第07話 「持ち手を待つ者との遭遇」

「凄い…綺麗…」

 マリンガーデンの中に入ったヴィヴィオはその光景を見て言葉が見つからなかった。
 寒い季節だから海の中を歩いても何も居ないと思っていたのだけれど、そんなことはなく
上だけでなく左右や下まで数え切れない位の魚がトンネルを作っていた。
 これを見たら事件で付いたイメージも消えるだろう。

「凄いね・・・」
「「・・・・・・」」

 ヴィヴィオとアリシアはそれぞれオリヴィエとチェントの方を向くと・・・彼女達はその光景に見とれていた。
 
 
 ホールは前より天井が高くなった分、ミッドチルダだけでなく管理世界、管理外世界で発見された海洋生物がホログラムで真上を泳いでいる。一際大きな2匹の魚が真上を通り過ぎた。

「大きい…あの2匹親子なのかな?」
「シロナガスクジラだよ、匹じゃなくて頭って数えるの。あっちの世界で1番大きな動物、海鳴に居た時でも見たこと無かったのに、凄い…」

 視界いっぱいに広がる。
 あれが海の中にいるのか…
 無限書庫に居ても見てみないとわからない事が多いと改めて感激していると子クジラがヴィヴィオ達の方へと泳いでくる。
 突進してくると思ったが元々ホログラムだからヴィヴィオ達を透けて再び親クジラの下へと戻った。

(今度はママ達と一緒に来たいな…)

 きっと彼女達も驚くだろう。



「いっぱいビックリして喉渇いちゃった。私飲み物買ってくるね。アリシアとチェントはいつものでいい? オリヴィエさんはお茶でいいですか?」
「うん、ありがと」
「ええ」
「じゃあその辺で待ってて下さい。」

そう言ってその場を離れた。

「これ2つとこれ1つ、あとは…これ下さい」
「はい、少々お待ち下さい。」

 飲み物が用意される間周りを見る。夫婦か恋人、親子連れが多い。
 大火災の印象が生々しいからあまり人は来ないと思っていたけれどそうでもないらしい。

「はい、お待たせ。…あらあの人まだ見つからないのかしら」
「あの人?」
「ええ、今トンネルから出てきた人。」

 トレイで飲み物を受け取ろうとしたヴィヴィオは思わず聞き返す。

「迷子みたいで。『イク…なんとかちゃんはどこ?』って朝からずっと探してるみたいなのよ。」
「迷子ですか。相談所に言えば?」
「ええ、私は知らないからそう薦めたんだけど…見つからないのかしら。心配ね」
「私ちょっと聞いてきます」

 そう言って彼女の所に駆け寄った。



「あの…お子さんを捜してるって聞いたんですけど…」

 駆け寄ったヴィヴィオにその女性は視線を移す。相当探し疲れたのか目は虚ろで動きも力がない。

「良ければ私も一緒に探しましょうか、丁度友達と一緒に来てて…」

だが直後彼女の口から出た言葉にヴィヴィオは言葉を失った。

「イクスヴェリアはどこ?」
「!?!?」

 イクスを知っていて彼女を探してここに来る者、それは1人しか居ない。

 マリアージュ…

(どうしよう…)

 地上本部に通報しても時間はかかるし、これだけ人が多いと騒ぎになって多数の怪我人が出る。
 そしてそれより最悪な事態も…

「ご、ごめんなさい。知らないです」

 ヴィヴィオが答えると彼女はそのまま視線を再び前に戻し歩いて行ってしまった。



「遅いな~ヴィヴィオ、何やってるんだろう」

 アリシアが呟いたとき、奥からヴィヴィオが走ってきた。

「ヴィヴィオ遅い~!」
「ゴメン。アリシア、オリヴィエさん、マリアージュがここにいます。」
「!?」 
「マリアージュって?」
「…イクスが作る兵器、前の火災もマリアージュが原因なんだ」
「彼女はどこに?」
「奥の…トンネルから中央通路に向かってるあの人です」

 険しい表情に変わったオリヴィエが指さした方を向いて見る。

「私、今からスタッフの人に話してくる。でも…周りにこれだけ大勢居たら…」
「ええ、作り放題です。私が彼女を人気の無い場所へと導きます」

 導く方法があるのだろうか?

