第26話 「帰って来た聖王」

 ヴィヴィオがグランツに頼まれテストをしていた頃、元世界ミッドチルダのある住宅街を彷徨っている女性が居た。

「この辺りだった筈ですが…」

 シスター姿の彼女は既に2時間近く辺りを彷徨っている。彼女が私服姿であれば誰かが声をかけていたか不審者と間違われ管理局に連絡されて警ら員が来ていただろう。だがシスター姿だったが為に宗教活動の一環だと思われ誰も声をかけず、逆にかけられるのを避ける様に離れられていた。


 

「……本当にここで合ってるのでしょうか…」
「あの…どちらかお探しですか?」
「!! はい、実は…」

 帰り道も判らず涙目になっていた彼女が最初に声をかけられたのはそれから更に1時間程経ぎた後だった。


 
 そこから少し離れた場所にある高町家では…

「う…ん……」

 なのはが目を開くとそこにはフェイトとはやての顔が見えた。

「大丈夫?」

 辺りを見てどうやら寝室にいるらしい。フェイトに心配そうに聞かれてどうして眠っていたのかと思い出そうとしてはやての話を聞いている最中に意識を失ったのを思い出した。

「ごめんな…」

 そして、はやてが見せた画像と彼女の話も思い出す。

「ううん大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

 体を起こしてはやてが差し出したグラスの水を飲む。

「…本当…なんだよね? ヴィヴィオの…ううん聖王の戦装束をヴィヴィオが着てたって。」
「……うん、私も意識無くて映像ディスクで見ただけやけど」

 再び目眩を覚えるが手に力を込め意識を保つ。

「大丈夫…リビングで待ってて…あとで直ぐに行くから」

 震える手を押さえ2人に言った。



(ヴィヴィオ…)
 1人寝室に残ったなのはの頭の中はヴィヴィオの事で一杯だった。
 ヴィヴィオが見知らぬ鎧を着ていたとか魔法を使ったとか…そんな事どうでもいい。
 それよりも…

「死戦を覚悟した時だけに現れる鎧…」

 死を意識したのかどうかはわからない、でもヴィヴィオはその鎧を着た。
 そして…その場所には自分も居たのに何も気づけなくて、何も出来なかった。

「ごめんね…ヴィヴィオ…」

 ギュッと握りしめたシーツに涙の跡が生まれていた。



「ハァ…話さん方が良かったかな…」

 フェイトと先にリビングへ戻ったはやてはポツリと呟く。

「ううん、はやてが気づいて調べてくれなかったら私もなのはも知らないままだった。ありがとう。」
「うん…なのはちゃん大丈夫かな?」
「多分、ヴィヴィオの事で混乱してるんじゃないかな…死戦を覚悟した時だけに現れる鎧を着ていたのを聞いて。まだ私も驚いてるけど…」

 差し出されたティーカップを見るとカップが震えている。

「ありがとな…」

 なのはと同じくらい彼女も驚き、混乱したのだろう。それにも関わらずはやての為に気丈に振る舞うフェイトに嬉しさと申し訳なさを感じた。暖かなお茶を口に含む。

「夜天の王、翻訳を間違えていますよ。」
「ブッ!!」 

 だが次の瞬間、玄関に通じるリビングのドアが開き発された言葉を聞いたはやては思いっきり吹き出した。入ってきたのはシスター服の

「イクス様っ!?」

 イクスヴェリアだった。



「イクス様って…イクスヴェリア王? どうしてここに? どうやって?」

「声をかけ扉もたたきましたが返事がありませんでした。鍵もかかっていましたが、『こちらに変われば』開きましたので失礼だとは思いましたが中に入らせてもらいました。」

 夜天の王? こちらって? 咳き込みながらもはやてが彼女の瞳を凝視する、瞳の色が変わっていた。 

「鍵を開けたって…どうやって?」

 フェイトは驚きながらもその瞳は警戒色を強めている。

(なんで私だけこうなん~っ!!)

