第40話「噂のひとり歩き」(最終話)

【コンコン】
「どうぞ~♪」

 時空管理局ミッドチルダ地上本部にある執務室でドアを叩く音が聞こえて、部屋の主であるはやては声をかけた。

「失礼します。ご無沙汰しています、八神司令」

 入ってきたのは本局広報部の彼だった。笑顔で出迎える。

「こちらこそご無沙汰しています。」
 闇の書事件の撮影後に1度会ってからで久しぶりだった。
 会釈をして応接用のソファーへと促しながらそのまま部屋の隅に置いてあるカップを取りに行く。

「今日はリインフォース司令補はいらっしゃらないのですか?」
「今朝まで色々頼んでまして、今はあの家で寝ています。」

 移動用のバスケットもあるがそこは既にアギトが占領していて、リインはそっちで眠っている。
 トレイにティーセットを乗せてそのまま自身もソファーへと行き、そこでお茶をカップに注ぎながら聞く。 

「それで今日は何のご用です?」

 流石に顔なじみとは言え挨拶の為に来たという訳でもないだろう。

「ありがとうございます。今日は奇妙な話を耳にしまして…今高町教導官とハラオウン執務官が休暇申請をして又高町ヴィヴィオ司書もStヒルデ学院を休まれているのはご存じでしょうか?」
「知ってます。私の故郷の管理外世界に戻ってます。ヴィヴィオが怪我をして療養の為に魔法文化と距離を取った方がいいとシャマルが提案したんです。」

 関係者しか知らない筈なのに耳が早いと感心する。

「はい、高町教導官とハラオウン執務官の休暇申請にも同じ内容が書かれていました。ですが…先日、シャマル医務官が第97管理外世界に転移魔法で行かれた後、彼女たちの反応が消えてしまったのもご存じですか? 同時にアリシア・テスタロッサさんのデバイス反応も消えています。」

 先に調べ上げているのに内心驚く。
 広報部に置いておくにはおしいと思う。
 彼が言ったのはチェントが時空転移でブレイブデュエルの世界に行った後らしい。時間軸移動について彼に話す訳にはいかない。何処まで知っているのだろう?
 どう答えればいいのか考える。

「申し訳ありません、誤解を招く話し方をしてしまいました。」

 考えを読んだのか慌てて彼が頭を下げた。

「私は高町教導官やハラオウン執務官を追いかけているのではなく…その…今ある【噂】が本局で広まっているのです。」
「はぁ…噂ですか?」

 何だろうと思いながらも彼の話を聞くことにした。


「その噂とは…ハラオウン執務官に家族…お子様が出来たのではないかというものでして…」
「お子様って子供…ってフェイトちゃん、ハラオウン執務官が妊娠したってですかっ!?」

 素っ頓狂な声をあげてしまう。お茶に口をつけていなくて良かったと思う。飲んでいる最中に話されたら彼に吹きかけていたに違いない。
 だがその噂は予想外であまりにも斜め上すぎた。

「だっ、誰がそんな下世話な噂をっ?」
「調査中です。どうも色々な話が重なって真実味が増してしまったらしいです。」

 彼の話を要約する。
 元々フェイトは美貌やスタイルだけでなく人望や性格、仕事面の優秀さもあって管理局でも人気がある。けれど彼女には浮いた話が全く聞こえてこない。
 連れ合いを紹介しようとする上司や交際を申し込んだ者も多いが全員断られていた。
 そんな時、ジュエルシード事件の再現映像が出て彼女を知る者はフェイト役として参加したアリシアがフェイトがあまりにも似ていて彼女のデバイス【バルディッシュ】を使いこなしていたことに驚いたらしい。
 更に闇の書の再現映像で彼女の親友、高町なのはの娘、ヴィヴィオが参加したことで見た目同じ年のアリシアが実はフェイトの娘ではないかという噂が囁かれ始めた。
 アリシアの年齢から逆算するとフェイトが2度執務官試験に落ちた時期と重なるらしい。
 その最中に3人が揃ってミッドチルダを離れて彼女の義姉であるエイミィ・ハラオウンが暮らす第97管理外世界に行ってしまった。
 そしてその1週間後に彼女に何かがあって医療班のシャマルとアリシアも行ったことで真実味が増してしまい噂が一気に広まっているらしい。

