第01話 「舞い降りたプリンセス」

 暗闇と静寂だけが残された広い部屋、その中央で女性が1人ひざまずいている。
 彼女は手を祈るように胸の前で合わせ微動だにしない。
 懐中時計の音ですら響くような空間でただひたすらその時が来るのを待つ。
 暫くしてその場の様子が変わった。
 女性から柔らかな光が溢れ出し、床にしみ出す様に広がっていく。同時に天井にも同様に広がり上下対となる魔方陣を描く。
 静かに女性は立ち上がり両手を広げ、そのまま弧を描く様に手を前に出す。
 すると天井の魔方陣は彼女の右手に、床の魔方陣は彼女の左手に光を集め左右1枚ずつのカードを作り出した。
 そしてそのまま光は消え部屋は元の静寂と暗闇に戻った。


「騎士カリム、お疲れ様です。」

 部屋の照明が灯り、1人のシスターが部屋に入ってきて2枚のカードを持った女性、カリム・グラシアに声をかける。

「ありがとう、シャッハ」

 カリムの持つ魔法は古代ベルカ式魔法の中でも希少な魔法【預言者の著書】。その魔法は近い未来、世界に起こる事件を示す文章が書き出される。文章そのものは古代ベルカ語で記述され読むのが難しく、解釈によっては意味も違ってくる曖昧な詩編。
 だが、未来の何かの事件を示しているのには間違いない。
 そしてその魔法が使える条件【2つの月の魔力が揃う日】が今日だった。

「詩編には何が書かれているのでしょうか?」
「そうね…今年の小麦は良い質だ、なんて詩編だといいのだけれど」
「そうですね。パンやクッキーが美味しければ信者の皆さんも喜びます。」

 緊張する儀式の後だからかカリムの談笑にシャッハも笑顔で答える。しかし手元のカードへ視線を移す刻には笑顔が消え、再び緊張の面持ちに変わっていた。
 何が書かれているのか…大事件を示す物では無い事を心から祈る気持ちで

「…これは…まさか…また、起こるの?」

 だがその期待は裏切られた。
 震える手の中に詩編の書かれたカード…それが何を示すのか?

 今は誰にもわからない。 




「ファ~…」
「大きなアクビ。ヴィヴィオがアクビなんて珍しいね」

 慌てて口を手で隠す。

「ママ…見た?」
「うん♪」
「バッチリ♪」

 目の前で笑う2人のママ、高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。
恥ずかしくて顔が赤くなる。
 ミッドチルダにある高町家で見られる家族の団らん。
 でもそんな時間が私、高町ヴィヴィオはとっても好きだった。

「そんなにジッと見ないでっ」
「はいはい。珍しいねヴィヴィオがアクビするなんて」
「最近寒くなってきているし、司書のお仕事も頑張ってる証拠だよね」

 冬の寒さが日々厳しくなっている。
 寒くなってきたから眠くなるというのは私には判らない。でも

「ううん、課題が多かったから昨日寝るのが遅くなっただけだよ。」

 私は課題を貰っている…彼女から

「ん? どうしたの私の顔をジッと見て。」
「う、ううん、何でもないよ。なのはママ。」
「そう、そうなら別に良いんだけど…ヴィヴィオ、何かあったら小さな事でもママ達に話してね。黙って1人でどこか別の世界や時間に行かないで。」
「ウッ!」
「ウンウン。ママ達本当に心配してるんだから。ヴィヴィオと姉さんはすぐ巻き込まれるんだから…」

 痛いところを突かれる。

「う、うん、今は大丈夫。何も事件に巻き込まれてないから。じゃあお休みなさい。なのはママ、フェイトママ」

 慌ててリビングから階段を駆け上がって自分の部屋へと入り

【バタン】
 とドアを閉めた。

「…ふぅ。あのまま居たら2時間は遅くなるところだったよ」

間一髪。2人のママからの小言から逃げ出してホッと息をつく。



 私高町ヴィヴィオは他の人にはない変わった魔法を使う事が出来る。
【時空転移】という魔法を。


【時空転移】過去や未来、そして異なる世界と行き来出来る古代魔法。
 その魔法を使うには古代聖王ベルカのある資質を継いだ者と書物ストレージ型デバイス【刻の魔導書】、2つが揃わなければならない。
 ヴィヴィオはその本を偶然無限書庫で見つけてしまい、導かれて行ったのは彼女が生まれる前、高町なのはが魔法と出逢う前の時間だった。
 そこでヴィヴィオはなのはが未来に大怪我しない未来へ変えようとロストロギア『ジュエルシード』を探しにきたユーノ・スクライアのジュエルシード集めを代わりに手伝う。
 しかしその時を境に未来は大きく変わってしまった。
 ヴィヴィオの大切な友達、ザフィーラの居ない未来を…

