第0話「終わりの始まり」

「…本当にいいの?」
「構わん。」

 目の前の彼女が頷くのを見てヴィヴィオはそれ以上言えなかった。



 色々あった闇の書事件の記録映像撮影が終わってから数日後、ヴィヴィオはプレシアの研究施設へとやって来ていた。
 その理由はというと撮影中にあった事件で併行時間、異世界から来て貰った闇の書のマテリアル達、シュテル、レヴィ、ディアーチェ、ユーリを元の世界へ送る為だったのだけれど…

「我らは暫くここに滞在する。帰る時になれば呼ぶ。」
「はい、その時はよろしくお願いします。」
 まさかのまさか、ディアーチェとシュテルから断られたのだ。

『遅い! いつまで待たせるのだ。』
『やっと帰れます。』
『そうですね。』
『帰る前にさ、みんなのお土産買いに行こう♪』

そんな風に話が進むだろうと思って貯めていたお小遣いを全部持って来たのだけれど、まさか断られるとは思っておらず

「…本当にいいの?」
「だから構わぬと言うておる!」

 睨まれて後ずさりしつつ

「うん…帰りたくなったらいつでも言ってね。」

こう言うしかなかった。




 ヴィヴィオが2人とそんな話をしていた頃、時空管理局ミッドチルダ地上本部の近くにある病院では 

「あ~暇や…」

 病室のベッドの上で八神はやてがん~っと背伸びをしていた。
 窓からは普段と変わらない町並みが広がっている。平和な時間が流れている。

「こんな風に街を見るの…何年ぶりやろな…」

 呟きながら目を閉じる。
 窓から入ってくる暖かい風を気持ち良かった。


 ヴィヴィオとマテリアル達とはやて、3者が今の状態になっているのはある事件が原因だった。
 昨年作られたジュエルシード事件の記録映像が大好評だった事から管理局広報課は続編として続けて起きた闇の書事件の映像化を企画した。
 アリシア・テスタロッサは再びフェイト役として出演し、闇の書事件の主要人物守護騎士は本人達が、闇の書の管制人格-リインフォース役をはやてが、そして事件の中心人物である八神はやて役をヴィヴィオが演じる事になった。
 撮影が進む中で、はやてが不慮の事故でジュエルシードを起動させてしまった。

 ジュエルシード、次元震を起こす程のエネルギーを秘めるロストロギアで知られている一方で純粋で強い願いを叶えるとも伝えられている。
 はやての願いを叶える形で彼女を媒介として本物の闇の書-リインフォースが蘇ってしまう。
 現地に居た高町なのはやフェイト・T・ハラオウンの声も意識を失ったはやてには届かない。このままでは蘇った闇の書によって再び悲劇が繰り返され始めてしまう。それを止めるにははやて毎闇の書を消滅させるしかない。だがそれははやてだけでなくシグナム達守護騎士も消える事を意味する。
 正に八方塞がりの状況に陥った。
 そんな所に飛び込んできたのがヴィヴィオとアリシア、チェント・闇の書のマテリアル達だった。
 マテリアル達は特殊な結界でヴィヴィオと闇の書を包み闇の書がこれ以上蘇らない様にする。その結界の中でヴィヴィオは単身闇の書に戦いを挑み、彼女の複合シールド【ナハトヴァール】を破壊した上で集束砲で存在を消し、アリシアとチェントは露出したジュエルシードに願いを上書きしはやてを救出した。

 クランクアップの後、はやて達が帰宅した翌日に出勤しようとした彼女が連れてこられたのは地上本部にある彼女の執務室ではなく、今居る病院だった。
 そこで待ち構えていた医師と看護師に病室へ案内されて2週間の検査入院を言い渡された。
 更にベッドの上に今時珍しい紙の書面で管理局本局と地上本部の連名で同期間中の強制休暇と管理局司令の権限剥奪と局員資格の停止命令書が置かれていた。

 事件前にあったイクスヴェリア巡礼の作戦指揮担当になってから撮影終了まで休暇を取らず、夜遅くなった時は執務室で寝泊まりしていた事に加えジュエルシードを起動して闇の書の媒介になってヴィヴィオと壮絶な戦闘を繰り広げたにも係わらず検査も何も受けていない。
 