「本局にはゴシップ好きな人が多いんですね~。」

 話を聞き終えたはやては半ばどころかほとんど呆れかえりながら言った。正確な情報もあるが、それらを繋ぎ合わせる為にこじつけられたのもある。
 そもそも、フェイトが執務官試験に落ちたのはなのはが重傷を負ってしまい試験どころでなかったのが原因で、更に言えば当時の彼女からアリシアが生まれていたらそれこそ犯罪だ。突っ込み要素が多すぎる。
 彼も事前に調べて知っているのか苦笑いする。

「一般局員でしたら噂話で終わるのですが、聞き捨てておけない状態になり始めているのです。ハラオウン執務官の役職は執務官、いわゆる法の番人です。その…相手についても話は多々ありますが…」

 ミッドチルダを含む管理局内でも夫婦・家族という観念はある。違反していないからと言って倫理的にどうかと言われると…執務官という立場では不味い話だ。

「広報部としては管理局の権威が落ちる話が広がる前に噂の出所の調査と併せて噂はウソだと証明する為にハラオウン執務官に直接連絡したいと考え、以前面識のある私がこちらに伺った次第です。」

 権威とかは知ったことじゃないがこのまま噂が広がってフェイトの進退に繋がるのは不味い。
 かと言ってヴィヴィオ達が今居る場所を話す訳にもいかないし、アリシア達の正体を明かす訳にもいかない。

(困ったな…私が違いますって言っても庇った風に思われてしまう。)

馬鹿らしいと思った噂話だけれど、それを否定出来る証拠を出せないのは痛い。
挙げ足取りの部分を潰すより、本人が否定するのが確実だ。

「…? リンディ統括官やハラオウン提督は何て言ってます?」

 ミッドチルダに居るはやてよりフェイトの家族である2人が違うといえば落ち着く話だろう。リンディあたりが手を回せばそんな噂程度吹っ飛ばせる筈だ。しかし彼は苦笑いを崩さず

「ハラオウン提督は現在任務で航行中で連絡を取ることが出来ません。ハラオウン、八神司令に合わせてリンディ統括官と言わせて頂きますが、こちらに来る前にお会いして伝えたところ…」
「笑われた後、【そうね~、そんな浮いた話があれば嬉しいわね…】と…」
「アハハハハ…」

 もう空笑いしか出ない。   
 リンディは噂話を止める気がない。
 はやてを含むフェイトの年齢ではクロノはエイミィと結婚して子供も居た。身を固めないからそういう噂が立つと言いたげだ。

(…むしろ、リンディ統括官が噂を流したんとちゃうか?)
「広報部でもハラオウン執務官に直接否定頂くのが最も効果的だと考えていまして。」

 彼も話を聞いて察したらしい。噂の出所はわかったが逆に潰せないこともわかった。

「そうですね、矛先がこっちに向く前に潰さんと大変です。」

 レティを通じてこっちに矛先が向きかねない。その前に灸を据えないと…
彼女の思惑を潰す必要がある。それも1撃で徹底的に…。

 考えを巡らせていた時、はやての端末がメッセージを受信した。その表示を見て思わず立ち上がった。

「ナイスタイミング! その噂すぐ潰せますよ。」
「えっ? まさか…」

 再び腰を下ろしてウィンドウを出すと彼が身を乗り出して覗き込む。
そこには

『ただいま、はやてちゃん。』
『すずかやアリサからみんなの分のお土産持って帰ってきたよ。』

 となのはとフェイト、そして胸元に赤いペンダントを付けたヴィヴィオの笑顔があった。

 
 後日…

「どういうつもりなんですか、私が姉さんの母親だなんてっ!」
『こんな時に何をかんがえてるのよ…全く…』

 こってりと絞られたことで噂が聞かれることはなくなった…らしい。

(FIN)

~コメント~
 本作はAdventStoryの後日談として始めました。
 前作「AdventStory」の影響で魔法が使えなくなったヴィヴィオを助ける為家族や友人、異世界まで巻き込んだ話になりました。
 Afterのコンセプトとして考えていたのはAdventStoryの帰結です。
 AdventStoryで進んだ世界(innocentからForce)を帰る(Forceからinnocent)話で、ヴィヴィオによって何かを得られた世界からヴィヴィオが何かを得る話にしたいと考えました。

 最終話としてはもう少ししんみりと行きたかったのですが、当初の軽めな話が全く出来なかった(色々重い)ので最終話くらいはと思ってみました。
 フェイトしか知らない人が見たら…そう思いますよね(苦笑)


 

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