 頭だけでなく胃も痛くなってきた。どうして私だけこんな目にあうのかと突っ込みを入れたくなるが、この状況で全てを知っているのははやてだけ…。

「先程の話ですが、ベルカ聖王が死を覚悟した…決死の時に纏った鎧は伝えられていますが違います。正しくは死を覚悟したからでは無く、目の前の相手を倒す覚悟をした時に纏う鎧です。戦いの中で無くなった王が纏っていた為にその様に伝えられたのでしょう。」
「どうしてそんな事をイクス様が…」
「本当ですかそれっ?」

 フェイトが聞き返そうとするのと殆ど同時になのはが駆け込んできて聞き返した。
 その様子にイクスは微笑んで

「はい、私が証です。」

 と答えるのだった。



 闇の書事件の撮影裏のディスクを貰ったのは私…
 そこに私を助けようとヴィヴィオが戦ってくれてある部分に違和感を持ったのも私…
 ヴィヴィオらしき女性が着た鎧に興味を持ったのも無限書庫への調査依頼や聖王教会の蔵書を漁ったのも私…
 そこで見つけた魔法が気になってイクスに聞いて彼女の正体を知ったのも私で、なのはちゃんとフェイトちゃんにだけは話とこうと思って来たのも私…

(なぁリインフォース、私何か悪いことしたかな…)

 降って沸いたとは言え…なのは、フェイトとイクスの死線…視線が痛い。
 なのはとフェイトはイクスが何者だと思っているだろうし、イクスはイクスで2人の視線無視して自分で話す気は無いというかこちらに任せる気満々なのは雰囲気でわかる。
 知ってるのははやてだけなのだから自然とはやてに集中する。でも知っているとは言え全てを知っている訳ではない。

(もう自棄やっ!!)

 後の事は後で考える。色んな物を溜め込むのは性分じゃない。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、こちらの方はイクスヴェリア陛下…であってオリヴィエ王女でもあります。」
「「…はい?」」
「はい♪」

 言葉というのは同じ言葉でも語尾が変われば意味が変わるから実に面白い。3人から発された言葉を聞いてはやてはふとそんなことを思うのだった。



一方その頃…

【コンコン】
「はい」
「セインで~す。入ってもいいですか~?」
「いいわよ」

 執務室で報告書を整理していたカリムの部屋にセインが入ってきた。
 当初はドアのノックも、確認もせずに入ってきて教育係のシャッハから何度も叱られていたのに今は何も言わず出来ている。手を焼かされると言いながらもキチンと教育は出来ているらしい。
 微笑みながらそんな事を思いつつ視線を書類から彼女へ移すとセインは部屋のあちこちを見ていた。

「何か様かしら?」
「あれ~? おっかし~な? てっきりここだと思ったんだけど…騎士カリム、イクス様どこへ行ったのか知りません?」
「イクス様? 祭事も終わって今日はお休みな筈よ。自室にいらっしゃらないの?」

 カリムが答えるとセインは首を傾げ頭を搔く。

「一緒にお茶しようと思ってイクス様の部屋に行ったら部屋に鍵がかかってたんです。何度呼んでも返事が無いから中を覗いても誰も居なくて、礼拝堂や庭園も見て回って、イクス様がデバイス持ってるの思い出して探してみたら教会内に反応が無かったから遮断出来る部屋だったらここだと思ったんだけど…」

 最初はアラアラとおもい聞いていたが途中から顔からサーっと血の気が失せるのを感じた。
 部屋や良く行く場所にも居らず、デバイス探査にもかからない…つまり教会内には居ない…

(…連れ去られた? 誰に? まさか…)
「セイン、急いでシャッハを連れてきて頂戴」
「は、はいっ!!」

 ガタッと席から立ち上がりセインに指示を出す。
 駆けだしていく彼女の背を見つめながら端末を出すのだった。



「…つまり、ヴィヴィオとチェントの為にオリヴィエ様はイクス様の体を治して魔力と意識を移した?」

 はやてとイクス=オリヴィエから一通りの話を聞いてなのはとフェイトは驚きの余り呆然として頷くだけだった。大混乱する頭の中でなんとか整理してイクスに確認する。

「意識ではなく、あくまで魔力と知識・経緯だけで私はイクスヴェリアです。オリヴィエ陛下の魔力と知を借りる時だけこの姿になれるのです。」
「…それでオリヴィエの魔力はヴィヴィオと同じだから…鍵が開いちゃったんだね。」

 高町家のキーロックは通常の鍵のロックと魔力波形を登録したロックを用いている。家に居る間は魔力波形だけにしていたからオリヴィエの波形を持った彼女をヴィヴィオと間違えたらしい。

