第17話「遠い世界の隣人」

「ん? 何か音が聞こえなかったか?」

 コトッと何か落ちる音が聞こえリビングから寝室へと行くと床に本が落ちていた。分厚い本だ、図書館で借りてきてまた寝る時に読んでいたのか…

「借りた本は丁寧に扱え、寝る前に読むなとあれほど言っているのに…全く、あやつは」

ブツブツと呟いていると甲高い電子音が聞こえた。

「うむ、洗濯機が止まった様だな。ユーリすまないが手伝ってくれ。」
「は~い。今いきます」
籠いっぱいの衣類を持って外に出ると

「ディアーチェ、手伝います。」

籠の片方を持ってくれて重さが半分になった。

「うむ、リインフォースは先にこれを頼む。」

 ここは新暦66年の海鳴市、砕け得ぬ闇事件から3ヶ月が過ぎた。海鳴市は今日も平和な時間が流れていた。
そんな所へ…

「わぁぁああああっ!!」

叫び声と共に何かが落ちてきて干し終わったばかりの衣類が吹き飛ばされた。

「あああっ、我が折角洗濯したのが土だらけに…きさま~っ何処の誰だっ!」

 土埃で汚れた衣類を拾い腕を振るわせて睨んだ先から現れたのは…

「イタタタ…ここどこ~?」
「貴様~っ…ヴィヴィオ!?」」

 ヴィヴィオだった。



「へぇ~そうなんだ。」

 八神家のリビングに通されたヴィヴィオはディアーチェの入れてくれたココアを飲みながら話を聞いていた。
 砕け得ぬ闇事件から既に3ヶ月程経っているらしい。
 はやては聖祥小学校に編入してなのはやフェイトと同じクラスになった。車椅子での通学も辛いリハビリと家族のフォローのおかげか2ヶ月程で歩ける様になって、今まで彼女の足役になってくれた車椅子はピカピカに磨かれ倉庫にしまわれている。
 シグナム達は管理局へ入局しレティ提督の下で働いている。その間リインフォースとディアーチェが家の中の家事全般をしてるそうだ。
 闇統べる王が洗濯したり食事を作ったりする様子が全く想像出来なくて引きつった笑みを浮かべた。
 そしてユーリはというと

「今はシュテルの…高町家でお世話になっています。今日もお昼から翠屋のお手伝いです。」

 にこやかに答えるユーリとは対称にディアーチェは苦虫を潰した様な顔をして

「あやつが1番先に順応しおった。子鴉の両親の信頼を得て我とレヴィのトラブルをいち早く見つけ、自分は滅多に起こさぬ。仮に起こしても子鴉か子鴉の両親が庇いおって尻尾を見せん…あれから2週間くらいで家の移り変わりは無くなった。」

 砕け得ぬ闇事件でユーリを救い出した後、ディアーチェ・シュテル・レヴィの間で彼女が誰の家で暮らすか喧嘩になった。そこでアリシアが提案した『八神家、高町家、ハラオウン家の中で1番過ごしやすい家で暮らす。落ち着く迄は3家を順番に回って貰いその家のマテリアルがトラブルを起こした時点で次の家に変わる』というルールを採用していた。
 シュテルはその案に乗りながらも『本人がトラブルを起こさなければ次の家に回らない』という穴を見つけていち早く実践した。流石シュテルだ。
 アリシアが彼女を警戒して話を一気に進めた理由が判る。

「我も早くユーリがどこかの家で定着してくれた方が落ち着いた生活も出来ると思案していた。子鴉と子鴉の家族は誰でも家族として受け入れる…変わった家だ」

 呟く彼女に苦笑する。

(士郎さん、桃子さん、恭也さん、美由希さんだったら大丈夫だよね。)
「でもレヴィが拗ねちゃうので時々遊びに行っています。朝はディアーチェが忙しいので手伝いに来ています。」
「家族が多い上に皆出るのでな、また洗濯する羽目になったが…」