 そんな無理無茶を家族の1人、シャマルが見過ごす筈がない。
 はやては本局と地上本部連名の命令書の署名を見てしてやられたと思った。
 リンディとクロノ、レティのサインの下に3提督の名前まで書かれていてゲンヤやカリムのサインも横に添えられている。
 しかもいつの間に用意したのか判らないが家で使っている身の回りの物が病室に置かれていると言う徹底ぶり。
 元上司や友人、家族が全員手を組んでいる。

(ここまでするか? 普通)

 逃げ場はない。つまりこれから2週間はやては1民間人となり1患者としてここで過ごす事が決まった。

「しっかり休んで治しましょうね♪」

 隣でニコリと微笑む発起人に

「はぁ…降参や。あとで読みかけの本持って来てな」

 両手を挙げて白旗を振り、首にかけていたシュベルトクロイツを彼女に渡した。



「へぇ~よくはやてちゃんが気づかなかったね。」

 はやてが風の音色に耳を傾けていた頃、本局の自席でミッドチルダで教導中のヴィータから連絡を受けたなのはは感嘆の声をあげていた。

『はやては大丈夫って言ってたんだけど、ロストロギアに取り込まれてガチのバトルだったからな。』
「そうだね…」

 ジュエルシード事件でフェイトが生身で封印処理をした時を思い出す。
 幼かったとは言えあのフェイトですら封印処理だけで魔力を酷く消耗し意識を失いかけた。発動に巻き込まれた彼女が無事とは思えない。

『撮影が終わるまでは何を言っても聞かないから、先にスケジュールを聞いてリンディ提督とレティ提督とナカジマ3佐に直接頼んだんだ。私もミゼットばーちゃんに頼みに行ったんだぞ』

 こういう時の結束力は流石八神家だと感心する。しかも頼む相手が凄すぎて返す言葉に困る。入院だけでなく司令権限や局員資格まで停止はその関係者達が気を利かしたのだろう。ちょっと気を利かせすぎの気もするけれど仕事の鬼になった彼女を止めるにはここまでするしか無いのかも知れない。

(あれ? シャマルさん…まさか私も…そんなことないよね?)

『体の事より任務優先で医局から遠ざかっている何処かの誰かも同じよ。』
 はやての様になりたくなければ…という発起人の意図があるのかと勘ぐる。

「そ、そうなんだ。じゃあ私も帰りにお見舞い行くね。」  
『ああ、きっと時間持て余してると思うから。準備忘れるなよ。』

 ニヤリと笑った彼女は通信を切った。

「…検査受けないと…まずいよね」

 切断間際の彼女を見てさっきの考えは当たっていると確信した。 


 
 そして2人の会話から少し時間が経った頃、部屋の隅に置いてあったアラームが鳴る。その音を聞いてその部屋の主が顔を上げ軽く背伸びをした。

「続きは午後にしましょう。」

 そう言って立ち上がり部屋の隅に置いたバスケットを持って部屋を出る。

「チェントはどこにいるのかしら。チェントーっお昼にしましょう。」

 通路で声をあげる。しかし声も足音も聞こえない。いつもなら『はーい』と走って来るのだけれどどうしたのか?

「プレシア、チェントならレヴィ達と遊んでいるぞ。」

 近くのドアが開きチンクが顔を出して答えた。

「そうだったわね。それじゃ今日は外で食べましょう。チンクも一緒にどう?」
「先に行っていてくれ、すぐに追いかける。」
「待ってるわ」

 再び部屋に戻りバスケットの近くにあったシートを持って外へと向かった。 
  
 プレシア・テスタロッサはPT事件時からヴィヴィオの時空転移によって助け出され、更に今はアリシアとチェントと暮らしている。
 そして今は聖王教会近くの施設を1人で丸ごと管理を任されている。彼女からすれば心から求めた幸せな日々。そんな日々に今は珍客がやってきていた。
 先に起きた事故でやってきた闇の書のマテリアル達を預かっているのだ。
 彼女達が遊び相手になってくれているらしい。外に出て見ると思った通り広場の方から明るい声が聞こえた。

