第11話 「時の庭園」

「まだですか~? レティ提督」
「まだよ。 ねぇ少し落ち着いたら? そうそう美味しいお茶があるの。あのね・・」
「緑茶にミルクと砂糖をいっぱい入れたのは遠慮します。全力で!」
「あらそう・・・美味しいのに・・・」

 ヴィヴィオは無限書庫で探していた本を見つけ、急いでアースラに戻ろうとレティ提督の部屋に来ていた。
 本の持ち出しとゲートの使用許可を貰う為だ。
 しかし、無限書庫の管理蔵書も次元航行部隊所属艦船への転送も管轄が違うらしく、申請はしたもののすぐに許可が下りないらしい。
 その間ヴィヴィオはレティの部屋で待つ羽目になった。

「せめて通信、アースラと通信だけでも出来ませんか?」
「それにも許可が要るのよね~、もう少し早くならないのかしら・・・」

ソファーに座り、リンディと同じ様に緑茶にたっぷりミルクと砂糖を入れて美味しそうに飲むレティの姿が逆に苛立たしく思え、余計に焦っていた。


 だがレティもこの時気が気ではなかった。
 リンディからの手紙を受け取り一読した後、書かれていた通りリミエッタ執務官補佐から聞いた【彼女】に連絡をつけ、非公式に依頼をして、もう1つの懸案事項については上層部へ報告した。
 手順を間違えれば親友だけでなく親友の家族、部下共々消し去ってしまう可能性がある。
そして、今も手紙に書かれた通りの事態になり深刻さを更に増していた。
 目の前の少女がもしAsクラスの魔導師だったとしても、1人だけ送っては意味がない。

 他にすべき事はないのか?
 今出来る事は無いのか?
 順序は正しかったのか?

それを繰り返し考えながらただ待つ、それしか出来ないのが焦りレティ自身の焦りを生んでいた。
 そんな時、端末のコール音が鳴る。

「はい。」
『申し訳ありません。遅れてしまいました。』
「いいえ、ごめんなさいね。休暇途中に呼び出して無理なお願いして・・・」
『いえ、あんな凄い物に触れられるなんて。凄く勉強になりました。』
「それで・・・どう?」
『はい、今そちらに・・・』
「失礼します。アテンザ助手よりの荷物をお持ちしました」
「ありがとう、そこに置いといて」

 指示された所に箱を置いて局員が部屋を去る。

「ありがとう。今度・・この埋め合わせはするから」
『いいえ、それよりさっき次元航行部隊のX級艦船に待機命令が出たそうです。武装局員用デバイスの準備指示がこちらにも・・・』

 上層部が動いた。こっちにその情報を意図的に知らせないのが意図的で憎らしい

「ええ、知ってるわ」
『それでですね・・・』

 それはレティの想像を越えていた。
 モニタの向こうの女性と話終わった後、何事も無かった風を装い

「ヴィヴィオさん。アースラに戻る時、この箱をリンディに渡してもらえないかしら?」

 現状を教えれば彼女は無理矢理動くのを見越し、自身の焦る気持ちを抑えようとお茶を飲んだ。



「ヴィヴィオさん。アースラに戻る時にこの箱をリンディに渡してもらえないかしら?」
「これは?」
「私からの差し入れ。きっと喜ぶと思うわ」

 ずっしりとした重さを感じないから砂糖やミルクではない。
もっと軽い何か。お茶かお菓子だろう。本当にマイペースな人だとヴィヴィオは思った。

「わかりました。それで、許可は?」
「今、無限書庫から持ち出した本は許可が取れたわ。あとは・・・」

 まだ転送出来ないのか。更に苛立っているのがわかる。
 レティが湯飲みを置いた時、再び端末からコール音が鳴った。彼女が開くとそこには

「リンディ提督!!」
『こんにちは、レティ、ヴィヴィオさん』

 待っていた人から通信が遂に届いた。

「リンディ、そっちのゲートを開いてくれない? こっちは許可下りてるんだけど・・」
『ああ、ごめんなさい。直ぐに用意するわ。』
「ヴィヴィオさん、中央ゲート2番に準備してあるから気をつけて行ってらっしゃい」