「私も一緒に…」
「いいえ、それはダメです。」
「絶対ダメっ!」

 2人が口々に言ってアリシアの言葉を遮った。

「マリアージュは死体兵器、死んじゃった人がいればマリアージュはその死体を使って新しいマリアージュが生まれる。そして拘束したら爆発しちゃう…それが前の火災の原因」

 アリシアの顔が青ざめる。ここでそんな事が起きたら…

「アリシアはスバルさんとママ達、はやてさんに連絡して。その後はここに居て。ここなら広くてわかりやすいし吹き抜けだから何かあっても天井壊せばすぐに外へ出られるから。」
「私は彼女を導きます。どこへ行けば良いでしょう?」
「…誰も居ない場所…そうだ! 避難通路から屋上へ行く階段があります。そこから外へ」
「わかりました。」
「よろしくねっ!」

 そう言ってヴィヴィオは再び駆けだして行った。後に続くようにオリヴィエもその場を離れた。



「もう…なんでこんな時に…」

 思わず洩らす。でもこんな時だから何とかなるのかも知れない。誰も気づかなかったら…考えるだけで恐い。

「チェントちょっと待っててね。お姉ちゃんフェイト達と話すから。」
「うん♪」

 屈託のない妹の笑顔。絶対守らなきゃ。そして彼女に最高のトスを送る。



「はい、港湾レスキュー。」
『スバル・ナカジマ防災士長に繋いで下さい。』

 港湾警備隊の受付番号へと1本の連絡が入った。モニタ向こうに移った少女を見て女性職員は

「あなたは誰ですか?」
『私はアリ…高町ヴィヴィオです。急いで伝えなきゃいけない事があるんです。スバルさんに繋いで下さい』

 幾つもの防災訓練指導を担当したスバルには子供のファンが多い。彼女もその類かと思った。

「ごめんなさい。ナカジマ防災士長は外に出ているの。何か伝えなきゃいけないなら伝えておくわね。」
『……わかりました。スバルさんかその上司の人に伝えて下さい。【マリンガーデンにマリアージュがいる】って』
「ええ、わかったわ。」

 そう言うと通信は切れてしまった。
 リニューアルしたマリンガーデンで待ち合わせなのか? 
 そう思い気軽な気持ちでヴォルツに報告へと向かう。だか彼に話した時、その顔色が一気に変わるのを見てその用件がいかに緊急だったのかを知ることになる。



「はい、八神です~アリシアやん、どうしたん?」
 
 時空管理局ミッドチルダ地上本部にある八神はやては自室でアリシアからの通信を受けた。

『はやてさん…繋がって良かった。フェイトもなのはさんも全然繋がらなくて…』

 普段から冷静な彼女が慌てている。

「どうしたん?」
『今マリンガーデンにいるんです。』
「ちょっと前にリニューアルしたんやろ? 地球の生き物も見れるって聞いたから行ってみたいな~って前に話してたんや。楽しんでる?」
『そうじゃなくてっ…あ~もうっ!』
「マリンガーデンに居るだけじゃ流石の私もわからんよ。ちょっと落ち着き、飲み物飲んでから話して」
『はい、すみません…』

 モニタ向こうでアリシアが飲んでフゥと息をついた。本来の彼女らしさが戻った気がする。

「もう1回ゆっくり話して。」
『はやてさん、ここ、マリンガーデンにマリアージュが居ます。ヴィヴィオが何かするつもりです』
「なんやてっ!!!」

 その言葉を聞いて椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。



「時空管理局所属、高町ヴィヴィオです。ここの偉い人に会わせて下さい」

 子供だから云々のやりとりをする時間がもったいない。
 事務室を探して駆け込み管理局のパスコードを見せる。

「子供?…こちらへ」

 応対した職員は一瞬子供がどうしてと思ったみたいだが、管理局の名前を聞いて奥へヴィヴィオを通した。

「所長、管理局員の方が会いたいと」
「わかった。通して…おや、これはまた可愛い局員さんだ♪」

 所長はヴィヴィオの姿を見て警戒を崩す。

「所長さん、大ホールから中央通路に抜けている通路にある非常口を開けてその通路を閉じて下さい。」
「おやおや。お嬢ちゃん、今日は週末で来場者もいっぱいだ。そんなことをすれば大騒動になってしまうよ。」
「…知ってます。知っててお願いしてるんです。」
「ここは子供の遊び場じゃないんだよ。それとも何かおきているのかい? 災害時の対応はきちんとしている。前に誤作動した防火処理装置は何度もチェックしたんだ。」

(…マズイ…所長さんはマリアージュの事知らないんだ…)

 マリアージュ事件という名前で呼ばれていても、大火災の原因がマリアージュそのものにあるのは公にされていない。マリアージュの正体がわかれば主、イクスについても知られてしまい騒ぎが大きくなるからだ。

