう少し遅ければと思うと寒気がする。
 アリシアの様子を見守りながら彼女に持たせていたデバイスを調べ何があったのかを知った時、今度は完全に背筋が凍りついた。
 止めていたヴィヴィオの連続転移の行使、後に続くAMF空間での戦闘と黒い騎士甲冑を纏ったヴィヴィオの姿、そしてヴィヴィオが砲撃魔法を撃つ瞬間に飛び込んだアリシアの姿だった。

 デバイスのシールドとヴィヴィオが撃ち出す方向を変えていなければもっと酷い事になっていた。どうしてそんな無茶なことをしたのか?

それに

「ヴィヴィオにどう言えば…」

 チンクがヴィヴィオにどう話せばいいのかと悩んでいたようにプレシアも悩んでいたのだ。
 強度なAMF空間を物ともしないヴィヴィオとチェントの戦いに魔力を持たないアリシアが割って入るのは自殺行為。ヴィヴィオが悪い訳ではない。
 でも…

(そんな話をしてもヴィヴィオは…)
「きっと自分がアリシアを傷つけたと思って自分を追い込むでしょうね。あの子は優しいから…」

 眠るアリシアを見て、彼女が話した事を思い出す。



『ママ、私…ヴィヴィオみたいに魔法使えないの?』

 プレシアとアリシアがミッドチルダに引っ越してきて1ヶ月程経った頃、食事の用意をしているとアリシアが聞いてきた。

『ママもフェイトも魔法使えるのにどうして私だけ使えないの?』

 プレシアの夫だった彼は魔導師ではなく研究員だった。2人の間に生まれたアリシアは彼の因子を多く継いでいて魔法は使えない。
 一方、フェイトはアリシアの素体にプレシアの因子を加えて資質を持っているし、ヴィヴィオも古代ベルカ聖王を複製母体としているから生まれが少し違う。

『どうしてアリシアは魔法を使いたいの?』
『ヴィヴィオが戦技魔法を習い始めたの。でも毎日怪我してて…』

 ヴィヴィオの怪我を治す為に治療系の魔法を覚えたいらしい。

『そうね…でも魔法じゃなくてもいいんじゃないかしら。ポシェットにファーストエイドキットを入れて持ち歩くなんてどう? 治療魔法は難しいからすぐに使えないし、ポシェットだったら他にも入れられるわよ。次の休みに買いに行きましょう。』
『う~ん…うん、そうする♪』
『アリシア、ヴィヴィオはどうして戦技魔法を習い始めたの?』

 彼女は何度か遊びに来ていたし、アリシアを通して聞く彼女の姿と戦技魔法という特殊な魔法とイメージが重ならず聞いてみる。

『「戦うのは嫌だけど力が無かったら守りたい助けたいと思っても何も出来ないから」だって。』




「戦うのは嫌だけど力が無かったら守りたい助けたいと思っても何も出来ないからか…アリシアお願い目を覚まして…」

 アリシアに言われた言葉を反芻しながら彼女の眠るカプセルを見つめていた。
 ヴィヴィオを元気づけられるのは今は彼女しか居ない。
 


「セイン姉様っ、私が持って行きます。」
「いいよ、これくらい何でもないから」

 ヴィヴィオが休むのを見てからセインが食事のトレーを片付けようと部屋を出るとディードが駆け寄ってきた。

「怪我してるんですから、休んでいてください。」

 そう言ってトレーを奪うようにして持って行ってしまった。

「もうほとんど治ってるし退屈だから動きたいだけなんだけど…」

 ここ数日外は真っ暗で出ないように言われているから、衣類を片付けたり施設の中を掃除をしていると彼女が来て【怪我してるのだから】と全部仕事を取り上げてしまうのだ。
 最近好きになった料理まで止められる始末。