 待ちに待った瞬間

「ありがとうございます。レティ提督。行ってきます!」

 そう言ってヴィヴィオは部屋から飛び出した。
 なのはに会える。最後に話してから数日しか経っていないけど、凄く懐かしい感じがして胸がドキドキしていた。



「行ったわよ・・・あの子」
『レティ、ありがとう。色々ごめんなさいね』
「全く・・・無限書庫は別に構わないけれど、あんな内容聞いたら誰だって慌てるわよ。まだかまだかって焦るあの子を抑えるの大変だったんだから・・・」
『ありがとう。それで・・・どう?』
「例のモノはあの子に持っていって貰ったわ。細かいのはそっちに送って貰ってる。ご指名の局員は休暇中なのを呼び出して頼んで、ついさっき出来上がったばかり。それと・・・あっちはあなたの言った通り、次元航行部隊についさっき待機命令が発令されたわ。リンディ・・・無理しないでね・・・」
『ありがとう。大丈夫よ・・・』
 
「あなたの大丈夫は一番心配なんだから・・・」

 通信が切れた後、部屋に1人残されたレティは切れた画面の向こうに呟いた。



「なのはが連れ去られたっ!?」

 アースラに戻るなり聞かされた話にヴィヴィオは驚いた。
知っていた通り、なのはとフェイトの勝負はなのはが勝ったらしい。
 だが最後が違っていた。
 なのはが最後に撃ったスターライトブレイカーによりアースラの結界が破壊されシールドに負荷を与えた。そして、アースラが修復をする一瞬の隙を突いて、次元を越えた攻撃がアースラとなのは達を襲ったのだ。
 アースラはその攻撃で暫く動けず、その間になのはを連れ去ったらしい。

「なのはは気を失ったフェイトを守ろうとして盾になったんだ」

 ユーノの話を聞いて士郎の過去を思い出す。なのはならフェイトを庇って盾になるだろう。

「それで・・フェイトとアルフは?」
「今は医務室・・・」
「彼女、フェイトさんのお母さん・・プレシア・テスタロッサからアースラに向けて通信があったんだ。フェイトは娘を蘇らせようとして生まれた失敗作、欠陥品だ・・娘じゃない大嫌いだって。それを聞いたフェイトちゃんは・・・」
「!!」

(なのはママも、フェイトママも、ユーノさんもクロノさんもエイミイさんもリンディさんもみんなみんな・・・それで・・)

 『本当のママなんていないの・・・・私はこの世界にいちゃいけない子なんだよ!』
(聖王のゆりかごの中でなのはに叫んだ言葉。はっきり覚えてる。フェイトママもそうだったなんて・・・私に教えてくれなかったのは・・・)
「みんな優しいから・・優しすぎるよっ!!」

 写真に映ったお母さんとお姉さんは幸せそうだったから思いもしなかった。

(フェイトママが生まれた後にお姉さん、アリシアは生き返ったんだと思っていた。だから余計にアルハザードなんて行こうとしたのか判らなかった。
 でも・・・もし、生き返らないで、その技術を求めてアルハザードに行こうとしたなら全て繋がる。単純なパズルなのに、お母さんが居ないのを怖がってたんだ・・私)

 ヴィヴィオが無限書庫で調べる気になればすぐに判っただろう。
 でもしなかった。
 出来なかった。
 家族が居ない恐怖を無意識に避けていたのだ。

「ヴィヴィオ・・・」

 ユーノがハンカチを差し出す。いつの間にか涙が溢れていた。

「・・・・それで、今はなのはの連れ去られた軌跡を逆探知して、プレシア・テスタロッサの居る次元へと全速で向かっている。はやくしないと」

「【21個全部】揃ってしまったの。次元震じゃ済まない、もっと次元断層が発生、周辺世界も呑み込まれてしまう。それを阻止する為に次元航行部隊が動いているわ。」

 ゆりかごみたいに消滅させる気なのだ。次元震が起こる前に

「そんなのっダメッ!」
「ああ、だからそれより先に侵入。プレシア・テスタロッサの身柄を確保、なのはを救出とジュエルシードを封印する。」
『星の庭園捕捉しました。武装局員は指定の場所で待機』
「僕らも行くがヴィヴィオ、君はどうする?」
「私は先に医務室に、後で追いかけるからっ」

 そう言い残し医務室、フェイトの下へ走った。



「フェイト・・・」
「・・・・・・・・・」

 医務室のベッドでフェイトは横たわっていた。焦点の定まらぬ瞳で何処を見ているのか判らない。
 アルフがフェイトに何度も呼びかけていたが、彼女は何も反応しなかった。

「フェイト・・」
「あんた・・・ヴィヴィオ・・」
「・・・・・・・・・・」

 どこかに落としたのだろうか、ヒビが入ったバルディッシュを持っている。その手にも力はない。

「フェイト・・・ここにいていいの? まだ始まってないんだよ。なのははフェイト・・あなたとお話したい、友達になりたいって言ってた。フェイトはどうなの?」
「ヴィヴィオ、フェイトは・・」
「知ってるよ。本当にいいの? ここに居ても何も始まらないよ? ・・・私は今からなのはを助けに行く。」