「それにさっきのコード、見れば君は司書じゃないか。子供の遊びにつきあってられないよ」
「お願いしますっ、私の話を聞いて」

 踵を返しデスクの方へと戻ろうとした時

『その娘の話は本当や』
『防災司令権限で要請する。所長、彼女の話を聞いて欲しい』

 デバイスのコール無しで2つの通信が開いた。その姿を見た彼は驚く。

「はやてさん…と…?」

 1人は見知らぬ男性。

『スバルの上司、港湾警備隊防災課・特別救助隊司令ヴォルツ・スターンだ。部下が伝言を切ってしまいすまない。緊急対応として端末に強制接続させてもらった。所長、再度要請する。』
『一緒の事考える人がおったんやね、アリシアほんまに頭回るわ。所長さん、ヴォルツ司令の要請聞いて貰えへんなら地上本部からの強制執行も出来ますよ。』
(そうか、アリシア私の名前で連絡したんだ。流石だよ)



 フラフラと歩く女性の背をオリヴィエは追いかける。
 人波にのまれられては元も子もない。その時

『オリヴィエさん、こっちの準備できました。今どこに居ますか?』
『先程の場所から少し歩いた…中央通路の入り口が近くに見えています。』
『じゃあ、右側手前に非常通路…今ランプが灯った通路へとマリアージュを誘ってそのまま階段を上って外に出て下さい』
『わかりました』

 落ち着いたヴィヴィオの声を聞いて思わず頬が緩む。
 この状況で落ち着いて話せるのは彼女がこれ以上の事態を経験しているから。

「…イクスヴェリアの居場所を知っています。」

 近くでそう言うと前を向いて歩いていた女性が振り返った。

「お連れしましょう。長き旅の終演の地へ」



『避難命令は出せない。騒ぎから負傷者が多数発生する可能性が高い。マリアージュだけを誘い出す作戦には賛成だ。今スバルもそっちへ向かっている。』

 海鳥が鳴いている。一面の青空が広がっていて風が髪をなびかせる。

「私がマリアージュを倒します。はやてさん、市街地区での戦闘魔法使用許可を」
『リインが既に申請してるよ。でもアレは許可できひん。理由は…わかるな?』

 気持ちいい風だ。非常用じゃなくて、ここで家族みんなでお弁当囲んで食べられたら…好きになる人も多いだろう。

「はい。ヴォルツ司令、はやてさん、付近…特に上空に誰も来ないようにお願いします。」
『わかった』
『了解や、ヴィヴィオ承認でたよ。』

 だからこそ、ここは守る。イクスが見て喜んだというこの青空を。

『ヴィヴィオ、ごめんあと10分でそっちに着く。もうちょっと待ってて』

 その時、ヴィヴィオの端末にコール音が響きスバルがモニタに現れた。

「はい…でも…無理みたいです。」

 非常口からオリヴィエが現れ彼女に手を捕まれたマリアージュも現れる。そして後に続くように2体…3体と…

「全部で6体か…」
『6体!? 作戦中止だっ! スバルが行くまで…』
『ヴォルツ司令…黙って見といて下さい。言い得て妙ですけど彼女も【高町】なんですから♪』

 どういう意味だと思わず笑いそうになるが気を引き締め視線を戻す。
 拘束すれば爆発すると聞いていたがヴィヴィオ達の知らない方法で捕らえて来た。

「ヴィヴィオ、手伝いますよ」
「ありがとうございます。じゃあ…もし逃げたらお願いします」
「…わかりました」

 そう言うとマリアージュ達に向かって数歩前に出る。

「イクスヴェリアはどこに」
「…ヴェリアはどこに…」
「ヴェリア…」
「イクス…に」
「マリアージュさん…ごめんね。あなた達をイクスの所には連れて行けない。私が出来るのは眠らせてあげる事だけ…本当にごめんなさい」


 意思疎通の出来ない死体兵器に向かって話しかけるヴィヴィオ。悲しそうな表情にオリヴィエはためらいを生むのではと考えた。
 だが…

「いくよ、RHdセーットアーップ!!」

 7色に光る球体に包まれた後、現れたのは新たな衣を纏ったヴィヴィオの姿だった。
 家庭での彼女でも学院や教会で会った彼女でもない。

(これがヴィヴィオですか…)

 彼女に言われた通り様子を見つつ6体のマリアージュが逃げだそうとするなら相手をすることになるだろう。

(ですが夜天の主の言う通り、徒労に終わりそうですね。)



 ヴィヴィオは1番近いマリアージュへと一気に距離を詰め、下へ潜り込んで砲撃魔法を放った。
 爆発する間も無く消えてしまう。そしてその勢いの左へ飛んで魔力付加した拳で殴り膨らみ―爆発の瞬間蹴り上げる。
 上空で大きな爆発音がする。

(3つめ!!)

