第39話「王の意味」

「ヴィヴィオ、アリシア、用が終わりましたらこの地を案内して下さい。」

 昼食後、食器を洗うのを手伝っていた私達にイクスが言った。       
 さっきまで彼女はチェントの話を楽しそうに聞いていて私も会話に耳を傾けていた。
 本当に楽しい学院生活を送っているらしい。でもチェントの姿が見えないので辺りをキョロキョロと探す。

「チェントはプレシアと雪遊びをするそうです。ミッドチルダでは降ってもここまで積もりませんし」

 庭には雪が残っているから色々作って遊ぶらしい。

「町の案内だよね、いいよ。でもイクス、その服じゃ…寒くない?」

 彼女の服はハイネックのフリースとフレアのロングスカート。部屋の中は暖かいけれどそのままだと流石に寒い。

「平気です。外出用の服も持って来ました。」
「まさか…シスター服じゃないよね?」
 ここで聖王教会のシスター服なんか着たら思いっきり目立ってしまう。何かの偶然でそれがリンディ達以外の管理局員に知られたら…怖い想像を慌てて打ち消す。

「違います。クラナガンで買いました。こっちに持ってくる際もシャッハに見て貰っています。着替えてきますね」

 そう言うとリビングから出て行ってしまった。

「…大丈夫…だよね?」
「……多分」

 普段言葉を濁さないアリシアが不安そうに彼女が出て行ったドアを見つめているのを見て私も不安になった。

 それから20分程経って、食器を洗い終えてリビングで桃子とアリシアと談笑していると

「お待たせしました。」

 そう言ってイクスが入ってきた。

「わぁ♪ イクス凄く似合ってる。」

 彼女の姿を見て思わず立ち上がる。シスター服より少し短めな厚手のチェック柄のロングシャツが目に留まる。胸に聖王教会のエンブレムになったペンダントをかけていた。足も素足じゃなくてこっちも暖かそうなロングパンツとソックス。
 小脇に薄いピンク色のコートとマフラーも持っている。色のコーデも派手さはないけれど落ち着いていて可愛らしさも醸し出している。

「イクスちゃん、とってもかわいいわよ~♪」

 桃子が立ち上がって抱きつきそうになり、寸前で止まった。
 私達が連れてくる前になのはかプレシアから彼女について話を聞いていたのだろう。

「これでいいですか?」
「うん、待ってて私達も準備してくるから」

 私はアリシアと一緒に客間に戻ってコートを羽織って再びリビングに戻り

「お待たせ、行こう♪」

 イクスを誘って出かけた。



「ミッドチルダの地方都市…によく似ていますね。でも閉まっているお店が多いです。1月3日までお休みみたいですね。」
「こっちの聖誕祭みたいなものだし。大きな町に出れば人も多いしお店も沢山あるんだけど…」
「流石にママ達に言わないで行けないよ。ん? イクス、こっちの文字読めるの?」
「はい、蔵書の中にこちらの言葉もありましたから読んできました。漢字…というのは全部読めませんが簡単なものであれば…」
「すご~い! 私もいっぱい勉強したんだよ。」
「どれだけ楽しみにしてたのよ…」

 アリシアの呟きに私も笑って頷く。なのは達が今日連れて来てと言った理由がわかった。
 今の格好でみんなに内緒で来られたら…教会本部は大混乱に陥っていただろう。そしてここで何かあれば管理外とは言え、管理局関係者が暮らす世界だから管理局も巻き込まれる。

「ヴィヴィオ、私を…へ連れて行って貰えませんか?」
「え?…いいけど?」

 そんなことを考えていたら彼女から言われた。その場所に私とアリシアは顔を見合わせた。



「っと、着いた。」

 そこは海鳴市の外れにある海辺の丘に降りた。
 歩いて行くには時間がかかるし、雪が積もっていて行くだけでも大変だと思ったから人通りの少ない路地に入り空間転移で一気に飛んだ。

「寒っ! ここに何か用があるの?」
「ここが…そうなのですか?」

 アリシアが身を縮めて震えイクスが辺りを見回している。海から吹く冷たい風が頬に刺さる。

「ちょっと待ってて」

 私はそう言うと近くにあった雪山をかき分けて5つの花束を取り出した。
 寒いからか少し元気がないけれど花は残っていた。 

「うん、ここは夜天の書、リインフォースさんが旅立った場所。そして…世界は違うけどベルカ聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトが消えた場所…」
「あ…」

 アリシアも気がついたらしい。 
 去年のクリスマス、私がなのは達とここに来たのはリインフォースの旅を祈るだけじゃなくて、オリヴィエに私が元気にしているのを見せる為でもあった。
 彼女が誰から聞いたのかはわからない。けれどここに連れてきて欲しいと頼まれた時、彼女も同じ気持ちなのかなと思った。
 イクスが膝をついて祈るのに合わせて私達も手を合わせ目を瞑った。