 学校に管理局…残っているのはディアーチェとリインフォースだけ。今は再び洗濯機の回る音が聞こえている。

「…ごめんなさい…」
「どうしてここに来た? また事件か?」

 問いかけたリインフォースの方を向くが元世界の彼女を思い出して目を合わせられなかった。



『シュテル、レヴィ…すぐ八神家に来てくれ』
『ディアーチェ、どうかしましたか?』
『何かあったの?王様』
『来ればわかる。』

 朝から団体客が入ってきて少し慌ただしかったが、その客も帰り残った皿やカップを運び終えてテーブルを拭いているとディアーチェから念話が入った。
 聞き返しても何か教えてくれない。

「王様、いっぱいカレー作ったから食べに来いって♪」

 遊びに来ていたレヴィが嬉しそうに言うのを聞いて思わずテーブルの上に突っ伏した。
 鼻をぶつけてヒリヒリする…
 どんな風に聞けばこういう解釈になるのか? 未だに彼女の思考ロジックは読めない。
でも…

「そういう雰囲気ではありませんでしたが…桃子さんと士郎さんに話してきますからレヴィも用意してください。」
「うんわかった♪ カレーカレー♪ 王様のカレ~♪」

彼女の機嫌を損なうよりディアーチェの所へ早く行った方がいい。そう考え厨房で皿を洗っている士郎を見つけ歩み寄った。

「あの…ディアーチェから急ぎ来て欲しいと連絡がありました。少しの間店を離れてもいいでしょうか?」

「お昼前までは客もまばらだしいいよ。ディアーチェちゃんとリインフォースさんによろしくな。」
「ありがとうございます、ユーリと一緒にお昼前には戻ります。」

 ペコリと頭を下げ小走りでレヴィの所に向かう。

「レヴィ、あまり時間がありません。少し急ぎますよ。」
「りょーかい♪」

 エプロンを外して折りたたみ

「行ってきます。」

 店のベルを鳴らして小走りで出て行った。



その頃

「ヴィヴィオ、冷蔵庫からニンジンを取ってくれ。」
「冷蔵庫…あった。3本でいい~?」
「全部だ。」
「は~い」

 数分前にシュテルとレヴィを呼ぶと言った後、ディアーチェはキッチンへ移動し手際よく野菜を洗って切り始めた。

「ディアーチェ、何作るの?」
「カレーだ。レヴィがここへ来るときは必ず作っている。あやつの好物らしい。今日も食べる為にすぐに来るだろう。」

 マテリアル達全員が思っていた以上にここに順応しているのに少し驚く。

「ディアーチェの作ったカレー美味しいんですよ。」
「我が主も絶賛している。」
 はやての料理の腕はヴィヴィオもよく知っている。その彼女が美味しいというのだから相当だ。
「ディアーチェすご~い!!」
「煽てるな。腹が空いていては良い考えも生まれん。ユーリとシュテル、家族の分は後で届けるがそれでいいか?」
「はい。なのは達も喜びます。ディアーチェのカレーはみんな大好きです。」