(外で遊ぶのも大切よね…)

 チェント・テスタロッサ、彼女は特殊な生まれである。ジェイル・スカリエッティによってヴィヴィオと同じくベルカ聖王家-オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを複製母体とするマテリアル、ヴィヴィオ暴走時の安全装置として、ヴィヴィオ喪失時の予備として作られた。
 1年程前に起きたある事件で管理局に保護されたのだけれど、幼さ故に暴れたせいか問題児扱いされていた。それを耳にしたプレシアは無理を承知で彼女の保護者に名乗り出た。
 チェント本人やヴィヴィオ、フェイト、チンク達元ナンバーズの面々は全員特殊な生まれ方をしている。彼女達が成長していく中でもし大病を患った時、一般人が使う薬が効くとは限らない。
 人造魔導師計画【ProjectFate】に携わっていたからこそそれがわかる。
 聖王教会の騎士カリム・グラシアに打診したところ教会内でも色々な動きがある事を知り、幼い彼女を政争に巻き込ませない為にと急ぎ動いた。
 他からもプレシアを保護者として推挙してくれる後見人が現れた事で程なく保護者となった。
 最初は警戒もされたが、思ったよりも手がかからずに懐いてくれて保護者になった翌月には正式に家族として申請した。
だが彼女が来た事で問題もあった。
 チェントはまだ保護観察期間中の為同年齢の子供と同じ幼育施設には入所出来ず、同じ教会系列のStヒルデの幼等科にも入れない。ずっと一緒に居られたらいいが、施設を任されている以上相応の結果を求められるからずっと彼女を見ている訳にもいかない。
 1年前に起きたある事件時で知り合ったチンクに助手として彼女を見て貰っているが彼女に頼んだ仕事もあるからどうしても1人にしてしまう時がある。
 プレシア自身、保護したのにずっと一緒に居てあげられず寂しい思いをさせている事に申し訳なく思っていた。
 そんな時に現れたのがマテリアル達だった。特にフェイトに似たレヴィと名乗る少女は好奇心旺盛で活発的でチェントの良い遊び相手になってくれている。容姿が姉に似ているところもあってか普段人1倍人見知りな彼女も直ぐに打ち解けよく遊ぶ様になった。

 声が聞こえる方へ足を進めると思っていた通り今日はユーリを含む3人でボール遊びをしていた。他の2人は木陰で本を読んでいる。

「お昼にしましょう。手を洗ってらっしゃい」
「「「は~い♪」」」

 こういう生活も悪くない。風が奏でる重奏に一時耳を傾けるのだった。




(何か変なんだよね…)

 皆が皆それぞれの時間を過ごしていた頃、アリシアはジーッと彼女を見つめていた。彼女というのはアリシアの親友、ヴィヴィオのこと。
 闇の書の記録映像撮影が終わってから何かおかしい気がする。お昼のお弁当は一緒に食べるし、みんなともよくお話するし、よく互いの家にも遊びに行く。
 好きな人が出来たとかそういう類でもなさそう…でも何かひっかかる。
 今は魔法の授業で彼女は課題の魔法陣の構築練習をしている。

「アリシアの番だよ~」
「…………」
「アリシア?」
「あっ、ごめん。私の番だね。」

呼びかけられているのに気づいて答える。でも…

(何か変だよね…)

一体何がどうおかしいのだろう? 心の中でアリシアは彼女自身に問いかけていた。


~コメント~
 お久しぶりです。AgainStory3を書き終えてから少し時間が経ってしまいました。
 Movie2ndA'sがヴィヴィオの世界で作られたら? という話の下でAgainStory3を書かせて頂き、今話は後日談から始まる物語「AfterStory」でありヴィヴィオに繋がる「AffectStory」幾つものASが組み合わさった話になります。
 仕事の都合で毎週更新出来るかはわかりませんが、暫くおつきあい頂ければ嬉しいです。 

 

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