   
「ありがとう、ヴィヴィオ。彼女にお礼を言いたかったのです。私を目覚めさせてくれたお礼を…」

 イクスが立ち上がり振り向く。

「ねぇイクス…少し変なことを聞いていい?」
「はい、なんでしょう?」
「…イクスはどうして【マリアージュ】を作ったの?」

 ここには私とアリシア、イクス以外誰も居ない。私はこの機会に聞きたかった事を口にした。  2年前、ティアナの依頼でマリアージュのことを知り、実際に戦ったこともあった。
 意思を持たない人型の道具…時間と世界が違っても色んなところで作られている。
 アーマダインラプターと量産型イリス…それぞれが目的を持って研究し作られたのは知っている。でもそれらは人とは違い道具として作られている。
目的を持って作られたのであればヴィヴィオ自身も同じ、聖王のゆりかごを動かす為に聖骸布に残されたオリヴィエの遺伝子から作られた。人間には限りなく近いけれど『意図を持って作られた者』
 でも今は家族や友達に囲まれて1人の人間として生きている。
 だから余計に道具として作られたラプターや量産されたイリスに対して心の何処かに許せない気持ちがあった。そしてそれはイクスが作り出せる【マリアージュ】も同じ…
 だけど前の事件で知ったイリスはラプターやマリアージュと違った感じがした。
 惑星再生を目的に作られたけれど惑星再生委員会のスタッフ達に家族の様に愛され育ち、みんなと一緒に笑ったり怒ったり泣いたりしていた。エルトリアの事件を知れば知るほど彼女がヴィヴィオ自身と似ていると感じた。
 そして彼女のデータを元に作られた量産型イリスの中にも感情がある者が居ると知り余計にわからなくなっていた。
 そこで私はこの機会にマリアージュを作り出せる冥王イクスヴェリアに聞いた。
 彼女はこれまでの私が見て来たものを話すと静かに聞いていた。話し終えると彼女は数歩海岸に向かって歩き始める。私とアリシアも後ろについていく。

「ヴィヴィオは優しいですね。でも…もし、海鳴…いいえ、この世界に何かが起きて食べ物や水が残り僅かになったらどうしますか?」
「えっ?」
「生き残るには誰かの食べ物、水を奪わなければなりません。奪われる方も生きる為に必死になって守るでしょうし、逆に奪おうとするかも知れません。皆が生きる為により多くを求めて争いになっていきます。やがて個人と個人の戦いが集団と集団となり、大きくなれば…国と国との戦になっていきます。」
「……」 
「国と国との争い…覇権、より強い立場に立つ為には代表者が指揮をとり、導く者はやがて王と呼ばれるようになり、王が修める国同士が民を守る為に戦いを続けていく…」
「もしあの時、ここやミッドチルダのように自然と水、食べ物がある世界だったら争いも起こらない未来もあったでしょう…。」
「戦が始まれば勝ち負けに関係なく犠牲者は出ます。兵士が倒れればその家族は悲しみ、相手を憎むようになります。憎しみを糧に成長した子は相手の兵士を倒す。そうすれば相手の兵士の家族は悲しみ、憎む。これが数百年続いていく…怨嗟を断ち切るにはどうすればいいと思いますか?」
「オリヴィエ様や彼女の祖となる聖王家は聖王のゆりかごを使い敵の中心、相手の王家を倒し戦を収めました。民に悲しみ、憎しみを与えない為に私は…マリアージュを生み出しました。どちらが正しいと思いますか?」
「それは…」

 急に聞かれて直ぐに答えられなかった。
 彼女は多分聖王統一戦争に触れている。
 自国民…民間人を守る為に王が取った方法に納得してしまった。
 私達は民間人に被害を出さない為、聖王のゆりかごを動かしている。
 王が作った兵士、マリアージュであれば敵国はともかく自国民を守られる。もしイクスヴェリアがマリアージュを使わなければ国民を兵士として戦わせ怨嗟は続くし、もし負ければガレア王家は滅び自国民は奪われる立場になる…。
 納得してしまったけれど、それを今の世界で使うのは正しいのかと聞かれると…それも判らない。

「いじめてごめんなさい…この問いに答えは無いのです。もし答えがあるなら…聖王家や他の王家も滅んだ後、当時皆が求めていたものが今ここには溢れている。それが答えなんでしょう…。」
「青い空と綺麗な水と美味しい空気はとても大切なもの、小さなきっかけで無くなってしまうからこそ大切にしたい。昔の様な世界にしない為にも…」

 海からの風が髪を梳くのに任せながら

「彼女もこの光景を見たのですね…本当に綺麗です…涙が出るくらい…。」

 私達は水平線を眺めるイクスの後ろ姿をジッと見つめていた。

~コメント~
 彼女達が見たかったもの、それを見ることで意思は継がれていく…。
 先人、亡き人の意思や気持ちはそんな風にして少しだけ残っていく、そう思っています。
 

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