第05話「海鳴市で過ごす年末」

「ヴィヴィオ~、チェント~、凄いよ。外見てみて♪」
「んん…なぁに…?」

 翌朝、ヴィヴィオはアリシアの声に重い瞼を開ける。
 彼女の方が朝が弱いと思っていたのに最近は起きられる様になったらしい。
 布団から出て服を着替えて客間を開くと冷気が入ってくる。昨日は寒くて震えたけれど今日は目の前の光景に目を奪われてしまった。
 一面の銀世界、しんしんと降る雪…昨日と同じ場所が全然違った幻想的な雰囲気に包まれている。

「わぁ…綺麗…」

 思わず呟く。雪は何度か見ているけれどここまで降り積もっているのは初めて見る。
「おはようヴィヴィオ、わっ、雪凄いね。ママはこれからお店を手伝いに行くけどどうする?」

 窓越しに見ているとなのはが声をかけた。

「う~ん…」
「これだけ積もってるんだから遊ぼう。ミッドチルダじゃこんなの見ないよ。」
「う~ん…」

 図書館に行こうかと考えていたけれどここまで降ると行くのも大変そうだ。でも寒そうだからこのまま部屋ですずかから借りた本を読んでいたいという気持ちもある。
 アリシアが引き戸を開けた。更に冷気が入ってきて慌てて客間の襖を閉める。

「寒っ!!」
「あっ、ごめん…でも、こんな機会滅多にないよ。」
「そうだね、ママもこんなに降ったのを見たの久しぶりに見たよ。」

 確かにこんなに降っているのも積もったのも見るのは初めて。でも、外はとても寒そう…。考えていると襖が開いて

「おねぇちゃん…おはよ…」

 半分寝ぼけ眼のチェントが出てきた。後を追いかけてリニスが顔を見せるが、部屋の中の方が暖かかったらしく直ぐに戻ってしまった。

「おはよう、いっぱい雪積もってるよ。」
「ゆき?」

 半分閉じた目がいっぱいに開かれた。その様子を見てヤレヤレと思いながら

「うん、今日は雪で遊ぼ。でも、そのままじゃ風邪ひくから着替えないとね。」
「私はこれでいいけど、チェントの服あったかな?」

 ミッドチルダでは寒くなってもこんなに雪は降らないし積もらない。冬用の服は持って来ているけれど雪にまみれる様な服じゃない。

「私が着てた服で良ければあった筈だよ。お母さ~ん」

 なのはがそう言うとリビングの方へと小走りで戻っていった。

「じゃあ朝ご飯食べてみんなで雪遊びしよう。その前にチェント、着替えなきゃね。」
「うん」

 アリシアに言われてチェントも部屋に戻っていった。
 その日の雪は昼過ぎまで降り続き、ヴィヴィオ達は普段見ない雪の感触を思いっきり楽しんだ。


 
 一方ではやては月村家の窓から外に積もる雪を眺めていた。
 夜に降り始めた雪は月村家の付近も銀世界を作っていた。
 朝からヴィータとザフィーラが雪の感触を楽しんでいたがもう走り回って喜ぶ年齢でもないのか、今はリビングですずかやアリサと話している。
 はやても今日は石田先生に挨拶に行こうと思っていたが、こんな日は色々忙しいだろうと思い書庫から興味をそそった本を数冊持ち出して読むことにした。そんな時

【コンコン】
「はやて、今いいかしら?」

 部屋をノックしアリサが入ってきた。

「うん、ええよ。本読みながらゆっくりしてたとこやし。お茶でも貰ってくる?」

 アリサを部屋に入れてファリンに頼んでお茶を貰おうかとすると

「さっき沢山飲んだからいいわ。」
「そうか、外で遊ぼうって誘い? 流石に雪合戦する年ちゃうよ~。」     
「しないわよ。これだけ降ればスキーに行くのも楽しいでしょうけど、今から行くのは大変よ。それより昨日の話…本当に良いの?」