 それだけ言い残し、再び医務室を飛び出した。


「ヴィヴィオさん~! 間に合ったわ、もう星の庭園へ向かったかと」

 勝手知ったるアースラの中、デバイス保管庫から残されていた杖型の汎用デバイスいくつか持ち出して転送ゲートへと急いでいた時、ヴィヴィオを呼ぶ声が聞こえ振り向いた。

「リンディ提督・・その箱・・」

 レティからリンディへと預かった箱。さっき渡しそこねたから、エイミイに渡してくれる様に頼んだ。その箱を彼女は持っていた。

「ヴィヴィオさん、そのデバイスは使えるの?」
「あ・・え・・」

 RHd壊れていて、これでも何も無いよりはいい。そう思って一番小型の杖を何本か持って来た。
 使えるかなんて聞かれても初めて使う物だからわからない。

「使えないわよね、だってこれはミッドチルダ式のストレージデバイスだもの。でも、無いよりはいいって?」

 図星・・・

「それでもっ!」
「わかっています。だから呼び止めたの。これを」

 ヴィヴィオの目の前で小箱を開けるとそこには赤い宝石が収められていた。

「これ・・もしかして・・・」
「そう、あなたのデバイス。エイミイに持っていって貰って急いで修理して貰ったの。あなたのデバイスの本当の製作者にお願いして・・・・間に合って良かったわ」

 RHdを手に取るヴィヴィオ。傷ひとつ無い。
レティ提督ははこれを待っていたのか。
だが、ヴィヴィオはリンディの言葉が引っかかった。
【デバイスの本当の製作者に頼んだ】・・・つまりエイミイしか知らない名前を聞いたのか!?

「まさか・・・」
「ううん、知らないし聞いていないわ。エイミイは知ってるからレティを通じて直接頼んだの。製作者も驚いたそうよ。『こんな出力を制御出来るフレームと魔導師がいるなんて』って。それで『今の技術じゃ同じフレームは作れないから、フレームじゃなくてコアと同じ【高エネルギー結晶】を使ってフレームと同じ効果にした』そうよ。」

 高エネルギー結晶・・・
『21個全部揃ってしまったの』
 リンディの言葉がヴィヴィオの脳裏で繰り返される。
 まさか・・・

「まさか・・・」
「何かしら♪」

 リンディの笑みが全てを物語っていた。
そう、今持ってるRHdのフレームはジュエルシードなのだ。
 海鳴の河川敷、士郎のサッカー教室に通う少年に譲って貰ったジュエルシード。
 その後も反応をフェイトとアルフにつけられて襲われ、次はフェイトと勝負を挑む為に囮になった。

「コア部分と中のジュエルシードが同調していて、使えるんじゃないかって組み込んでみたらしいの」

 こっちの世界でずっと持ち歩いていた。
完全に封印できなかったのにどうして発動しなかったのか? これがその答えだった。

「ヴィヴィオさん・・・気をつけて」
「はいっ!」
「それと・・・頑張ってね」
「ありがとうございます。」

 RHdはレイジングハートやリインフォースⅡの様に会話したり出来ない。それでもパートナーが戻ってきたのが嬉しかった。


 転送ゲートへと走っていくヴィヴィオを見つめ

「『不屈の心の名を継ぐ者と共に 健やかに N.T&F.T.H』か・・あの子が・・もし聞いたら怒られるでしょうね、きっと・・」

 呟いてから、リンディは頭を切り換え艦橋へと戻った。

 このデバイスの製作者が十数年後にヴィヴィオのデバイスを製作した時、この事を覚えていたのかは・・・定かではない。
 



 星の庭園、外苑部
 クロノ・ユーノと降り立ち、後を追ったヴィヴィオの目の前にも多数の魔導騎兵が構えていた。

「中には誰も入っていない。近くにある物を攻撃する魔法で動くただの機械だ」

 だたの機械と言い切ってしまうあたり、クロノが頼もしく見える。

「それより・・・ヴィヴィオ、その姿は?」
「私のデバイス♪ RHd。本当の名前は・・レイジングハート2nd」
「!?、レイジングハートは僕の・・・」

 ユーノが作ったレイジングハート、他のデバイスにその名前を付けたのも知らないし聞いても答えるつもりはない。答えはずっと後でわかるのだから。

「それより、使えるのか? テストはしたのか?」
「ううん、何もしてない。」

 初めて使うデバイスで参戦したのが気になるのだろう。それにヴィヴィオの様子が全く違っていた。
 黒を基調としたバリアジャケットが今はなのはのと同じ様な白を基調にした物に変わっている。少しだけなのはのより動きやすい様なデザインになっている。

