第02話「最初の1歩」

「…これがそうなのですね?」

 カリム・グラシアはテーブルに置かれたメモリディスクを手に取った。

「はい」

 その様子を見守りながらリンディ・ハラオウンは真剣な眼差しで頷いた。


 聖王のゆりかごが予兆もなく再び突如消えたとリンディが報告を受けたのは消えてから1時間が経過した時だった。
 翌日リンディはフェイトとなのはを見舞う為に聖王医療院へと赴いた。彼女が2人の病室に着いた時には既に八神はやてが見舞いに来ていた。
 そしてそこでフェイトから聖王のゆりかごを動かしていたのが異世界から来た高町ヴィヴィオだったと教えられた。更に彼女と一緒に来たフェイトの姉、アリシア・テスタロッサから渡されたメモリディスクについても…。
 フェイトからメモリディスクを借りて端末に繋いだ直後彼女は驚嘆した。プレシア・テスタロッサの名前で『リンディ・ハラオウン様へ』というメッセージが入っていたからだ。

 メッセージには魔力格納多層構造結晶体ー通称【魔力コア】についての設計概略と作成方法、彼女が何故これを作ったのかが書かれていた。そして最後に『これはお願いだけれど魔力コアは兵器ではなく人を助け命を守る為に使って欲しい』とも…。

 メッセージを読んだ後目を瞑って彼女の気持ちを考える。
 研究者として、母として何故フェイトを作り事件を起こしたのか?
 彼女にとっていかにアリシアが大切だったか…そのアリシアを守る為に作った技術こちらに残した理由は何…?
 その理由は…

「母さん?」

 フェイトに声をかけられて彼女を見る。
 目の前に居た。フェイト・テスタロッサ。アリシアを複製母体として作られた彼女もラプターが間違った使い方をされてしまうと被害を受ける。プレシアは彼女を守る為にこのデータをアリシアに託したのではないか?

(これは公開すべきではないけれど…管理局だけに持たせられないわね。)

 既にラプターを作り出した管理局だけがこの技術を隠し持つ訳にはいかない。
 ラプターに頼るのではなく、新たな可能性を見つけなければいけない。

「はやてさん。これから私と来てもらえるかしら?。」
「は、はい」

 唐突に言われて驚くはやてを伴って聖王教会へと向かった。  



「魔力格納多層構造結晶体ー異世界では魔力コアと呼んでいるそうです。プレシア・テスタロッサからのメッセージでは結晶内で魔力の出力制限を行う為暴走はせず、個々に出力を変える事も可能で大量生産も出来るそうです。魔力資質が無い者でも魔力コア専用のデバイスを使えば一般レベルの魔導師と変わらなくなるそうです。」

 聖王教会に行くとそのまま騎士カリムの執務室へと向かった。普段通信越しでしか会わない彼女の突然の来訪にカリムは驚きながらも彼女を部屋に通した。
 
 リンディの話を聞いてカリムも目を見開いて驚く。

「…魔法文化が変わりますわね。そんな大切な情報をどうしてこちらに? 管理局のトップシークレットとして扱われた方が良いのではありませんか?」

 賢い彼女ならデータメモリに入った情報の凄さを直ぐに理解してくれると考えていた。その質問も予想はしていたけれどこれを話してもいいかと思案する。
 だが、ここは彼女の意思を優先するべきだと考えた。

「私がこちらに伺ったのは騎士カリムに魔力コアの作成者、プレシア・テスタロッサについて知って頂きたいからです。彼女は…」

 リンディは過去のプレシアについて話した。
 研究者であり娘を持つ母であり、自身の関わった研究で娘を失い、彼女を生き返らせる為にフェイトを作りアルハザードへ行こうとしてPT事件を起こしたこと。異世界では娘ーアリシアが生存していて、彼女を守り彼女を助ける為に魔力コアが作られたこと。そして彼女がフェイトからリンディの手にメモリディスクが渡されるのを読んでどの様に使って欲しいかを託されたこと…。

「この技術は魔法文化が根底から覆ります。公開すれば犯罪も増大するでしょう。ですが彼女の意思を尊重する為には管理局だけが独占していい技術ではありません。私はこの技術を聖王教会と管理局で共有…いいえ、こちらに居られるイクスヴェリア様の所有にして頂きたいのです。」
「「!!」」