 それはギル・グレアムからはやてに託された手紙の中に書かれていたものの確認だった。
 管理局を退いて彼は使い魔と一緒にイギリスの郊外で過ごしていた。彼らが旅立った後の遺産の全てをはやてに譲りたいということが書かれていた。
 アリサはその手紙を見て手紙の送り主、彼の後見人だった人に連絡を取り遺言として彼の住んでいた家は残されていると聞いた。その人は管理局の事も知っていてミッドチルダにある資産についても任されているそうだ。
 はやては一晩考えた後、ミッドチルダの資産はそのまま管理を引き継ぎ彼が関係した事で必要になれば使うがそれまでは置いておき、イギリスに残した資産については売却してそのお金はアリサとすずかに運用を任せている分に加えて欲しいと頼んだ。 

「今預かってる分の利益で維持管理は出来るわよ? 何も売らなくてもいいと思うんだけど…」
「ううん、私が管理局に入らんとこっちに居たら残してたと思う。」
「でも、私はもう向こうに家もあるしあっちで暮らしてる。海鳴は故郷やけどイギリスはちゃうよ。大切な場所やけど、大切な場所やから誰も住んでない場所にするより誰かに使ってくれた方がいいって思ったんや。寄付するっていうのも考えたけど、向こうでどんな風に暮らしてたんか知らんし…何か残してるんならそれだけ受け取って大切にしようって。」

 きっと彼らもそれを臨んでいるだろうと…

「…わかったわ。今夜もう1回後見人に連絡するわ。邪魔したわね」

 はやての思いを理解したのかアリサはそれ以上聞かなかった。
 そのまま部屋を出ようとしたところで立ち止まる。

「あっ、今夜お店を予約したからそのつもりでね。なのはとフェイトにも連絡して頂戴」
「うん、ありがとうな」

 そう言うと部屋を出て行った。


 それから数日間、ヴィヴィオ達は海鳴での暮らしを満喫していた。
 その中でさざなみ女子寮や八束神社にも足を運んだがリスティや那美、久遠は居なかった。
 そして大晦日、ヴィヴィオやアリシア、チェントも含めた全員で翠屋の大掃除をした後、

「おまたせ~」

 ヴィヴィオとアリシアはトレイいっぱいに乗せた器を運んでいた。中には暖かい蕎麦が入っている。昔から年が代わる時に食べるものらしい。
 本来はもう少し後で食べるらしいが今日は千客万来というか…クロノを除くハラオウン家の面々・はやて達八神家一同とアリサ、すずかとファリン、恭也と忍と雫とノエルと大人数になった為、掃除が終わった翠屋で食べることになった。
 予め話を聞いていたのか蕎麦は士郎と恭也の手作りらしい。

「懐かしいわ~この香り。」
「そうですね。ミッドチルダでは似た物はあってもここまでの物はありませんでした。」
「は~い、冷めない内に食べて下さいね。まだいっぱいありますよ~♪ ヴィヴィオ、アリシアちゃん、どんどん運んでね」

