第09話「ヴィヴィオの初舞台」

「ヴィヴィオお待たせ。出来たよ台本」

 八神邸での練習も日課になり車椅子にも慣れてきた頃、なのはが迎えにきてくれた。
 数日前にあった試験後の騒動は誰かが何とかしてくれたらしく、周りに護衛の局員は居ない。離れた所で見られているかも知れないけれど、意識し始めたらきりがないから意識しないようにしていた。

「ありがとなのはママ。」

 車椅子を玄関に置いて彼女に駆け寄る。
 台本とは言っても実際に紙媒体に印刷されたものではなく、テキストデータになっている。
 後から追加や変更があって何度も書き直されるから最初に貰うのは登場シーンのチェックとと全体の流れを見るくらいでいいとアリシアから聞いていた。
 レイジングハートからRHdにデータを送って貰って早速開くと…細かなシーン描写と台詞が書いてある。最後を見ようとするが中々終わらない。ずっとテキストの羅列が続く…

「…ママ…凄く多くない?」
「前のよりちょっと多い位だよ。紙にすれば魔導書1冊分くらいじゃないかな。」
「………そんなに?」
「はやてちゃんは事件で重要な役だから台詞いっぱいあるよ。」
「うん、頑張らないとだね。」

握る拳に力が入った。



 そしてアリシア達と集まって台本を読み合って、練習して…そして5月になって、予定通り闇の書事件の秘匿制限が解除されて…
 ついに撮影が始まった。

「フェイトちゃん…」
「なのは」
「フェイトちゃーん♪」

 最初に撮られたのはなのはとフェイトが再会するシーン。
 ジュエルシード事件の裁判が終わりフェイトが海鳴市に引っ越してきた。海の見える公園で抱き合う2人。

「おかえり、フェイトちゃん。」
「ただいま、なのは」

 ヴィヴィオ達は演じるアリシア達の姿をモニタを通して見ていた。
アリシアにもフェイトにも見えて顔が熱い。

「昔の私とフェイトちゃん…あんな風だった? もっと大人しかったと思うんだけど…」
「昔クロノが言ってた。慣れるまで暫く見てる方が恥ずかしかったって。」
「アリサちゃんやすずかちゃん、私がおっても2人で違う世界作ってたからな~♪」

 小声で話す3人の会話に同意し思わず笑いそうになる。

(アリシア達『ここ意識すると恥ずかしくなるから役になりきる』って言ってたけど…本当だよ。)

 過去世界や異世界で私はなのはとフェイトに会っている。彼女達も凄く仲良しだったのは知ってるけれど、この様子が誇張されたものなのか本当だったのか、ユーノやクロノ、海鳴市に居るすずかやアリサにこの映像が出来たら見せて聞いてみたいと思った。

 幾つかの出会いのパターンが撮影されて、今は夕暮れを待ってなのはとフェイトが並んで歩くシーンが撮られている。そこから少し離れた場所に駐車したバスの中でヴィヴィオは台本と睨めっこをしていた。

「おおきにって言った後、携帯出して先生の伝言を聞いてから道路渡ったところで車が来て、ぶつかる直前に転移。おおきにって言った後、携帯出して先生の伝言を聞いてから道路渡ったところで車が来て、ぶつかる直前に転移。おおきにって…」

 念じる様に繰り返し呟く。手が震え文字通り思いっきり緊張していた。

「ヴィヴィオでも緊張するんやね。あれだけ色んな事に巻き込まれて魔導師試験でもあんな度胸見せてたから何でも来い、これくらい何ともないって思ってたわ。」
「そ、そんな訳ないじゃないですかっ、私初めてなんですよ、あ~もう30分もないよ~…」

 はやては通路を挟んだ対面に座って私の様子を面白そうに見ている。今日は彼女の出番はないからアドバイザーとしてここに来ているのか単に見学に来ているのか…。何にしても気が散って仕方がない。彼女を無視して再び台本とにらみ合っていると

「次追突シーンを撮影します。用意お願いしま~す。」

外からスタッフの声が聞こえた。

(ここまできたらやるしかないっ!!)
「は~い!」

 元気よく答えた。

 