 拳を打ち込むがマリアージュも黙って立っている訳ではなく拳を受け止めら両手を捕まれる。背後から別のマリアージュが襲いかかる。だが、その勢いはヴィヴィオに当たる寸前に止められた。
 虹色に光る膜に止められているのだ。

「ハァァアアアッ!」

 作り出した魔法弾が2体に襲いかかり直撃する。再び膨らみかけた瞬間に蹴り上げ続けざまに2つの爆発音が響いた。



「外が騒がしいな…」

 爆発音が館内を揺らす。既に戦いは始まっている。気になるから行きたいけど今アリシアが行けば邪魔になる。そしてそれはアリシア自身とチェントを危険に晒す事にもなる。

『リニューアルオープンセレモニー用の花火をテストしています。お騒がせし申し訳ありません。引き続きマリンガーデンをお楽しみ下さい』

 アナウンスが流れてざわついた雰囲気が和らいだ。

(頑張って…)

 両手を祈るように握りしめ親友の無事を願う。



「タァアアアアッ!」

 戦闘経験が共有されているのか、ヴィヴィオの攻撃を2体のマリアージュは受け止めてしまう。
 砲撃は避けられるし、周りを考えれば上に向いてしか撃てないのが痛い。
 奥の手はあるけれど今は使えないし止められている。
 限られた中で出来る方法は…

『陛下、お助けします。』

 マリンガーデンの屋上だけにフィールドが生まれた。

「オットー!?」
『IS―レイストーム。結界壁に当たった魔法を無効化します。これで上下左右、どの方向に撃っても建物や周囲に影響は出ません』 
「ありがとっ」

 すかさずヴィヴィオは数発の魔法弾を作り出して一気に集束させる。

「クロスファイアァアアアアシュート!!」

 2つの光線はマリアージュを呑み込み完全に消滅させた。


 
「ヴィヴィオー無事っ?」

 非常口から現れたオットーと合流した後、スバルがウィングロードで飛んできた。

「はい、大丈夫です。マリアージュは全部やっつけました。マリンガーデンもどこも壊れてません」

 空は何も変わらず一面に青空が広がっているし、止んでいた海鳥の声も戻ってくる。
 戦闘中は非表示にしていた端末を戻すとはやてとヴォルツとの通信は繋がったままだった。

『ヴィヴィオ、お疲れさんや』
『お嬢ちゃん小さいのにやるね。負傷者を含む被害はゼロ。1歩間違えば大災害が起きていたのをよく抑えてくれた。礼を言う』

 敬礼するヴォルツに向かってアワアワと驚くヴィヴィオだった。



「これだけだと普通の女の子に見えるのですが」

 クスッと笑うオットーとそれにうなずくオリヴィエ

「ええ、そうですね。貴方は騎士カリムの…」
「はい。ここに居る理由は察し下さい。」

 ぺこりと頭を下げるオットーにうなずくオリヴィエだった。



「へぇ…これがヴィヴィオのジャケットなんだ。私のに似てるね…って私のがなのはさんに似てるから当たり前か~」

 初めて見るヴィヴィオのバリアジャケットに興味津々なスバル。マントをめくってみたり腕のガードを触ってみたりetc…。

『スバル、後の処理頼めるか』
「了解です。」
『高町ヴィヴィオ司書、後で聴取を取らなければならないが…これは辻褄合わせくらいに考えてくれ。繰り返しになるが、今回の事件解決に感謝する。』
『一応こっちも話聞くことになるけど…そうやな、スバル近いうちに家においで、一緒に話し聞きながらご飯食べような。』
「はい、是非っ」

 そう言うと2人の通信は切れてしまった。
 聴取という言葉を使っているが、結局みんなでご飯を食べながら談笑する。ヴォルツがスバルに一任したのもそういうのを理解しての事なのだろう。
 何はともあれ良かったとホッと息をついたところにオリヴィエが

「ヴィヴィオ、良いのですか? 彼女達…待っていると思いますが…」
「………アアッ-!!」

 10分後、ヴィヴィオはアリシアにペコペコ頭を下げて謝っていた。その姿には先程までマリアージュと戦っていた勇姿は微塵も感じられなかった。



 マリンガーデンはその後サプライズ企画としてオープニングセレモニーを開催する。
 その影で、海底遺跡の反応を追ってマリアージュが現れる可能性を鑑み防災体制が変更された。
 それらの中でヴィヴィオやオリヴィエの名前が出る事はなかった。
 ヴィヴィオ達は所長から礼を言われフリーパスを差し出されたがやんわり断る。
 セレモニーの中で見た来場者の溢れる笑顔。それだけで十分だったから。


~~コメント~~
 もしオリヴィエがヴィヴィオの世界にやってきたら?
Asシリーズにおけるヴィヴィオの持ち味は何だろう? ふとそんな事を考えました。
 家で家族と居る時、学院や教会で友達と一緒に居る時、そして何かを決めた時。
 また違った姿を見たオリヴィエはどう思ったでしょうか。


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