 それに気づいたヴィヴィオはなのはとフェイト、彼女達の友人でザフィーラの主だった八神はやてと一緒に再び時間を越えて【闇の書事件へ】と向かった。
 はやての魔力が闇の書に奪われるというアクシデントもあったが当時のなのは、フェイト、はやてや守護騎士の力を借りてザフィーラが消える未来から元の時間に戻すことに成功した。
 しかしそれらの事件は発端でしかなかった。

 その事にヴィヴィオが気づいたのはチェントとの出逢った時だった。
 チェント、戦闘機人の番号で言えば「100」にあたる。彼女はヴィヴィオと同じ聖骸布に残された遺伝子から生み出されたマテリアル。
 彼女は主であるJS事件の首謀者ジェイル・スカリエッティと捕らわれた戦闘機人を助ける為に刻の魔導書を奪い過去を変え現在も変えてしまう。
 なのは達が消え、管理局も存在しない世界に。

 魔導書が奪われ時空転移が使えなくなって何も出来ずに立ち尽くすしか出来なかったヴィヴィオを助けたのは、彼女のクラスメイトのアリシア・テスタロッサと彼女の母、プレシアだった。
 彼女達は2人ともヴィヴィオが生まれる前に死亡している。
 その過去を変えたのも『時空転移』。しかも彼女達を助けたのは未来のヴィヴィオ。
 彼女はこの事件を知っていて2人をこの時間に残したのだとその時気づく。
 そしてプレシアの手元には聖王教会から預かった『刻の魔導書』
今までヴィヴィオが使っていた魔導書は管理局発足当時に魔導書を元に作られた写本だったのだ。
 アリシア・プレシアとチンクやセイン達元ナンバーズの力を借りてヴィヴィオはオリジナルの刻の魔導書を使いチェントを追いかけ彼女によって変えられた過去を戻していく。

 チェントがスカリエッティ達が居る世界を願っているのを知り、又過去を変える怖さを身を以て知って迷ったり辛い選択を迫られた時もあったが奪われた写本を壊し彼女の中にあるレリックを破壊し事件は終りを迎える。

 ヴィヴィオが連れ帰えられたチェントはその後管理局に保護されチンク達が受けた更正プログラムが適応される事が決まった。
 しかしレリックを除去してみるとそこにいたのは小さな少女。それもJS事件時のヴィヴィオより幼い姿。ヴィヴィオ達が見ていた彼女の姿はレリックの力で成長した姿だったのだ。
 そんな子供に更正プログラムが適応出来る筈もなく、担当者のギンガを心労で倒れさせてしまう程暴れてしまう。
 問題児扱いされかけたチェントの保護者に名乗りをあげたのはなんとプレシアだった。彼女は幼い体にレリックを取り込んだ影響を憂い、彼女の未来を思い彼女に手をさしのべたらしい。
 アリシアの『妹が欲しい』という願いも保護者に名乗り出た理由の1つだったと後で聞いた。
 今ではテスタロッサ家の末っ子、チェント・テスタロッサとして暮らしている。

 ヴィヴィオはチェントから再会した時から避けられていた。
 ヴィヴィオも彼女の願いを壊して自身の時間を続けたのだから嫌われても当然だと思っていたからあえて彼女に近づこうとはしなかった。
 でもそんな2人を繋げたのは親友でありチェントの姉でもあるアリシアで、異世界で起きた闇の欠片事件。闇の書のマテリアルに敗れ闇の書に取り込まれた時、覇王イングヴァルトの子孫、アインハルトに連れて行かれた並行世界で戻れなくなった時、1人ではどうしようもない窮地に陥ったヴィヴィオを助けたのはチェントだった。
 闇の書の中に捕らわれたヴィヴィオを癒して再び戦う力を与え、魔導書に秘められた力『虹の橋』を使って並行世界に向かったのも彼女の力。

 おかげで2人の関係は少しずつ変わってきている。

「『避けてばっかりじゃ仲良くなんてなれないよ』か…本当にそうだよね」

 アリシアに言われた言葉を思い出す。2人の気持ちに気づいているからアリシアは家に来る時必ず妹も連れてくる。
 きっとヴィヴィオ達は彼女に敵わない…



「そんな事考えてないで早く寝なくちゃ…今日もよろしくね」

 デバイス、RHdにそう言って私はベッドに潜り込んで目を瞑った。
 しかしその時、ヴィヴィオを含めて誰もがこんな事に巻き込まれるとは想像すらしていなかった。

  
 高町家の3人が眠りに落ちたその日の深夜

【ドンッ、ドカバキベキダンッ】
「*>&$”’!☆<▲!」 

 何かが落ちてそのまま階段から転げ落ちた音と意味不明な悲鳴が周りに木霊した。
 ドアの向こう側から聞こえたものすごい音と悲鳴に目が覚める。何の音だと目をこすりながらドアを開け顔を出すと