 満面の笑顔で頷くユーリ。その仕草にあの時無茶してでも彼女を助けたのは間違ってなかったと思った。
15分位でカレー鍋がコトコト音を立てていると

「王様~来たよ~♪」
「失礼します。」

 声が聞こえ2人の足音がキッチンに近づいてきた。

「ね、シュテルん言った通りでしょ♪ 早く食べ…ん?」
「…王…流石です…あなたは…」

キッチンの前でヴィヴィオを姿を見た瞬間、2人は固まってしまう。だが

「シュテル、ディアーチェ、こんにちは」
「ヴィヴィオ」
「ヴィヴィオっ~!! わ~久しぶり、元気だった?」

レヴィがたたっと駆け寄ってきて手を掴みブンブンを振った。

「う、うん。元気だった。レヴィも元気そうだね」
「モチロン♪」
「レヴィ、キッチンではしゃぐな。シュテル、店に戻るまでどれくらいだ?」

 時計を見て考える。

「大体20分位でしょうか…」
「判った。ユーリすまぬが暫く鍋の番を頼む。ヴィヴィオ、全員揃った。リビングで話を聞こう。」
「う、うん…」

 さっきまでと打って変わって真剣な眼差しになった彼女に頷いて答えた。



「全く…成長しても子鴉は子鴉のままか…」

 リビングに戻ったヴィヴィオはソファーに座ってすぐに今までの状況を話した。
 元の世界で闇の書事件の記録映像が作られている事。その中でヴィヴィオははやて役、はやてはリインフォース役をしている事。そしてその撮影の最中にはやてがジュエルシードを発動させ闇の書だった頃のリインフォースを蘇らせてしまった事。

「それで、はやてさんを助けようと騎士甲冑モードを使ったら悠久の書が…あれ?」

 RHdの中から悠久の書を取り出して見せようとする。でもRHdの中には悠久の書が無い。他の場所も探すが見つからない。

「どうしましたか?」
「え、うん。悠久の書が…ないの。あれが無くちゃ元の世界に戻れない」

 ここに来た理由もわからなければ戻る方法も無い。顔を青ざめる。

「…その内見つかるだろう。見つからなければ一緒に探してやる。それよりシュテル、ヴィヴィオの話を聞いてどう思う?」
「そうですね…消えてしまった闇の書…誰でも簡単に蘇らせる事は出来ないと考えます。アミティエとキリエが残してくれた記憶封鎖システムによって曖昧になった記憶、その中に彼女が望んでいたものもあったのかも知れません。例えば…こちらのリインフォースと会い、話した記憶とか…それがより強くなりジュエルシードを発動させた可能性は十分に考えられます。」

 シュテルの言葉にヴィヴィオも頷く。プレシアが言っていた様に『曖昧になってしまったからより強く望んでしまった』。はやて以外で闇の書に1番近い彼女達が言うのだから間違いないのだろう。

「我が異世界の我が主を…ヴィヴィオ…すまない」

 リインフォースが申し訳なさそうに答える。

「貴様が謝る事ではない。全てはあっちの子鴉のせいだ。シュテル、その推測の上で事態を収束させる方法はあるか?」
「………」

 ディアーチェの問いかけにシュテルは黙り込んでしまった。

「シュテル、私何でもするよ? だからお願いはやてさんを助けて。」
「……そう…ですね…方法はあります。ですが…少し時間を貰えますか? レヴィ、リンディ提督は今日どちらに?」
「リンディさん? アースラに居るよ。」

 レヴィはヴィヴィオの話を聞いている途中で聞くのを止め考えるのを放棄し、近くにあった漫画を読んでいた。聞かれて指で上を指す。

「エイミィ執務官補佐も一緒でしょうか?」
「うん、定期報告するって朝から一緒に出て行った。」

 2人の所在を聞いて何をするつもりなのか?

「王も承知と思いますがその方法しか無いでしょう。ですが私達だけでは…ですので…」

 そこまで言うとディアーチェが項垂れる。

「…シュテルの考えも同じであればそれしか無いな。ヴィヴィオ、すまぬがまたお前に頼るしかない。むやみに他の者の記憶封鎖を解く必要はない、今日は外に出ずここでゆっくりしていってくれ。」
「う、うん。」

 そう言うと彼女は立ち上がってキッチンへと向かい

「ユーリ、鍋の番を代わろう。そろそろ時間だ。話も終わった。」

~コメント~
もしヴィヴィオの世界でMovie2ndA'sが作られたら?
はやてが闇の書を呼び出してしまったのは「刻の移り人」でリインフォースと再会したことが一因にあります。そんな繋がりで再びマテリアルs+ユーリの海鳴生活afterを書いてみたかったです。

先週静奈さんがホームページのリニューアルをしてくれました。
今までSSページに来ないと新着情報が見れなかったのですが今度のは…トップに出てる!!
ホームページ名もサークル名と一緒にするので「さいれんと☆しーずん」から「鈴風堂」に変わっています。
今後とも宜しくお願いします。

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