「すぐわかるよ。ユーノ、なのはの居場所はわからない?」

 なのはを助けジュエルシードと駆動炉を封印して次元断層を発生を阻止する。
 課題は山積みだけど残された時間はあまりない。

「近くまで行けば・・・なのははわからないけどレイジングハートなら」
「ヴィヴィオとユーノは星の庭園の中でなのはを捜索、発見後ジュエルシードの封印に向かってくれ。駆動炉も同じタイプの物らしい。僕はプレシア・テスタロッサの下に行く」
「わかった」
「うん」
「それじゃ・・いくぞっ!!」
 
(嫌な感じが全然しないのに・・・あの時と同じ位、力が出る!)
 あの時とはゆりかごでレリックを埋め込まれなのはと戦った時。
当時は無理矢理戦わされていたからこの力は恐怖しか感じなかった。でも今はそれもない。
 魔力を拳に溜め撃ち出し集団の前で爆散させる。散らばった欠片に触れた魔導騎兵は次々に爆発していく。
 同じ様にして今度は砲撃魔法を思い浮かべ放ち、その後を追う。ヴィヴィオの正面の敵は砲撃魔法で貫かれ、付近と砲撃魔法を回避した敵は拳で叩き壊す。

「あんな魔法ありかっ!!」

 デバイスそのものが体内にあるのだから、念じるだけでプログラムを構成、無詠唱で使えるのだからクロノが言うのも最もだった。
 今のヴィヴィオは魔力だけならクロノを上回っていた。

「ユーノ、後ついてきて!!」

 時の庭園の内部がどうなっているのかなんてわからない。
 とにかく動き回って陽動しながらなのはを探さなければ・・・。クロノの言葉を気にしていられない。

 時間との勝負。



(母さん、私の母さん・・・)
「ねぇ、とても綺麗ね。アリシア・・」
(アリシア? 私はフェイトだよ。母さん)

 私の思い出にある母さん。優しい母さん

「フェイト・テスタロッサと使い魔アルフ。プレシア・テスタロッサのProjectFATEから生み出された生命体。プレシアがアルハザードへと行く為にジュエルシードを集めている。プレシアの本当の娘、アリシアを生き返らせる為に」

 あの子は知ってたんだ・・・本当の事・・・

「良いこと教えて上げるわ、あなたを作り出してからずっとね。私はあなたが大嫌いだったのよ」

 そうか・・・そうなんだ・・・ごめんなさい、母さん・・・

「あの子達が心配だから、・・・・伝ってくるね。すぐ帰って・・・全部終わったら・・大好きな・・これからはフェイトの好きな様に」
 アルフ・・・ごめんね。いっぱい心配かけて・・・でも、もういいんだ・・・もう・・



「ユーノ下がってっ! ハァアアアッ!!」

 ユーノの目前に迫った魔導騎兵を文字通り叩きつぶす。無人で動いてるから壊すのに遠慮しなくていいけど、数が多い。

「なのははまだ見つからないのっ?」
「まだ反応無いよ」

 次元震の予兆か庭園そのものが大きく揺れている。

「なのはぁーっ!」

 叫んでも答えてくれない。
 念話もダメ。星の庭園は広すぎる。
時間と魔導騎兵の残骸だけが増え、焦りが先に立つ。

「ヴィヴィオっ! こっちだよ、ついてきて」
「誰っ? アルフ!」

 突然現れたヴィヴィオは一瞬戸惑った。今のアルフから見ればヴィヴィオはフェイトを倒した敵。
どうして案内してくれるのか?

「なのはを助けたいんだろう。なのははフェイトを庇ってくれた。だから・・・時間がないんだろうっ!!」
「ヴィヴィオ、行こう。僕達が走り回るよりいい」

 迷ってられない

「うん! アルフ、おねがい」
「ああ」
(アルフの目、優しい目だ・・)

 アルフの瞳が知っている瞳に変わっているのを見て、ヴィヴィオは嬉しかった。


~~コメント~~
if~もしもヴィヴィオが幼いなのはの世界にやってきたら・・・
これはそんなお話です。

 ヴィヴィオのせいで殆ど集められなかったフェイト、起死回生の手段は幾つかあるでしょうが、思いついたのはこの方法でした。
 ヴィヴィオのデバイスも復活。
 このあたりの挿絵を静奈さんにお願い出来たらイイナ~なんて思っています。どうでしょうか? 
  

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