「何…ママ?」

なのはとフェイトはすぐに起きたらしく階段の下から声が聞こえる 

「ヴィヴィオ…は無事みたいだね。」
「この子…誰?」

 先に起きてきたなのはとフェイトの間には見ず知らずの女性が座っていた。腰を強く打ったらしく涙を浮かべて摩っている。

「…だぁれ…? ママのお友達?」

 普通は「大丈夫?」と声をかけるところなのだけれど彼女の格好に目が行ってしまう。胸と腕に鎧の様な物をつけているし、その下に着た服も初めて見る。

『貴方がヴィヴィオですね』

 誰?何処から来たの?と思っているとどこからともなく念話が届いた。
 なのはとフェイトからかと思って2人を見る。

「この子…どこの子かな?」
「転移魔法に失敗したんじゃないかな。座標位置がずれて来ちゃったとか」

 なのはとフェイトも知らないようだ。それにヴィヴィオに念話を送った様子もない。
 女性がこっちを見つめている。

『貴方が、ヴィヴィオですか?』

 どうやら念話を送っているのは彼女らしい。

『また念話? はい、そうですけど…あなたは?』
『成功したようですね。貴方に是非会いたいと来ました。もう1人の私』
『もう1人の私…わたし…わた…あっ!』

 そこまで言われて思い出す。彼女と夢の中の女性の姿が重なる。
 夢の中で会った女性の姿をセピア色の世界だったから彼女の印象が違いすぎて判らなかった。
 一気に目が覚める。

【もう1人の私】なんて言うのは1人しか思い出せず、恐る恐る念話を送る。

『まさか…とは思いますけど…オリヴィエ聖王女…ですか?』
『はい♪』
「ええ~っ!!!」
「どうしたのヴィヴィオ!? びっくりするじゃない。」
「いきなり大声あげて」

 突然上げた驚き声になのはとフェイトがビクッと驚く。でもその時の私はそんな2人に気づかずただ彼女に視線が釘付けで…
 何て言っても…彼女は複製母体…オリヴィエ・ぜーゲブレヒト、本人だったのだから。

~コメント~
 ヴィヴィオ達の複製母体、オリヴィエの登場はAsシリーズを書き始めた当初から考えていました。時を越える魔法『時空転移』があれば時間を越えた先に居るもう1人の自分はヴィヴィオにしてもオリヴィエにしても凄く気になる存在です。そんな彼女が突然やってきたら?
 Affectの文字通り遠い過去のお姫様ではなくもっと身近な存在として、ヴィヴィオに連なる物語、楽しんで頂けると嬉しいです。

前より何通かWeb拍手で感想頂いておりました。
ありがとうございます。その中にいくつか質問がありましたので新シリーズを始めるにあたって紹介&お答えさせて頂きます。

Q.時々ヴィヴィオやアリシアがとても大人っぽく見えるんですけど、何歳の時の話ですか? また、姿は子供~なアニメの様にずっとその年齢のままなのでしょうか?

A.ヴィヴィオとアリシアは『初等科3年生』です。「あれれ~?」みたいに子供っぽい仕草もしてますが凄く落ち着いた子供ですね。将来が怖い(苦笑)
 時間は少しずつ進んでおりまして
 AnotherStory:5月くらい
 AgainStory:8月くらい(5~7月の間にSSXのマリアージュ事件が起きたと考えてます)
 AgainSTStory:9月前半~
 AgainStory2:10月
 AdmixStory:11月前半
 AffectStory:12月
・・・・・・事件に巻き込まれすぎですね。なのはが心配するのもよくわかります。


Q.PT事件etcにヴィヴィオは巻き込まれていますが、どこでどの様に変わっているのでしょうか。世界線を越える某ゲームがアイデア元ですか?

A.アイデア元は牛皿や電気街が出てこないので違います(笑)
ですが、時間を越える話は色々あります。ネタバレするとSFCでは珍しく主題歌や声が入ったゲーム関連がアイデア元になっています。
 時間の変わり具合ですが、作中にもユーノとプレシアがヴィヴィオに話している「枝の様に過去を変えたらその時から別の時間軸が生まれる分岐型」と「輪の様に過去を変えても結局同じ未来になるリング型」があって、ストーリー開始時はリング型ですがある時から分岐型に変わっています。


Q.アリシアとチェントの性格はなのはシリーズで例えると誰に似ていますか?

A.アリシアの性格はA'sのアリサ・バニングスと月村すずかを参考にしています。チェントはオリジナルキャラクターなので強く意識して誰に似てるかと言えば。StrikerSで助けられた直後のヴィヴィオが近いです。


Q.AgainStory2がホームページと文庫本でどうして違うんですか? マテリアルの話も入れて欲しかったです。


A.ありがとうございます&ごめんなさい。AgainStory2の「闇の書の意志」編は製本時の頁の都合上入れられませんでした。修正・追記をした時点で原稿頁数が250頁を越えており、印刷出来ないかもという状態になっていました。


ご感想・ご質問がありましたらコメントやWeb拍手で書いて貰えると今回の様な機会をまた設けて答えさせて頂ければと思っています。
  
 

 

Comments

Comment Form

Trackbacks