「力入りすぎ、もっとリラックス」
「う、うん…」

 今まで1歩間違えば大怪我、消えてしまう場面に何度も遭ってるけど違う意味で緊張する。

「高町さん、よろしくお願いします。」

 優しそうな男性が声をかけてくる。バスの運転手役兼トラック運転手の役の人だ。

「よっよろしくおねがいします。」

慌てて車椅子から降りて頭を下げる。

「ヴィヴィオ頑張ってな~」

はやてはそう言って出て行った。入れ替わるように入って来た彼は彼女の背を見送りバスから降りたのを見届けてから振り返った。

「最後の夜天の王、八神はやて。彼女は知らないけれど、実は闇の書事件後に退役したグレアム元提督、私の上司だったんだよ。」
「!?」
「部下からも慕われていた彼があんなことで退官して…しかも今の彼女は地上本部の司令。こんな理不尽許せる筈がない、そう思わないかい?」

 顔は笑っているが瞳は笑っていない、その言葉にも憎しみが込められている。

(まさか…はやてさんに仕返しするつもりじゃ…)
「………」
「まぁ君には関係無い事だね。撮影一緒にがんばろう。」

 そう言って運転席に座った彼から私は目を離す事が出来ず、額から冷たい汗が流れて落ちた。



「おおきに」

 バスから車椅子毎下ろして貰った後、運転手は軽く会釈し席に戻り行ってしまった。

『…海鳴大学病院の石田です。今日ははやてちゃんの誕生日よね…』

 携帯には石田先生からの伝言が入っていた。誕生日を一緒に祝ってくれるそうだ。
後で連絡すればいい。一通り聞き終えた後停滞をしまって車椅子を動かして道路を渡ろうとした時…
道の向こうからトラックがもの凄いスピードで迫ってきた。

「!!」
(空間転移!!)

クラクション音が響き渡った時にはもう私と車椅子はその場から消えていた。

「カーット! ……OKです」



「最初から1発OKなんて凄いじゃない。さっきまであんなにカチカチだったのに」
「え…あっ…うん。」

 アリシアから声をかけられてようやく私は我に返った。
 撮影中彼の言葉が気になって仕方がなかった。仕返しするつもりでこの映像に参加したのか? どうやってするつもりなのか? 何をするつもりなのか? と…

「うん。ありがと…」

 彼女に答えようと振り返ると、トラックから彼が降りてこっちに歩いてくるのが見えた。

「…アリシア、私の後ろに」

 緊張した面持ちで彼を出迎える。しかし…

「お疲れ様。台詞と動きだけを意識しても自然な動きは出来ないよ。普段通りの気持ちになればいい。これからも頑張って」

 手を差し出し、ニコっと笑って言われて気づいた。
 あれはヴィヴィオの気を逸らせる為に仕掛けられたのだと。彼と手を握る。

「ありがとうございます。おかげで失敗しないでうまく出来ました。さっきの話気になっちゃってたから」
「? ああ、あれは本当さ。でもそう思ったのは事件のすぐ後だけで、提督が静かに暮らしているのを知っていたし、事件の後で何度も通信してたんだ。厳しい人だったんだけどその時は憑き物が落ちたような穏やかな顔見てこれで良かったんだって。僕の出番はこれで終わりだけど、2人とも頑張って」
「「はい♪」」

 そう言って去る彼の後ろ姿をヴィヴィオは暫く見つめていた。

「何か話してたの?」
「うん、ちょっと昔の話」

闇の書事件、私が生まれるずっと前に起きた事件。
 時空転移で経験した事件だけれど、彼のように当時管理局に居て巻き込まれた人も多い。
 そのことを改めて教えられた気がした。


~コメント~
 もしヴィヴィオの世界でMovie2ndA'sが作られたら?
 今話よりMovie2ndA's本編が関わってきます。ネタバレも含んでいますので、もしご覧になられてない方がいらっしゃれば、先に劇場へ行きましょう(笑)。
 ASシリーズでは2度目の「闇の書事件」になります。
 事件の推移や異世界BoA・GOD世界の闇の書事件を知っているヴィヴィオがはやて役をするからこそ違う見方が出来るのではないでしょうか。

 

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