「今日こちらに来たのは夜天の…八神はやてさんがこちらに居ると聞いたからです。正体を明かしておいて申し訳ないのですが、私の…陛下については誰にも話さないで貰いたいのです。あと2人の陛下やそのご家族にも…」

 第3者なら兎も角ヴィヴィオやチェントだけでなくプレシア、アリシアにも話さないで欲しいというイクスの頼みに首を傾げる。

「彼女がここに残らず、私を目覚めさせた意味を考えてください。陛下の存在を知ればヴィヴィオの決心が鈍ります。彼女が作った夜空の花、とても美しかったです。あれは陛下と夜天の魔導書の追悼の意味があったのではありませんか?」
「それは…」

【花火には亡き人を偲ぶ意味がある】日本で暮らしていたなのはとフェイト、はやてはその事を知っていた。 
 アリシアとの模擬戦後、ヴィヴィオが見せてくれた花火にはその意味は含まれていたと思う。
 イクスの中にオリヴィエが居たと知ったらその決心を鈍らせるに違い無い。

「そうですね…わかりました。」

 はやてとフェイトは頷く。しかしなのはは…

「あの…イクス様、1つお願いしていいですか? 私にもっとベルカ聖王について教えて貰えないでしょうか、聖王の魔力が…とかベルカ史とかあの魔法についてとかそんなのはどうでもいいんです。今日はやてちゃんから聞くまであの鎧の事も何にも知りませんでした。」
「もっと知りたいんです。私はヴィヴィオの母親なんです。それと…もう1つだけお願いします。私と同じ様にあの子の母はもう1人居ます。私は誰にも話しませんからその時が来たらイクス様から彼女に話して貰えませんか?」
「…………」
「……」
「…わかりました。その願い聞き入れましょう。教会では何時誰に聞かれるかわかりませんから、時々ここに来てもいいですか?」
「は、はい! ありがとうございます。」

 涙目になって喜ぶなのはを見て

(なのはちゃん、本当にヴィヴィオのお母さんなんやね)
 彼女の違う面を見た気がした。その時

【PiPiPi】

 はやての端末が鳴る。イクスに戻った彼女となのは、フェイトが話しているのを横目に端末を出して見た瞬間、硬直した…

「あの…イクス様?」
「はい?」
「教会からここへ来るの…誰かに言ってきました。」
「いいえ、今日は1日お休みです♪ 休日にどこへ行くのか言わなければいけませんか?」
「「えっ!?」」

 その返答を聞いてなのはとフェイトも事態を察する。はやても深いため息をつきながら頭を抱えた。

「教会でイクス様がマリアージュに捕まったかも知れないと大騒ぎになってます。今から騎士カリムと連絡取りますからご自分の口で話して下さい。」

 イクスははやてからの通信にでたカリムとシャッハからそれはもう厳しい叱責を受けた。
 涙目になって時々はやての方を見てフォローをして欲しそうな様子だったが、はやてはあえて視線を逸らし気づかない様にした。

「そこまで面倒みきれん…」


~コメント~
 もしヴィヴィオがなのはイノセントの世界にやってきたら?
 今話は元世界、高町家が舞台です。
 イクス=オリヴィエの話はAffectStory・刻の移り人の頃から考えていた伏線で、AgainStory1話でお目見えし、前作AS3話でディアーチェが正体に気づき本作でもはやてが気づきます。
 
 イクス=オリヴィエとの話とは別に、母親としてのなのはの面を見せたいと思いました。
 聖王の系譜であるヴィヴィオを養子にして色々心配していましたが、まっすぐに成長していくヴィヴィオを見て充実した日々を過ごしています。今話はそんな彼女に衝撃の事実が明かされます。
 

 そう言えば今月でリリカルなのはは10周年だそうで、これだけファンが長く続くアニメも珍しいのではないでしょうか?
 私は放送開始当初、あまり興味もなく某カードを集める魔法少女系アニメだと思い全く見てませんでした。
 実際に見たのはAs終了後で昔同じ専門学校に在学していた静奈君が営業兼SEで職場に来た縁でたまに食事に行く様になり、その際に教えてくれて、文字通りわたしもはまり現在に至ります。
 静奈君は当時もっと色々深い部分まで巻き込まれていて、その後思ってもみない方向に進んでしまったみたいですが…

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