 リンディの隣に座っていたはやては彼女の話に思いっきり驚いた。出されたお茶に口を付けていたらカリムの全身に吹きかけていただろう。
 彼女がカリムに会いに行くと言った時は管理局と聖王教会で魔力コアの技術を共有するか相互監視する方向へ進ませるのとではと考えていた。はやてを連れてきたのは管理局・聖王教会の両方にだが彼女の考えはその上を行っていた。

「……何故彼女に? その方法ですと管理局が技術供与を受ける形になります。不都合があるのではありませんか?」
「承知しています。イクスヴェリア様にお渡ししたいのは魔力コアを正しく使われるかを見て頂きたいからです。」
「私達には時間の制約があります。1年後、10年後でしたら見ることも出来ますが、100年後200年後…もプレシアの意思を残して使われているかを見られるのはイクスヴェリア様だけです。それに比べましたら管理局が聖王教会からの技術供与を受けるという形式的な問題は些細な事です。」

 はやて自身、プレシア・テスタロッサについては間接的な情報しか持っていない。親友の生みの親だった事、自身が魔法に目覚める少し前彼女が事件を起こしていた事…。でもリンディは彼女を知っている。知っているからこそプレシア・テスタロッサの意思を未来に繋げようとしている。

(…そこまで思いつかんだ…)

 リンディの目的は魔力コアを聖王教会と管理局で共有する形を取る事ではなく、イクスヴェリアからもたらされた技術にする事。
 聖王統一戦争時から生きている彼女はオーバーテクノロジーが起こす戦乱も概ね平和なこの世界も知っていてプレシアの意思とも近い。彼女からの技術であれば聖王教会も管理局も彼女の意思を尊重せざるえないし逆にこの技術でイクスヴェリアの立場は強化される。それを考えたら管理局がとか聖王教会がとか考えていた器の小ささを感じずにはいられなかった。

「希望はお聞きしました。イクスヴェリア様には私からお話をしてその後でもう1度お聞かせ頂けますか?」
「ええ、勿論です。」

 微笑み頷くリンディにはやてはまだまだだと思った。



「ごめんなさいね。私ばかり話して勝手に決めちゃって」

 聖王教会から出た後、はやてはリンディに謝られた。

「いえ、私でしたら管理局と聖王教会で共有する…くらいしか思いつきませんでした。イクスに渡すなんて全然…。」

 肩を落として言うとリンディはクスッと笑う。

「そうね、はやてさんの考え方は間違っていないわ、寧ろ私達の立場ならそっちの方が正しい。私は管理局や聖王教会よりプレシアの考えを汲んだだけ。きっと彼女達の世界では彼女と私は近い関係でしょう。どう書けば私が動くか知ってるわね。」
「フェイトちゃんの為…ですか?」
「そうね、それもあるでしょうけれど彼女なりの責任を取ったのでしょう。」
「責任…ですか?」

 想像していた答えと違って聞き返す。

「異世界へ持ち込んでしまった自分の技術で変わってしまったのがラプターが使われる未来。それを再び戻す為に聖王のゆりかごは現れた。私達、ここの全員は彼女達に巻き込まれてしまったって考える事も出来るでしょう? あの映像とはやてさん達が会ったアリシアが本物なら彼女達の近くにプレシアは居る。世界を巻き込んでしまった責任とラプターが使われない世界への道標を残したのよ。あとはフェイトやなのはさん、特務6課への謝罪も込められているかも知れないわね。」

 事件が終わって管理局全体には大きな影響は残ったし負傷者も少なくない。けれど特務6課の査察は問題無く終わりラプター開発以外はお咎めなし、事件は大きく進展している。
 そして、魔力コアがイクスヴェリアの元で聖王教会と管理局で使われる様になればラプターの意味が失われ先の管理局の影響や人員不足も小さくなる。

「…本当に…聖王陛下だったのかも知れないわね。」

 澄み切った青空を仰ぐリンディの横で

「そうですね。」

 はやても同じものを見つめるのだった。

~コメント~
 今話はAdventStoryで舞台になったForce世界の話です。
 先のコメントでも書いていましたがAdventStoryのあらすじを作っている時、大人アリシアと子供アリシアはプレシアからそれぞれ魔力コアの自壊プログラムと設計データを託されていました。アリシアからフェイトに渡されたメモリディスクはアリシアならフェイトに渡し、フェイトは必ずリンディに渡たすだろうと先を読んだ結果です。
 

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