「ディード…あんなに世話好きだったっけ?」

 おかげでセインはちょっとした欲求不満状態だった。

「料理くらいさせてくれてもいいのに…このままじゃ本当に病人になっちゃうよ」
「心配してるんだと思う。」
「ヒャッ!?」

 突然背後から声をかけられ飛び上がった。

「オットー、驚かせないでよ。あーもうビックリしたー」

 ディエチとオットーは神出鬼没であまり喋らないから背後で話しかけられるといつも驚いて飛び上がってしまう。

「ゴメン…」

 無口なオットーだけにさっき言ったことが気になった。

「ディードが私を心配してるって?」
「ディードはセイン姉様に助けて貰った。でも代わりに怪我させたから気にしてる。」
「そんなの気にしてないのに…」

 前の世界のディエチが遠距離からディードを狙っているのを見て叫ぶより前に体が動いていた。
 片腕が吹き飛んだが、気づかないままあれをディードが食らっていたらそれどころでは済まなかっただろう。
 結局、その砲撃から場所を割り出したこっちのディエチが彼女を押さえられたのだから一石二鳥といえばそうだった。
 セインにしてみれば当たり前のことをしただけで、ディードの気持ちは嬉しいのは嬉しいのだけれど、流石にここまでされると…

(ん~、私から言った方が…それよりも)
「オットー…んや、いいや。医務室に戻ってる」
「?」

途中まで言いかけて止め部屋に戻ることにした。

(怪我が治るまで我慢すればいいだけだし、たまにはいっか)

 ポツンと残されたオットーはそんな彼女が何を言いたかったのか判らず首をかしげるだけだった。



「う~ん、よく寝たっ。おはよ、セイン」

 2日後、ヴィヴィオは目覚めて伸びをする。

「おはよ陛下。ホントよく寝てたよ、2日間グッスリ寝てて起きてこないんじゃないかってちょっと心配してた。」
「…え? ウソっ!?」

 慌てて日時をチェックする。少し寝過ぎたかとは思ったけれどまさか2日も寝ていたとは…

「でも、ずっと寝てたから体楽になってるんじゃない?」

 言われて気付く。2日前は起きるのもきつかったのに今はかなり楽になっている。
 ベッドから降りて数歩歩き軽くジャンプする。

「った…」

 足に痛みが走る。完全には治っていないらしい。

「陛下~まだ怪我人なんだから無茶したらダメですよ。」
「うん…セイン!、アリシアはどうしてるか知らない?」

 戻る前はヴィヴィオより酷い傷を負っていたアリシア。どうしてるのか…

「え、えっと…まだ寝てる…んじゃない? たぶん…」

 視線を逸らす彼女を見逃すヴィヴィオではなかった。

「セイン何か隠してる。教えて、アリシアはどこにいるの?」
「…知らない知らないっ。イテテ…私もまだ怪我治ってないからちょっと寝るね」

 そう言いベッドに飛び込んでヴィヴィオに背を向け横になる。

「………」
「…セイン…」
「………」
「…そっか私には教えてくれないんだ…」
「……」
「…仲間はずれなんだ…友達だと思ってたのに…クスン」
「…わかったよ、わかりましたっ!」
「ありがと♪ それでアリシアはどこ?」

 顔を上げるとジト目のセインの顔が間近にあった。彼女の目は簡単にごまかせないようだ。

「陛下~っやっぱり嘘泣きだったんだ。」
「ごめんなさい。でも私アリシアが気になるの。それに嘘って言ったらさっきのセインもそうでしょ。怪我してた方の手で庇うのは変だよね」
「…あ~もうっわかった。ちょっと待ってて、チンク姉を呼んできますから。」

 そう言い残してセインは出て行った。



「チンク姉」
「セイン?」

 通路を歩いていると背後から自分を呼ぶ声が聞こえチンクは振り返った。

「陛下がさっき起きたんだ。それでアリシアに会いたいって言ってるんだけど…どうしよう?」

 先の戦闘で怪我をしていたセインにはヴィヴィオの様子を見て貰うのを含めてチンク自身が見たアリシアの様子を話していた。

(今朝カプセルから出たけれど…あと1日だけでも)

「そうだな、私が言おう。」

 セインに嘘をつかせたくないとも思い医務室へを向かった。
 しかし2人が医務室に着いた時、そこはもぬけの空だった。

「どこに?…しまった!!」

 踵を返して駆け出した。


~コメント~
 ヴィヴィオとアリシアの関係、気持ちは戦闘機人、ナンバーズだったチンク達や研究に没頭していたプレシアにはわかりません。
 だから余計にアリシアが居ない時にヴィヴィオと接しづらかったのかも。
 

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