 厨房から桃子の声が聞こえる。

「は~い♪」

 一通り渡し終わった後、2人もカウンターに並んで蕎麦を食べる。

「あつっ! でも美味しい!」
「うん、今までの蕎麦の中で1番美味しい!」

 向こうでは食べた事がないけれど、美味しいと舌鼓をうつ。
 そんな時

「ねぇ、アリシアちゃん…だっけ? 良かったら明日これ着てみない?」

 エイミィが持って来たバッグから包みを出した。
 布で上下左右に包まれている。それを誰も座っていないテーブルに置いて開く。

「着る? 服ですか?」

 箸を置いてテーブルへと駆け寄るアリシア、服らしいけれどどんな服か想像できない。
 私も見に行ったけれど服なのかがよく判らない。

「懐かしい、残しててくれたんだ…。エイミィありがとう。姉…アリシアどうかな、着てみない?」

 嬉しそうに言うフェイトにたじろぐアリシア。

「お母さん、私のもある?」
「もちろん♪ 大切にしまってあるわよ。そうね、ヴィヴィオに丁度良いわね♪ 明日着てみない?」
「え? 私も?」

 アリシアと顔を見合わせる。どんな服か判らないけれど昔2人が着ていたものだし大丈夫だろうと考えて

「うん、いいよ。」
「どんな服なのかわかんないけど…大丈夫…だよね?」

 笑顔の私に対して少し警戒気味なアリシアだった。
 それから桃子はエイミィが持って来た服を並べていく。綺麗な模様のある服の他に色々入っていて私とアリシアに身長や足のサイズを聞いた後、何処かに電話していた。
 その時、店の電話が鳴る。

「今日はもう閉店なんだけどな…誰だろう?」

 近くに居た士郎が出る。

「はい、翠屋です。え、ああ…今日はもう終わってみんなで蕎麦を食べてるんだ。うん、なのは達も帰ってるよ。」

 なのはは誰だろう? と首を傾げている。
 でもヴィヴィオには何となく誰かが判った気がした。

「フェイトちゃん、いいかな?」

 士郎が手招きしてフェイトを呼ぶ。なのはが帰ってきていると聞いてフェイトを呼んだ。多分間違いないだろう。

「誰かな?」
「すぐわかるよ。」
「えっ? ヴィヴィオはわかったの?」
「うん、何となく…」

 アリシアと話している間にフェイトが訝しげに思いながら電話を取る。

「代わりました、フェイトです。…えっ…ええっ!! フィ…フィアッセさん!?」

 電話をかけてきたのは思った通りフィアッセ・クリステラだった。 

「うそ…」
「どうしてここに?…」

 フィアッセ・クリステラ。
 クリステラソングスクールの代表で世界的な歌手でもある。そして、士郎を含め高町家の家族とは親交がありなのはの交友関係者はそのことを知っている。
 電話が来たのに驚いた者は多かったが殆どの者は事情を知っていたらしくそれ程驚かなかった。しかし、フィアッセを知っているが親交があるのを知らない雫やファリン、リインはもの凄く驚いていた。唯一どちらも知らないアギトだけが

 『誰だ?』

 と目の前の蕎麦を食べながら様子を見ている。

「なのはママがここに居るって聞いてフェイトママも一緒だって考えて、ここに居ない人って限られるでしょ。フィアッセ、驚かせるの好きだから。」

 ヴィヴィオは少し前に過去に行き同い年位の彼女や士郎が関わる事件に巻き込まれていた。だから有名な歌手というより、年の離れた友達の1人だと思っている。

「そうだけど…フィアッセだよ? ここに電話してくる普通?」

 アリシアが少し興奮している。まぁ普通はこういう反応なんだろうと苦笑いする。     

「は、はい。その頃ならまだ…はい。わかりました。」

 そう答えると電話を置いた。

「フェイトママ?」
「…………」
「フェイトちゃん?」
「…………」

 ヴィヴィオとなのはが呼びかけるがフェイトは顔を上気させて電話を見つめている。

「フィアッセは何だって?」

 士郎が声をかけるとビクッと震えて我に返った。

「は、はい…年明けに日本でコンサートがあるからその前に来るって…。私達が何時まで居るか聞かれました。あと、これ…連絡先だって」

 近くにあったペンとメモに書いていたらしい。

「そうか、賑やかになりそうだな。」

 士郎は桃子が色々準備しているのを見て嬉しそうに言うのだった。

~コメント~
 静かに過ぎていく冬の日々です。
 フィアッセ・リスティ・那美・久遠はとらいあんぐるハート3の登場キャラクタ0ですが、書籍版「リリカルなのはAS0」でその時の話は書かせて貰っています。
 

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